ほろ苦キャンディ ぱっと視界を埋め尽くしたカラフルな色に、アルハイゼンは思わず目を丸くして文字を追い掛けるのを止めた。視線を上げれば、掌を差し出してこちらを見つめているセノが居る。
「貰い物だが、どれが良い?」
並んでいるのは、透明なフィルムに包まれた数種類の飴玉だ。白に、黄色に、水色に。味が想像出来ないような色まであって、思わず手に取って眺めてみる。黒というか濃紺というか、凡そ食欲をそそられるような色ではない。見なかったことにしよう、と、そっと掌の上に戻し、本を閉じて相対する姿勢を取る。
「貰い物?」
「買い物に行った時にな。変わり種の試作品らしい」
「成程」
アルハイゼン自身食べたことはなかったが、変わり種の飴が存在する事は知っていた。食べてみたいと思った事もなかったが、断る理由も特にない。
「味は?」
「ランダムだそうだ。食べ物を元にしていると言っていたし、毒はないから安心してくれ」
「その心配はしていない」
普通の人間であれば、物騒な事を言うな、と咎めるのだろうが、力に自信がない者が選ぶ手段として充分有り得ると理解しているアルハイゼンが特に突っ込むことはない。寧ろ、理解した上で口にしていた。セノに限ってそんな失態は有り得ないだろう、と。
「君は食べたのか?」
「先程な。俺には少々甘過ぎたが、糖分補給用には丁度良いと思う」
「ふむ」
常に思考を回しているアルハイゼンは、糖分が足りなくなった時用に幾つか甘味を持ち歩いている。飴なら手も汚れずに食べやすいし、これは恐らくセノの純粋な好意だろう。折角だし今食べるか、と少し迷って、白い色の飴を持ち上げた。未知ではあるが、変な物が混じっている可能性は低いだろう。
特に匂いもしないそれを、軽い気持ちで口の中に放り込む。
──甘い、と感じたのはほんの僅か。すぐに口に広がった苦味に、アルハイゼンは勢いよく咽せた。
「っ…、!?ゲホッ!ッ、ゲホゲホッ!!」
何とも表現し難い強烈な苦味。余りの刺激に思わず吐き出しそうになって、咄嗟に口元を手で押さえた。ぐるぐると、思考を掻き消す程の刺激が鼻の奥にも広がって、耐えるように身体を丸くする。
「う、」
一気に飲み込んでしまうか、噛み砕くか。常になく焦って思考が纏まらないアルハイゼンが、意を決して喉の奥に飴玉を押し込もうとする。だが、それより一瞬早く、強い力で胸元を引っ張られて驚きで動きを止めた。力の緩んだ腕を掴まれ、影が近付いたと感じた瞬間薄く開いた口を熱い物が塞ぐ。
「……!?んぅ、んんッ」
ぬるり、侵入してきたそれが口内を蹂躙し、反射的に奥へ引っ込めた舌も容赦なく絡め取られる。カラン、と飴玉が歯に当たる音が響いて、咄嗟に目を閉じた。
「ふ…っ」
丁寧に、拭うように。苦味に支配されていた口内が、甘い味で上書きされていく。歯列をなぞられ舌を吸い上げられると、思わずふるりと背が震えた。時間にして数秒。息苦しさに耐えられないと腕を叩くと、最後に唇を舐められた感触がしてそっと熱が離れていった。
「大丈夫か?」
「……、問題ない」
「すまない。確認不足だった」
「いや、流石に想定外だろう…」
セノとしては甘味を寄越したつもりだったのだ。彼に悪気はない。だが、心底申し訳ないという顔をして、セノは律儀に頭を下げる。
「悪かった。代わりにちゃんと甘い方を渡してみたが、どうだ?」
言われて気付く。アルハイゼンにとって苦いばかりであった飴はなくなっており、代わりに甘い味の飴が口内に残されていた。すい、とセノに視線を向けると、彼は徐に口を開いて舌を出した。乗せられているのは、アルハイゼンから奪い取ったであろう白い飴。
自分があれだけ咽せた飴を平然と舐めている姿に、思わず肩を竦める。
「…よく食べれるな」
「まあ、美味いとは思わないが問題ない。こちらも確認したら甘かったが、いるか?」
「…遠慮しておく」
つい、と残った飴を差し出されるが、貰う気も起きずに首を振る。世の中には色んな物があるものだ。ひとまずこれを作った人間は警戒しなければ、と心に決めて、アルハイゼンはそっと自身の唇に触れた。
(飴玉より、君の舌の方がよっぽど甘いなんて)
暫く、飴を食べるのは無理そうだ。