期間限定 オレが目を覚ました時、ハッサンはオレより先に目を覚ましていたらしく、呆然とした顔でオレを見下ろしていた。
ハッサンのものはまだオレの中にある。昨日気絶するように寝た時よりは少し大きくなっているような気がしたけど、厳密に比べたわけでもないので、気のせいかもしれない。
とりあえず、起きたので、おはよう、と声をかけると、おはよう、とハッサンも返事をしてくる。そしてハッサンは引き続き呆然とした顔のまま、恐る恐る、という風に口を開いた。
「……………レック、あの、これは、どういう」
どういう、と言われても、説明がしづらい。
酔ってぜんぶ夢だと勘違いしたハッサンが、オレの尻にちんこを挿れてきた、とでも言えばいいのか。
なんだかそれも後ろめたい。あの時のハッサンは秘密だと言っていたし、それに、勘違いするように仕向けたのはオレだし。
「……あの、説明しづらいんだけど、なんか……なんて言えばいいのかわからない、唇をくっつけ合ったり、ちんこを挿れられたりした、かな……まあ、まだ入ってるけど……ハッサンの、かなりでかいから、入るわけないと思ったけど、意外と入るもんだな」
オレは、とりあえず事実のみを伝えようと思って、起こったことを正確に伝えようとした。
それだけだ。
そう、起こったことは、それだけ。
……お互いの気持ちとか事情とかは、ともかくとして。
オレの説明を聞いて、ハッサンの顔からだんだん血の気が失われていく。
そしてハッサンは真っ青になった顔で、ずる、とオレの中からハッサンのものを抜くと、
「ちょっと、……お前はここで横になってろ、とりあえず、何か拭くもん持ってくるから」
と言って、ベッドから降りようとして、足を踏み外したのか、派手な音を立てて床に転げ落ちた。
「ちょっと、ハッサン、大丈夫?」
「だ、大丈……う、頭、いってえ……!」
ハッサンは床で頭を抱え、少しの間蹲っていたが、やがて這うように部屋を出て行き、少ししてから、手に水の入った盥と、布を持って部屋に帰ってきた。
そして、無言で布を水で濡らして、オレの全身を隅々まできれいに拭いてくれた。体を拭かれるとさっぱりして、オレは、ほう、と安堵の息を吐く。
ハッサンはオレの身を清めて服も整えると、自分の体も拭いて、また、這うような足取りで、どこかへ盥を返しに行った。
部屋に帰ってきたハッサンは相変わらず終始無言で、しかしたまに、いてえ、と顔をしかめる。そんなハッサンに、オレは声をかけた。
「なあハッサン、頭痛いの? 大丈夫?」
「……酒飲みすぎたら、次の日そうなるんだよ。二日酔いって言うんだ」
「そっか、昨日、倒れるまで飲んでたもんな」
「…………オレ、全然覚えてねえんだ、飲んでた途中までは記憶があるけど、そこからはもう、全然……」
ハッサンはそこまで言うと、
「本っっっ当ーーーーにすまねえ!!!!!」
と言うと、床に正座し、オレに頭を下げ、土下座をしてきた。
オレが目を丸くしてハッサンを見ると、ハッサンは情けない声でさらに言い募る。
「最低だ、オレ……いくら酔ってたからってこんな、よりによってレックを……しかも何も覚えてねえし、お前、こういうこと何も知らねえのに……ごめんな、本当に……できたら忘れるのがお前にとっちゃ一番いいんだろうけど、……あーもう、どう詫びればいいかわかんねえよ! 煮るなり焼くなり好きにしてくれ、いっそ殺されたって文句言わねえよ」
そう言って微動だにせず土下座を続けるハッサンを見下ろしながら、オレは、心の中でため息をついた。
夢じゃないってバレたらどうなるんだろう、と、思っていたけど、ハッサンは、…現実のオレには、好きだとは言ってくれないみたいだ。
秘密なんだ、と、昨夜のハッサンは言った。
昨夜のハッサンの言う通りだ。ハッサンはオレに、オレへの気持ちを秘密にしたまま、すまなかったと謝って、あとは、オレに、好きにしてくれ、と。
一体何をされたのかもわからないまま、あんなふうにめちゃくちゃにされて、すまなかったって、……忘れるのが一番いいって言われたって。
「……そんなこと、言われても」
「うう……そうだよな、あー、オレ、もう、なんでそんなことしちまったんだ……」
そう言って、オレとハッサンが気まずい雰囲気のまま黙り込んだその時だった。
コンコン、と部屋のドアがノックされた。
オレが、はい、と返事をすると、
「こんにちは、レック。ハッサンもいるかしら? ミレーユよ。昨日言った通り、ご飯でもどうかと思って誘いに来たの。入ってもいい?」
というミレーユの声が聞こえてきた。
「は? ミレーユ? ミレーユって誰だ」
頭に疑問符を浮かべるハッサンを尻目に、オレは、どうぞ、と言い、ハッサンは、えっ、と慌てふためく。
すぐに扉が開き、ミレーユが姿を表す。ミレーユは、こんにちは、と言いながらにっこりと笑う。
「ふたりとも、昨日は本当にありがとう。ハッサン、体は大丈夫? ずいぶん飲まされてたから、二日酔いになってるんじゃないかと思って…二日酔いに効く薬を持ってきたから、よかったらこれ、飲んでね」
そう言って、ミレーユはハッサンに近づき、紙に包まれた薬らしきものを手渡した。ハッサンは最初、驚いたようにミレーユと、手渡された薬を見ていたが、やがて、ああ、と納得したように頷いた。
「あんた、昨日の酒場の……無事だったのか、よかったな。いや、オレ、ちょっと……途中から記憶がなくてよ、あの後どうなったのか全然知らねえんだ」
「あら、そうなの? おかげさまで無事よ、本当にありがとう、ハッサン。昨日、あなたをここまで運んだ時に、よかったらお昼にご飯でもご馳走させてもらえないかと思って、レックにそう言ってたの。どうかしら」
ミレーユにそう言われて、オレとハッサンは顔を見合わせる。
行きたい気分かと言われると微妙なところだが、ハッサンとこのままふたりでいるのもまた微妙なところだ。外に出かけた方がまだいいかもしれない。
気がつけばずっとベッドに寝そべったままだったのを、とりあえず起き上がるか、とオレが上半身を起こしてベッドから降りようとしたその時だった。
腰に違和感を覚え、オレはよろけて床に尻餅をつく。咄嗟に、ハッサンが、レック、と言ってこちらに駆け寄った。
「だっ、……大丈夫かよ、む、無理すんなよ」
慌てふためいた様子でオレにそう言ってくるハッサンを見て、ああ、これ、…昨日の後遺症か、とオレは苦笑した。
「どうしたの? 大丈夫?」
心配そうにこちらに声をかけてくるミレーユに、オレはへらりと笑った。
「あ、いや、なんか、ちょっと、昨日ハッサンを運んだ時に、どうも腰をやったみたいで……」
「そんな、大変じゃない! 腰を痛めたら動けなくなるわよ、ゆっくり休んでた方がいいわ。…ハッサンは? 二日酔いはどうなの?」
「ああ、…………正直、すげえ頭痛い」
「そう、……じゃあ、こうしましょう。何か、部屋で食べられそうなものを買ってくるわ。あなたたち、ろくに動けないでしょう? ちょっと待ってて、すぐに戻るから」
そう言うと、ミレーユは、じゃあね、と言って、ぱたぱたと足音をさせ、小走りで部屋を出て行った。
床に座り込んでいるオレの体を、ハッサンがひょいと持ち上げ、再びベッドに横たえる。
「寝てろよ。……本当にすまねえ、無理させた」
そう言って、苦虫を噛み潰したような顔をするハッサンを見て、オレは胸の奥がじくりと痛んだ。
オレは、本当は、嬉しかったのに。
好きだと言われて、求められて、オレも、好きだと思って。
ハッサンはそうじゃないのか。こんな顔をさせてしまうくらい、後悔してるのか。夢じゃなくて、現実のオレ相手には。
「ハッサン」
「……どうした、レック」
「…ハッサンにされたこと、別に、嫌じゃなかった。だから、そんなに謝ってくれなくていいよ。本気で抵抗しようと思えばできたんだし、ハッサンだけが悪いわけじゃない」
オレがそう言うと、いや、でもよお、とハッサンは情けない顔をする。
「そういえば、昨日したのって、何だったのかな…あの、唇をくっつけるやつは?」
「……キスだよ」
「キス? へえ、じゃあ、ちんこ挿れるのは」
「…………っ、せ、セックス、とか、エッチ、とか、だな…」
「ふうん…そうなんだ」
「レック、……ごめん、お前にこんなこと、こんな風に教えるつもりなんかなかったのに」
…どうすればよかったんだろう。
あの時、これは夢じゃないよ、って、言えばよかったのかな。
そうしたら、ハッサンは、セックス、を、するのを思いとどまって、ハッサンに、こんなに申し訳なさそうな顔で謝られなくても済んだのかな。
そうしたら、…オレはこんなに惨めな気持ちにはならなかったのかな。
これは秘密なんだ、現実のあいつには。な、黙っといてくれよ。
大丈夫、言わないよ。
昨日の会話を思い出して、はあ、とひとつため息をつく。
本当はオレも、…夢じゃなくて、現実のオレも、昨日みたいに、ハッサンに好きだって、言ってほしいだけなのに。
コンコン、とノックの音がする。
入るわよ、とミレーユの声が聞こえて、すぐにドアが開いた。
「お待たせ、さ、食べましょう」
ミレーユは、部屋にあった机の上に、買ってきてくれたらしいものを次々と並べていった。
「ありがとう、ミレーユ。これは……サンドイッチ、かな?」
オレが机の上を見ながらそう言うと、ミレーユが、そうよ、と言って笑う。
「これなら寝てても食べやすいかなと思って。パンだけじゃなくて具も入ってるし…そうそう、これ、期間限定ですって、季節の果物のフルーツサンド。おいしそうだからつい買っちゃった、デザートに食べましょう」
「へえ、美味しそう。楽しみだな」
「…野菜じゃなくて肉入ってるやつ、ねえか?」
「あら、ハッサンは野菜食べないの? 食べた方がいいわよ。そうね、確かカツサンドを買ったような…あ、あった。はい、どうぞ」
「なんだよ、皆おふくろみてえなこと言うな…」
オレとハッサンとミレーユと、3人でサンドイッチを食べる。
外を見ればもう日は高いところに昇っていて、そういえばなんやかんやで朝ご飯を食べていなかったことに、食べ始めてようやく気がついた。
「……そういえば、お腹減ってる」
「食い始めたら思い出したぜ、食欲ってやつを…そういやオレたち朝飯食ってねえよな」
「えっ、そうなの? あら、それならもっとたくさん買ってくればよかったわね」
机の上のサンドイッチをあっという間に平らげて、最後にミレーユが渡してくれたのは、フルーツサンド。
パンに挟まれているのは、生クリームと葡萄とマスカット。かぶりつくと、生クリームの甘みと、葡萄とマスカットの瑞々しい甘さが口の中に広がる。
「おいしい。…やっぱりご飯の最後は甘い物だな」
とオレがしみじみ言うと、ハッサンが呆れたような顔で笑う。
「相変わらず、デザート好きだな、お前…」
ミレーユもそれを聞いて笑う。
「あら、レック、デザート好きなの? いいわよね、私もご飯の後、つい甘い物食べたくなっちゃうわ」
「ええ……ミレーユもかよ、意外といるんだな、そういう奴」
ハッサンが、よくわからない、という風に肩をすくめ、オレとミレーユは顔を見合わせる。
「いいじゃない、デザート。ちょっとでいいのよ、何か甘い物が欲しいのよね」
「わかる! そうなんだよ」
オレがうんうんと頷くと、ミレーユはおかしそうに笑い、ハッサンは、オレにはよくわかんねえよ、と首を振った。
「そういえば、あんた、一人で旅してんのか?」
デザート談義は分が悪いと思ったのか、ハッサンが話を変えた。ミレーユは、ええ、と頷き、少し真面目な顔つきでこう言った。
「信じてもらえないかもしれないけれど……私、魔王ムドーを、いつか倒そうと思っているの」
それを聞いて、驚いて思わずハッサンの顔を見ると、ハッサンも目を丸くしてオレを見てくる。
ふたりでミレーユに再び目線を戻すと、ミレーユは、自分の荷物を探り、笛のようなものを取り出した。
「これをね、……ムドーのいるらしい島で使えば、ムドーの城に行けるらしくて、でも島がどこにあるのかよくわからないし、そもそも私一人じゃ難しいかもしれないし、達成できるかどうか…まあ、旅の目的はそれだけではないんだけれど」
そんなところよ、と微笑むミレーユに、オレは驚き、思わず言い募る。
「そ、それ……本当!? その、笛って…あの、オレたちもムドーを倒したいと思って旅してて、ムドーの城がある島は知ってるんだけど、そこからどうすればいいかわからなくて」
オレがそう言うと、ミレーユは目を丸くしてこちらを見てくる。
「本当に? 島の位置がわかるの? どうして」
「あの、……オレは、レイドックっていう国の王子で、オレの父上と母上は、ムドーを討伐するために、色々調査をしてたんだ。結局呪いにかかって眠ったままなんだけど……父上はムドーの島に上陸しようとまでしていたんだ、だから、島の位置だけはわかってる。問題はそこから先で、城に行く方法がわからなくて困ってたところで」
「ああ、……噂で聞いたことあるわ、レイドックの王子様がムドー討伐のために旅に出たって……そうなの、あなただったのね、レック」
大変だったでしょう、と言われて、素直に頷いた。
「まあ、そうだね。…でも、ハッサンがいたから、平気だったよ」
「えっ、あ、何、オレ!? いや、そ、……そうなら、いいけどよ」
突然名を呼ばれて動揺したらしいハッサンを見て、ミレーユは微笑んだ。
「そうね、酒場でのあの立ち回りを見たら、確かにハッサンがいれば頼もしいと思うわ」
「いや……あれはでも、結局酔い潰れちまったし」
情けねえよ、としゅんとするハッサンを見ながらオレとミレーユは笑い、そして、お互いに顔を見合わせる。
「あの、ミレーユ、よかったら、一緒にムドーを倒さない? お互い、それで足りないものを補い合えるんじゃないかと思うんだけど。ハッサン、いいかな」
「ん? ああ、もちろん。これでムドーの面をようやく拝めそうだぜ」
「ありがとう、……私も、そうできたらいいなと思ってたところよ。よろしくね、レック、ハッサン」
ミレーユはそう言って、オレたちと握手を交わした。
「じゃあ、私、とりあえずお暇するわ。あなたたち、今日のところはここでゆっくり休んだ方がいいと思うし、…そうね、また夕方に晩ご飯を何か持ってくるわ。その時にまた、これからどうするか話し合いましょう」
そう言って、ミレーユは椅子から立ち上がる。それじゃあ、お大事に、と言って、手を振って去っていくミレーユの背中を見送ると、ハッサンが呟いた。
「…こんな偶然が、あるもんなんだな。まさかあの、酒場で助けようとした姉ちゃんが、ムドーの城へ行くための笛を持ってただなんて」
信じられない、というような口調で言うハッサンの言葉に、オレも頷く。
「本当だよ、…びっくりした、オレも」
「……レック、お前、…あのさ、全然違う話なんだけどよ、いつの間に「オレ」って言うようになったんだ? 昨日まで「ボク」じゃなかったか?」
ハッサンは首を傾げながらそう言い、そしてオレはその言葉に苦笑した。ああ、そういえば、そうだった。ハッサンが酔い潰れてる間に変えたんだった。
「うん? 変かな、オレっていうの」
「いや、…変ってわけじゃねえよ、別に。男っぷりが上がったぜ。ただ、何かあったのかと思って」
「ああ、……ちょっと、強くなりたいと思ってさ、ハッサンみたいに」
「えっ……お、オレ!? そ、そうか……ありがとな」
照れたように顔を赤くして笑うハッサンに、オレも笑う。
オレはハッサンのそういう顔を見たかった。申し訳なさそうな顔じゃなくて、嬉しそうな、楽しそうな、それから、昨日の夜みたいな、熱っぽい顔も。
現実じゃ無理だろ、王子様のお前と恋人なんて。だって、お前は、…ムドーを倒したら、国に帰って、そのうち、お妃様とかもらうんだろ。だったら、オレの出る幕なんかねえよ。これは秘密なんだ、現実のあいつには。な、黙っといてくれよ。
ハッサンは、たぶん、現実のオレとは、恋人にはなってくれない。なってほしいと言っても、きっと断られるだろう。忘れた方がいいと、言われる気がする。
でも。
「……ハッサン、さっき、オレに、好きにしてくれって言ったよな、煮るなり焼くなりって」
「えっ……あ? あ、ああ、言ったけど」
な、何だよ、と少し怯えたようにオレを見るハッサンに、オレは苦笑した。そんな顔してほしいわけでもないんだけど、…難しいな。
「恋人になってよ、オレと」
「…………レック、それは……」
ハッサンの目に逡巡の色が見える。予想できたことだけど、改めてそれを見せつけられてしまうと、やっぱり少し辛い。
「少しだけでいい、そうだな、ムドーを倒して、……オレが、レイドックに帰るまで…帰って、王子に戻るまで」
帰ったら、いい子にするから。
食事はちゃんと、ナイフとフォークで行儀良く食べる。食べてる間は喋ったりもしないし、人のやつを一口もらったりもしない。
オレじゃなくて、ボクに戻って、それで。
立派な王子様になって、全部忘れるから。
だから今だけ、ハッサンの恋人に。
「……レイドックに戻ったら、全部忘れるよ。ハッサンもそうして。全部終わったらオレのことなんか忘れて、なかったことにして、……オレも、思い出さないようにするし、迷惑かけないようにするから、だから、少しの間だけ、恋人になってくれない? きっとオレ、ハッサンのことが好きだ、…キスして、セックスもして、そう思った。だから」
オレがそう言い終わらないうちに、ハッサンは、レック、と泣きそうな声でオレの名前を呼んで、そしてオレの体をぎゅっと抱きしめてきた。
ベッドがふたり分の体重を受け止めて、ぎし、と鳴る。
「レック、ごめんな、オレも、本当は、お前が好きで……でも、言う気なんかなかったのに、キスも、それにセックスなんて、まさかそんなことまでしちまうなんて……本当にすまねえ、オレが、そんなことしなきゃ、お前は何も知らないままで済んだのに」
「もういいってば、謝らないでよ」
ミレーユと出会って、ムドーを倒す算段がついた。きっともう、ハッサンと一緒にいられる時間はそう多くない。
「…それより、キスしてよ」
あれ、気持ちよかったから、と言って笑うと、ハッサンはさっと顔を赤くして、オレの唇にそっと触れるようなキスをした。
オレはハッサンの首に腕を回すと、ハッサンの口の中に舌を差し入れる。ハッサンは驚いたように、う、と、声を出した後、何かをもう吹っ切ったのか、オレの舌を自分の舌と絡ませて。
「ん、…ふ、ふぅ…っ、んっ…!」
互いの息が上がってきたところで、ハッサンが唇を離す。閉じていた瞼を開けると、ハッサンはなんだか情けない顔でこちらを見ていた。
「……レック、お前、…こんなこと、本当に、オレとしたのか…?」
「え……? うん、した、けど…」
首を傾げながらそう言うと、ハッサンはオレを抱く力を強めて、深いため息をつき、こう言った。
「ウソだろ、……初めてしたのに、全っ然、これっぽっちも覚えてねえなんて、そんな馬鹿な……」
もう絶対酒なんか飲まねえ、と泣きそうな声で言うハッサンに、オレは思わず笑った。
「大丈夫、オレは全部覚えてるから」
「大丈夫じゃねえよ! オレが! 覚えてねえのがショックすぎるんだよ!」
「ははっ、そうかもね。……でもいいんだ、そんなの覚えてなくても。覚えてない方がいいかも。だって、旅が終わったら、全部、忘れてほしいからさ。オレのことも、キスしたことも、…ぜんぶ」
「…………お前は、できるのかよ」
「わからない。……でも、するしかない」
そうじゃなきゃ、ハッサンはオレと恋人になんかなってくれないだろ?
だって、オレは王子だから。
ああ、どうして、オレは王子なんだろうな。
そうじゃなかったら、ハッサンとずっと一緒にいられたのかな。
「……ハッサン、好きだよ。あと少しの間だけど、よろしくね」
「ああ、……ああ」
ハッサンがオレをまた抱きしめて、そして、無言で肩を震わせる。やがてオレの服の肩の辺りが濡れる感触があって、…泣きたいのはこっちだよ、とやるせない気持ちになりながら、オレは大きなハッサンの背中にそっと手を回した。