drank「な、エルベ、お酒って美味いんやろか」
研究区から居住区に帰る道中、ラナークはエルベにそう尋ねた。エルベは金と赤の眼をラナークに向ける。
「なんでまた」
ラナークは八重歯を見せながらカラカラと笑った。
「今日、ハトラ主催でな、飲み会すんねやって」
「飲み会?誰が出るんだ」
エルベが食いつくと、ラナークは、ええと、と首をひねった。
「ハンザがな、引き摺られてってん」
「それで今日いないわけだな」
ハンザは、エルベ・ラナークと行動をともにする事が多い。特にダラダラと時間を持て余したり、寄り道をしたり…ということが能動的に好きなわけでもないハンザは、そういう行動の好きなエルベやラナークについていくことで時間を消費している、というわけだ。そのハンザが、今日はいなかった。もっとも、あの堅物ハンザのことだから、引きずられでもしなければ飲み会になど出ないだろうが────エルベはぼんやり考えた。それから、再度ラナークに尋ねる。
「あとは?」
「トゥニャと、ラリベラ……双子もおるんちゃうかな」
「ラリベラも?珍しい、成人メンバーほぼ全員じゃねぇか」
エルベは声を上げた。ラリベラは、6人の弟妹を酷く溺愛している。それこそ、ヌビアの子全員に対する招集命令がかかったときにも、『居住区に弟妹全員が安心して過ごせる家を用意しないんなら、俺は断る』と言い放ったというほどである。そのラリベラが居住区に帰るよりも飲みに参加するというのは、そうそうないことだった。ラナークは、あーな、と間延びした声で補足した。
「なんか、ハトラが根回ししたんやって」
「根回し?」
「ラリベラんところの長女ちゃんにな、お兄ちゃんも飲み会連れていきたいんやけどええやろかーって、そんな感じのこと声掛けたんやって。そしたら当然優しい妹ちゃんは行ったらええやんて言うやろ?」
「それで妹の気持ちを無下にも出来ず…か」
納得して間もなく、ン、とエルベは首をひねる。
「ハトラなら、そんなことしなくてもラリベラを連れていけるだろうに」
ハトラは、『野望』のヌビアの子だ。自分が『こうさせたい』と思ったことはなんでも叶う。それこそハトラがラリベラに対して「飲み会に来て欲しい」と強く願えば、『パワー』のラリベラでは対抗敵わない。ラナークは、さぁ、と肩をすくめた。
「大方、そこまで強い野望にならんかったか、妹から言われて来たってことにしたかったとか、そんなもんちゃう?」
そうかもな、とエルベは呟いて頷いた。一番掴みどころがないヌビアの子。それが、ラナークやエルベのハトラに対する評価だ。考えたところで無駄だ、という気がした。
「成人したら、俺もトゥニャと酒が飲みたいな」
気分を変えるように、エルベはそう言った。
「せやなぁ」
トゥニャ。出会って間もない頃は、出会う人間という人間を毛嫌いして引き籠もっていた彼だが─────実際、今もオフの日はもっぱら引き籠もっているのだが─────、その根っこは案外にして暖かかった。『博愛』であるラサにトゥニャが惚れ込んでから、特にヌビアの子に対しては随分態度が丸くなった。少なくともエルベとラナークは、そう感じていた。
「でも、トゥニャってなんの酒飲めるんやろ」
「さぁ…」
トゥニャは、『感覚』のエルベの子だ。感覚が鋭すぎるがゆえに、苦労しているところを何度も見ている。当然、味覚も普通を遥かに上回って鋭い。味の濃いものを受け付けられない彼が、どんな酒を飲むのか、二人には想像がつかなかった。
ちらっ、とラナークはエルベを見やる。『記憶』である彼は、『感覚』を兼ね備えていた頃のヌビアの子としての記憶を保持している。その目線の意味を理解したエルベは、ため息を吐きながら答えた。
「ラサには、好き嫌いがないだろ」
「ん?せやな、うん、そうなん?」
「そう。『博愛』は人だけじゃなくて万物に向くからな」
「そお、それで、……どういう意味?」
「つまりな、ヌビアにはどんだけ鋭い味覚があろうが、好き嫌いもなかったってことだよ。だから、トゥニャがなんの酒なら飲めるか、なんか知ったこっちゃねぇ」
「はぁーん。そういうもんなんやなぁ。ありがと」
ラナークは、エルベが『記憶』としてヌビアのことを語ることを好まないことを知っている。それでも、本気で拒まれているわけではない。そのことに少し安堵しながら、頭の後ろで手を組んだ。
「双子は、どんなん飲むんやろ」
「さぁな、あっまいカクテルとかじゃねぇの。成人したとて、あいつらとは飲みたかねぇな。ますますうるさそうだし」
「言うたるなや」
ラナークは笑う。エルベも本気で嫌がっているわけではないらしく、口角を上げて小さく笑っていた。
「勝手なイメージだけどさ」
「何や」
「双子はさ、酒、強そうだよな」
「分かるわぁ」
『カリスマ』としての性質を差し引いても、アイールとテネレはかなりはっきりとした自我を持っている。言いたいことは言うし、楽しむことは徹底的に楽しむ。そんな二人が、酒でベロベロになっているところなど、エルベとラナークには想像もつかなかった。
「はーあ、俺らも早う飲めるようになりたいなぁ」
「まだ四年弱あるだろ」
二人はそう交わしてから、じゃあと手を挙げる。居住区につく頃には、星が光り始めていた。