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    転生の毛玉

    あらゆる幻覚

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    転生の毛玉

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    【創作】エルベとハンザと6月中旬
    起承転結じゃなくて承承承承

    ##創作

    before-birthday昼下がりのカフェテラス。
    【ヌビアの子】を集めた定期健康診断を終え、俺とエルベはカフェテリアに来ていた。

    それぞれ一つずつ飲み物を頼んで受取り、2人用の丸テーブルに掛ける。俺の前には緑色の澄み切ったカップが、エルベの前には『ほいっぷくりーむ』が山盛りのコーヒーが置かれていた。エルベは真向かいの席から、俺の注文した飲み物を覗き込む。
    「ハンザは、また緑茶か?」
    「あぁ、この味が落ち着くんだ」
    「ふぅん。まぁでも、第五西部じゃ一番ポピュラーなのか」
    エルベは頬杖をついて、少し唇を突き出した。その姿勢のまま、上目遣いに俺を見上げる。
    「な、一口くれよ。普段、緑茶なんか飲まねぇんだ」
    「っ、」
    ────その言葉に、心臓がぎりりと痛む。
    あまりにも無防備なその言葉。エルベは、俺がこんな邪な気持ちを抱いていることを知らない。知らずに、俺を信用している。こんな俺を────。
    「………あ、ええと……」
    内側の動揺を誤魔化したくて、戸惑ったような声を上げてしまう。それを不快感から来るものだと解釈したエルベは、さっと申し訳無さそうな顔をした。
    「あっ、ごめん、悪い。嫌だったら、なしで。気にしなくて良いんだ」
    「嫌、というわけでは…」
    俺は必死にフォローを入れようとした。しかし、言葉が思いつかない。こんなとき、口下手な自分が嫌になる。
    エルベは肩を竦めて、形の良い眉を下げた。
    「構わねーよ。むしろハンザが普通だって。野郎と間接キスとか、嫌だよな」
    (嫌なわけじゃ、ないんだ)
    心の底から、そう思った。けれど、口にすることはできなかった。
    余計つらそうな顔をしていたのだろう。エルベは、俺に対して「嫌な気持ちにさせて悪かったな」と繰り返し詫びた。それを否定することもできなかった。
    膝の上に置いた拳を、痛いほど固く握る。

    改めて痛感する。
    自分は、いつの間にかこの【記憶】少年に、相当に惚れ込んでいたのだ、と。

    はじめは、見目の良い少年だ、くらいにしか思っていなかった。露出が低く、落ち着きのある服装や、はっきり前を見据えたような態度についても、好感をもっていた。けれど、その程度だった。
    だが、【記憶】と【記憶力】として関わる中で、エルベに対する印象はみるみる変わっていった。
    (今でも忘れない。エルベの言葉は)
    俺の【記憶力】に対して、『忘れられないことは苦しいことだろ?』『よく耐えてるよ。ハンザは、偉いと思う』と言ったこと。
    自身の【記憶】について、『ただ邪魔なだけだ』と言い捨てたこと。ヌビアの人格を呼び出す実験の後に、震えながら『怖い』と弱さを見せてくれたこと。
    受容されることの歓びと、危うさへの庇護欲が泥のように混ざって、エルベへの恋慕に化ける。それが、苦しい。

    エルベに悟られないように、音もなく、細くため息をつく。
    幸い、エルベはさほど俺の歪な所作を気にしていない。山盛りの『ほいっぷくりーむ』を、嬉しそうにコーヒーに溶かし込んでいた。

    「なー、ハンザって長男?」
    それは、ふいにエルベから投げられた問いだった。
    エルベは飲み物を口にしながら、俺を見て言った。
    俺は、首を横に振る。
    「次男だ。兄が一人いる。下はいない」
    「へーっ」
    エルベは意外そうに目を丸くした。カフェテラスの照明が、金と紅の双眸にきらりと映り込む。
    「何か、兄ちゃんっぽいと思ってた」
    俺はその言葉に、実家の家族の姿を思い浮かべた。一瞬だけ兄の姿を描いて、すぐさま消す。代わりに、一緒にこの研究所に来ている従妹と、その弟の姿を浮かべた、
    「ああ、それは………リヨンや、その弟とも、昔からずっと一緒にいたからだろう」
    「そっか、従兄妹だもんな」
    エルベは頷いた。俺は、喉の裏がチクリと痛む心地を覚えた。
    (兄がいながら、長男扱いをされている、なんて)
    エルベにも言えない。或いは、エルベだから言えない。
    能面を務めながら、緑茶を一口飲み込んだ。
    エルベは、俺と同時にコーヒーカップを口元に運ぶ。
    「リヨンは、一番上?」
    「ああ。二人姉弟だ。下に弟が一人いる」
    「そっか、それで何となく姉ちゃんっぽいところがあるんだ」
    エルベは、にいと笑った。時折見せる、齢よりもさらに幼気な姿。思わず、目を逸らしてしまった。
    「リヨンってさ、時々、ハンザよりも姉ちゃんっぽいよな」
    「ああ…………それは……自覚している」
    何でもないように重ねられていくエルベの言葉が、擽ったく、重たい。
    「俺は、リヨンに随分助けられている」
    そう呟くしかなかった。
    実際、リヨンには何度も救われて生きてきた。
    実家で重圧や後ろめたさに押しつぶされそうになる俺に、何度も何度も『大丈夫ですわ』と声を掛けてくれた。
    本当に潰れかけたときには、『ちょっと息抜きしましょうか』と言って、庭を散歩し、花の説明を聞かせてくれた。
    「もったいないくらい、いい従妹だ。それは、俺が保証する」
    俺は重ねた。エルベも、頷いた。
    もし俺が女性を好きになる性的指向を持っていたなら、間違いなく、リヨンを愛していただろうと思う。リヨンの弟が実際そうなっているように、彼女こそが理想の女性像そのものだと思っていたことだろう。
    だが、現実は、違う。
    (俺が、俺が好きになるのは)
    俺は、喉の奥から込み上がってきた嫌悪感を飲み下す代わりに、緑茶を一気に煽った。

    「いいなぁ、兄弟」
    エルベがポツリと呟く。
    「エルベは一人っ子なのか」
    俺が訊くと、エルベは頷いた。エルベについて一つ詳しくなったと喜ぶ心を、咳払いで誤魔化す。「大丈夫か」と心配してくれるエルベに、頷いて返した。エルベは苦笑すると、すぐさま悪戯っぽい笑顔に変わる。
    「意外だった?それとも予想通りだったか?」
    「…………どちらかといえば、意外だった。エルベには、上の兄弟がいると思っていた」
    俺は素直に答えた。エルベの冷めた部分、達観した部分をヌビアの記憶によるものだとするのならば、甘え上手で人懐こい部分がエルベ本人によるものだということになる。その特徴に照らすなら、長子というよりは末の子のように思っていた。とはいえ、親の愛を一身に受けた一人っ子だとしても、違和のある特徴ではない。
    そう思いながらの発言だったが、エルベは「そっかー」と、どこか嬉しそうに頬を搔いた。
    何かあるのか、という言葉を視線に込める。エルベはそれを察しはしたようだったが、回答を得ることはなかった。ただ、甘えるような、慈しむような視線で、どこか遠くを見ているだけだった。

    次の実験はいつだ、という話題に切り替わったので、俺は手帳を開いた。『実験』と書かれた複数の日付の中に、赤丸だけが付けられた日付がある。すっかり覚えた日付だが、脳裏を刺されるような心地がする。俺は、目を細めた。
    「もうすぐ、エルベの誕生日か」
    「えっ、覚えててくれたのか!?」
    俺の言葉に、エルベは一際声高に叫んだ。よほど意外だったのか、椅子から尻を浮かせている。
    「そっか、そう、もうすぐだ。ハンザが覚えててくれたなんて、嬉しいな」
    「…………忘れるわけはないだろう」
    エルベの誕生日なんだから、と言うつもりで口にした。けれど、エルベには【記憶】なのだから、と伝わったらしい。「そりゃそうか、すげー興奮しちゃったけど当たり前か」と椅子に座り直していた。それも、あながち間違いではない。俺は、ただ頷いてみせた。
    エルベは、今度の25日で16歳になる。
    「まだ、16歳か────」
    思わず、口から溢れた。
    自分は今、20歳だ。年の瀬に誕生日が来れば、21歳になる。俺とエルベを隔てる年齢の壁は、案外にして高い。
    「俺は嬉しいけどな、16歳になるの。15歳って、ほら、なんかガキっぽいじゃん?」
    「そうだろうか」
    「そーなんだって」
    エルベはコーヒーから溶け残りのほいっぷの塊を掬うと、そのまま大口を開けてかぶりついた。表情が幸せそうに緩む。その内側に、人一人の35年分の人生を丸ごと抱え込んでいるとは思えないほど、無邪気に見えた。
    (エルベに贈り物をするなら、何が良いのだろう)
    ここ2週間真剣に考えて、さっぱり結論は出ていなかった。何しろ、身内以外に、自分で考えた誕生日祝など渡したことがない。もっと言うと、身内への誕生日祝すら、自分の手で買ったことはない。使用人たちに遣いを頼んでいたのだ。
    俺は、目の前でほいっぷくりーむに御満悦のエルベを見やる。『訊くなら今だ』という声と、『訊いてお前の疚しさが割れたらどうする』という声が、脳髄で反響する。悩み悩んで、言葉を選ぶ。
    「誕生日当日は、何か予定があるのか」
    「予定ってほどのことじゃねぇけど、人が来る予定はある」
    「来る?」
    俺は思わず聞き返した。
    このヌビア学研究所は、開放的なようでいて閉鎖的だ。人と会う予定があるならば、普通、こちらに招くのではなく、こちらが外出することになる。
    「ヌビア学研究所内の人なのか?」
    俺は訊いた。エルベは、ぱちり、と目を開いては閉じた。
    「分からない」
    得られた答えは、それだけだった。
    (名前は…?それに、何故わざわざ誕生日に…)
    聞きたいことは山積していた。だが、エルベの眼が、それをさせなかった。俺ではない何処かを見ている彼は、おそらく何も答えないことを、直感した。

    コーヒーも緑茶も、いつの間にか、すっかり空になっていた。
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