本 どさ、と何かが床に落ちる音がした。
驚いて振り返ってみると、ハッサンがいつも背に担いでいる、オレンジ色の袋が床に落ちている。
あの袋、宿屋にチェックインして、ちょうどさっきハッサンが風呂へ行く前に、椅子に向かって適当に放り投げていた。ちゃんと乗り切っていなくて落ちたとか、きっとそんなところだろう。
拾っといてやるか、と思い、落ちている袋を手に取ったら、中から何かがぽろりと落ちた。
とりあえず袋を椅子の上に置いて、落ちたものを拾って、見てみると。
「……本、か?」
掌に収まりそうな、小さめの本だった。
一緒にレイドックの兵士になって、おまけに旅をするようになって少し経つが、ハッサンが本を読んでいる姿というのを、オレは見たことがない。手持ち無沙汰な時は、体を鍛えるために稽古をしたり、オレと話をしたり、意外と器用に木や草で何かを作ってみたり、そういうことをしている印象が強い。地図を見たりするのもそんなに得意じゃなさそうだから、そういうのももっぱらオレの役目だし。
珍しい、何の本だろう、と興味が湧いて、ぱらぱらとめくって、オレは思わず目を剥いた。
そこには、男と女の裸の絵が、たくさん。
オレはびっくりした。びっくりして、相当な勢いで本を閉じ、思わず周りを見渡してしまった。誰もいない。当たり前だ、ここは宿屋のツインの部屋で、オレとハッサンしかいるわけないし、ハッサンは今風呂に入っているんだから。
「な、な、何だこの本……」
びっくりして思わず閉じたが、やっぱり気になってしまって、今度は恐る恐る中身を開く。
男と女が裸であれやこれやして、いる、感じのページが、延々続いて、な、何だ、これ……? よくわからないけどなんか、裸だし、見てると恥ずかしい気がする、と思いつつも、気になってページをめくっていると。
ガチャ、とドアノブを開ける音がして、オレは文字通り飛び上がりそうになった。そして、慌てて咄嗟に自分の懐に本を突っ込んでしまう。
「レック、風呂、お先」
ハッサンがそう言って、部屋に帰ってきた。
「あっ、お、お帰り、ハッサン」
「レックも入ってこいよ、結構でかい風呂で気持ちよかったぜ」
そう言いながら、上機嫌でタオルで頭をがしがしと拭いているハッサンから、できるだけ懐のあたりを見られないように遠ざかり、部屋から出ようとすると。
「おい、レック」
突然ハッサンに呼び止められて、心臓が口から飛び出そうになった。何だ!? オレがうっかり本持ってるの、もうバレた!?
「風呂行くんだろ? 剣置いてかねえのか」
「あっ、……た、確かに……」
オレはぎこちない笑みを浮かべ、背中の剣と鞘を背負うためのベルトを外し、自分のベッドの上へ置いた。そして逃げるように部屋を出る。ハッサンは今度は何も言ってこなかった。
風呂に行く前にトイレの個室に入って、懐から本を取り出す。こんなところで見るのもいかがなものかと思ったが、一人になれそうなところがトイレくらいしか思いつかなかった。
男と女が裸であれやこれや、ばかりかと思いきや、本の後半は女と女とか、男と男とかもあり、共通点はとりあえず皆裸に近いのと、下半身を密着させたりちんこを入れたりしてるところかな、とオレはひととおり内容に目を通してみて、そう思った。
こんなことを、……するんだな、おそらく、誰かと恋人になったり、結婚したりしたら。そういう関係になるとなにか特別なことをするらしい、というふんわりした知識はあった。具体的に何をするのかは知らなかったけど、たぶん、こういう、この本に書いてあるようなことをするんだな、とようやく腑に落ちた。
ハッサンも、こういうこと、誰かとするんだろうか。こういう本を、持ってるってことは。
さっき見た、本の中の男みたいに、……女か、男相手に、ちんこを……。
それを想像するとなんだかぶわっと顔に血が上ったような気がして、オレはぶんぶんと頭を振った。何考えてんだ、オレは!
早く風呂に入ろう、そんで、この本は、ハッサンが寝たら、何事もなかったかのように袋の中に返そう。こんなもの見ちまったって正直に言うのは後ろめたいし恥ずかしい。ハッサンだって、もしオレに見られたって知ったら、そんな風に思いそうな気がする。
「あー、……見るんじゃなかった」
どうにもこうにも、本の中身とハッサンの顔が脳裏から離れず困ってしまう。トイレから出て風呂に向かって歩きながら、オレはすっかり熱くなった頬をもてあましながら、深くため息をついた。