戴冠式前夜、ムーンブルクにて コツン、とひとつ、音がした。音がした方には、窓。
もう外はすっかり暗い。自然の明かりはほぼまん丸な月と数多の星だけではあるけれど、明日の戴冠式を控え、前夜祭が開催されているお城と町の灯りはいまだ絶えない。
式の挨拶の原稿から目を離し、ふう、と一息ついて、音がした窓の方へと歩く。お城の二階にある、自室の窓から下を覗けば、果たしてそこには。
「ローレ! サマル!」
たいまつを手にし、私に手を振るふたり。歳を重ねてあの頃よりも精悍になったふたりの姿は、あの頃と同じ、懐かしい旅装束で。こっちへ降りてこい、とでも言いたげな仕草と、悪戯めいた表情のふたりに、おもわず笑みが溢れる。
急いで衣裳箪笥を空けて、昔のローブを引っ張り出す。急いで着替えて、杖も持って! 準備を整え、私が窓枠に足をかけて飛び降りようとすると、ふたりは揃ってあんぐりと口を開けた。やがてふたりが慌てた様子で、手に持っていたたいまつを消し、地面に放り投げ、こちらに手を伸ばすのを見て、思いっきり飛び降りる。
体に衝撃が走る。ちょっと痛い、けど、大丈夫。
「…おい、ムーン……俺たち、別に飛び降りろとは言ってないだろ…」
「もうちょっとおしとやかに来ると思ってたのに…」
私の下で呻きながら言うふたりに、うふふ、ごめんなさい、と笑って謝り、急いで立ち上がると、ふたりも、やれやれ、と言いながら立ち上がった。
「あなたたち、どうしてここに? てっきり、明日の朝、到着するって思ってたのに」
明日正午からの、私が正式にムーンブルクの女王となる戴冠式。各国からの来賓の中に、ローレシアの王、そしてサマルトリアの王子が来るというので、世界を救った三勇者が揃うところを一目みたいと、このムーンブルクには世界中から人々が押し寄せている。おかげで城下町と、近くのムーンペタは大賑わい。混乱が起こってはよくないからと、ふたりには、式が始まる直前ごろに来てね、と伝えておいたんだけれど。
「…だって、女王になったら、なかなか会えなくなるだろ? 今ですら、即位したせいで自分の国からなかなか外に出られなくて、会えてないっていうのに…だから、戴冠式の前に会っておきたくて、サマルと密かに打ち合わせて来たんだ」
そう言うローレの言葉に、サマルもうんうんと頷く。
「そうだよ、僕もあれから色んな行事にとにかく顔を出せって言われて忙しくて…こんな機会じゃないと国から出られないし、早く来てほしいって言われてるからって父上に嘘ついてね、早めに来ちゃったんだ」
「もう…折角私が心配して遅く来てって言ったのに」
でも、本当は私も、ふたりに会いたかったの。色んな話をしたり、旅した所をまた見たりしたかった。でも、きっと無理だろうなって、思ってて。
私がそう言うと、ふたりは顔を見合わせてからにっと笑って。
「よし、行こう! おいサマル、ルーラの呪文忘れてないな?」
「忘れるわけないだろ、ローレこそ、剣の腕、鈍ってるんじゃない?」
「うふふ、どこに行く? …そうだ、私、また船に乗りたいなあ」
「じゃあ、ルプガナか? でも、船持ってたじいちゃん、もう夜だし寝てるかもな」
「ま、試しに行ってみようか。よし、じゃあ皆、掴まって」
サマルがルーラの呪文を唱える。行き先はとりあえずルプガナ。
あたたかい光に包まれ、ふわりと身体が浮かび、そして、ふたりと共に、私は空を飛ぶ。どこまででも飛んでいけそうな昂揚感に包まれながら、私は大好きなふたりの手をぎゅっと握った。