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    セノアル
    体調不良を不機嫌と勘違いされる🌱と即見抜く⚖

    見逃さない男の話 ぐらりと視界がぶれて、世界が回転する。座ったままの身体が妙な浮遊感に包まれて、平衡感覚を失い倒れそうになった。片手で顔を覆い、肘を付いてじっと治まるのを待つ。

    「…っ、」

     ぐるぐると、脳を掻き回されているような感覚だった。痛みを誤魔化す為にこめかみを掴む指に力を入れるが、頭の中に響くものにはまるで効果がない。唇を噛み締め、目を閉じて波が過ぎ去るのを只管待った。美しくデザインされたライトから零れる光がずっと目の奥で光っていて、酷く煩わしい。

    「……ふぅ、」

     時間にして数秒。漸く落ち着いたアルハイゼンは、熱い息を吐いてだらしなく机に突っ伏し、全身の力を抜いた。医者に見せなくとも分かる、明らかな体調不良。朝起きた時は何ともなかったのに、恐らく熱も上がってきている。最早家に帰るのも面倒で、だが、帰らなければ休む事も儘ならない。分かっていても、どうしても動くのが億劫で椅子から立ち上がれないでいた。正直すぐにでもベッドに横になりたい。しかしそんな時に限って、何故か人は来るもので。

    「書記官、申請書類を持ってきました」
    「…………入れ」

     ぐっと身体に力を入れて起き上がり、息を整えて入室を促す。普段通りに発声したつもりだったが、気分の悪さを押さえて出した声はどうやら数段低かったようで、来訪者は恐る恐るといった様子で扉を開き中を覗き込んで来た。怯えたようなその様子に、残念ながらアルハイゼンが気を配る余裕はない。そこに置いておけ、と短く告げて視線を向ければ、高い悲鳴を上げ驚いた猫のように飛び上がった男は慌てて書類を置き、逃げるように去って行った。
     バタン、と勢いよく閉じられた扉の音が頭に響き、アルハイゼンは無意識に盛大な舌打ちを零す。思いの外大きく響いたその音は扉の前で様子を窺っていたらしい別の気配にも届いたようで、先に去った足音を追い掛けるようにバタバタと遠ざかって行った。

    「…」

     追加の書類をちらりと一瞥し、茫洋とした頭で考える。体調不良を知られるのは面倒だ。やっかみだけならどうでも良いが、絡まれるのは御免被る。違和感のない程度に片付けたら、誰にも気付かれない内に退勤しよう。明日は休みを取ることを決意して、アルハイゼンは重ねられた書類の束に向き直った。



    +++++



    「書記官が不機嫌で近寄れないと噂になっている?」

     教令院の事務室にて、訪れるマハマトラ達が持ってくる書類を捌きながら振られた話題に、セノは思わず手を止めて緩く首を傾げた。アルハイゼン書記官。かつて大規模な作戦を共に遂行した戦友であり、その後も交流を深め紆余曲折あって恋人の座に落ち着いた男。どちらも恋愛に疎かったせいで自覚も遅く、聡い者達を随分混乱させたようだが────ひとまずそれは置いておいて。
     優秀過ぎる脳で自己完結した結果言葉が足りず怒らせる事もあるが、求められれば最終的には答えるし、ある種素直過ぎて正論で相手を黙らせる事はあるが、忌憚ない意見は時に何よりのアドバイスになる。受け取り方次第で毒にも薬にもなる男だ。勘違いはよくされるだろうが、少なくとも自分の不機嫌を他人に八つ当たりするようなタイプではない。

    「ふむ」

     腕を組み、暫し思案する。マハマトラという立場から見れば至極どうでも良いが、恋人としては気になる話だった。仕事に私情を挟む気はないが、恋人とは知らずとも自分と彼の間に交流があると知られていて話題を振られたのだろうし、困っている者がいる現状の解決協力くらいはしても良いだろう。自分の機嫌は自分で取れるであろう男が心を掻き乱されているという状況も気になる。業務的にも問題はないし、厄介事ならば早めに把握して片付けておくか、と、書類を置いて立ち上がった。

    「少し様子を見てくる」

     徐に机を整理しだしたセノに部下は驚いたようだが、特に追及はせず「お疲れ様です」とだけ言って去っていった。余計な詮索をしないのは優秀な証拠だ。あの様子なら他の部下達への伝達も問題ないだろう。素早く片付けを終わらせ、事務室を後にする。
     まだ太陽が高い位置にある時間帯の教令院は人も多く、そこかしらから話し声が聞こえてくる。内容は研究課題についての意見交換だったり、議論だったりと様々だ。その中にぽつぽつと混じる男の話題に、セノは静かに耳を傾けた。

    「どうする、今日中に申請しないと期限がまずいぞ」
    「しかし誰が提出しに行くんだ」
    「ここはやはり後輩の君が行くべきじゃないか」
    「いやいや、貴方こそ先輩の威厳を見せる時では?」

     誰もが接触を回避したいのか、書類の申請を押し付けあっているらしい。いつもなら執務室に居ないのに、とまで言われていて、普段と逆だな、と都合の良い者達を流し見ながら横を通り過ぎた。
     大マハマトラであるセノに気付いた者達は、皆恐れるように道を開ける。廊下の端にそっと身を隠しこちらを窺う様子は、セノへの畏怖を分かりやすく体現していた。
     忌避するようなその態度を、今更どうとは思わない。寧ろ、恐れられている現状にセノは確かに満足していた。マハマトラという機関が正しく機能している証拠だ。疚しい事がなければ怖がる必要もないのだが、人はどうしても身構えるモノらしい。まあ、無駄に怖がらせる事は本意ではないので、少しだけ足を早めて先を急ぐ。何に邪魔される事なく辿り着いたアルハイゼンの執務室の前は、明らかに人影が少なかった。
     コンコン、と、ノックを2回。数秒置いて、普段より幾分か低い声が「どうぞ」と返る。

    「邪魔するぞ」

     開いた扉から顔を出したセノに、アルハイゼンは僅かに驚いた表情を見せた。だがそんな反応も一瞬で、すぐに手元の書類に視線を戻す。失礼な対応だが、彼にとってはそれが通常通りだという事をセノはよく知っていた。特に気にする事もなく、大股で歩いてアルハイゼンの前に立つ。

    「書記官が不機嫌だとこちらにまで噂が聞こえてきているぞ」
    「……態々そんな話をしに来たのか。大マハマトラ殿は暇なのか?」
    「幸いなことに、最近は少し落ち着いている。院内のイザコザにまで関与する気はないが、お前の場合何か厄介事に関わっている可能性がゼロではないだろう。で、どうなんだ」
    「どう、とは」
    「本当の所は?」

     問い掛けに返って来たのは静かな沈黙だったが、元より返答は期待していなかったので別に構わない。一つ溜息を吐き、腕を組んで座っている彼を見下ろした。下を向いているため表情は窺えないが───セノの鋭い観察眼は、彼の呼吸が僅かに乱れているのを見逃さなかった。
     すっと手を伸ばし、油断している彼の額に手を当てる。予想通り、否、セノの予想を遥かに超えた熱さが掌へ伝わってきて、思わず眉を顰めた。

    「高熱だな」
    「……」
    「自己管理も仕事の一つじゃないのか、書記官殿?」
    「…………はぁ」

     長い長い溜息の後、アルハイゼンは降参とばかりに持っていた書類を机の上に放り投げて背凭れに体を預けた。誤魔化すことも諦めたのか、先程より呼吸も荒く乱れている。薄ら開いた瞳は僅かに潤んでいて、詳しくない者が見たとしても分かる程度には体調不良の症状が現れていた。
     問い正すようなセノの視線に、珍しく歯切れが悪い様子でアルハイゼンが口を開く。その口調は、叱られた子供のように言い訳じみていた。

    「確かに体調は良好じゃない。終わったらすぐ帰る」
    「終わる見込みは?」
    「…あと少しだ」
    「随分曖昧だな。判断力が低下してるんじゃないか?」
    「別に、問題ない。君の手を煩わせる程の物ではないし、戻ったらどうだ」

     素っ気なく言えば大抵の者はすぐに追い返せるのだろうが、セノ相手に効果がある訳がない。それでも放っておいてくれ、と言いたげなアルハイゼンに、セノは深く溜息を吐いた。

    「効率的でない作業は望ましくないんじゃないか」
    「…」
    「はっきり言おう。アルハイゼン」
    「なんだ」
    「お前をこのまま放っておく気はない」

     心配だからな、とストレートに告げるセノに、アルハイゼンの唇がぎゅっと引き結ばれる。普段の真っすぐな視線とは打って変わって、きょろきょろと視線を彷徨わせる姿に動揺している事が分かった。
     続く言葉が出て来ないあたり、判断力が低下しているというのも強ち間違いではないようだ。普段ならとうに切り上げているだろうに続けているのも、もう動く事も億劫になったからか、と当たりをつける。
     積み上げられた書類を勝手に片付けながら、セノは動かないアルハイゼンの顔を覗き込んだ。

    「動けないなら抱えてビマリスタンへ駆け込むが」
    「……やめてくれ。自分で歩ける」

     セノが引く気がないのが伝わったのか、大人しく降参する事にしたらしいアルハイゼンが深く息を吐いて呼吸を整え、ゆっくりとした動作で立ち上がった。一歩踏み出そうとした所でふらりと傾きかけたが、支える前に机に手を付いて自身で態勢を立て直す。固まったのは数秒、すぐに動き出したアルハイゼンの呼吸は、ほぼ平常時と同じぐらいに治まっている。表情も動作も普段通り。汗を掻いている様子すらなく、セノはいっそ感心すら覚えた。

    「…家に帰る」

     医者に見せる気はないらしい。出来れば強制的に連れて行きたい所ではあったが、そこまで見誤りはしないだろう、と、何も言わず彼の意思を汲み取って傍に立った。いつでも支えられる位置に付き、扉を開けて外に出る。丁度近くに居たらしい学生が揃って出てきた二人を見て驚愕の表情を浮かべたのが分かったが、特に気にする事もなく、一方的に用件を告げた。

    「火急の用が出来たので、暫く書記官の手を借りる。今日はもう執務室には戻らない。書類は他の者に回すか机の上に」
    「は、はい!」

     大マハマトラに話し掛けられて恐々としていた生徒が、興味本位か隣のアルハイゼンをちらりと見上げたのが分かった。気付いているのかいないのか、当の本人はちらりとも視線を寄越さずに颯爽と歩き去って行く。つられたように顔を向けた学生が不調に気付いた様子はない。研究仲間であろう者達に声を掛けられて慌てて走っていく後ろ姿を見送って、セノは先程のふらつきなど一切見せず歩くアルハイゼンの隣へと並んだ。



    ++++



     教令院から家までの道中、微塵も不調を感じさせなかったアルハイゼンは、家に付いて玄関の扉を締めるなりぐらりと膝から崩れ落ちた。咄嗟に頭を支えしっかりと受け止めたセノは、密着した身体の熱さに思わず顔を顰める。張り詰めていた緊張が途切れたのだろう。一気に具合の悪くなったらしい身体は力が完全に抜けていてぐったりと重く、一向に目を開ける気配がなかった。起こさぬように、自身より上背のある男を難なく抱え上げ、迷いのない足取りで寝室へと運ぶ。
     丁寧とまでは言わずとも、普段はそれなりに整えられているシーツがぐちゃりと乱れて散らかっている辺り、自覚があったかは定かではないが、朝から少なからず不調だったのだろう。自分の事に関して時折妙な適当さを見せる男だから、気付いていながら放置した可能性も有り得た。一度苦言を呈す必要があるな、と考えながら身体を下ろし、シーツを綺麗に整えて慣れた手付きで服を脱がせ、軽装に着替えさせる。意識を失っているからかどんどん呼吸は荒さを増し、顔色は青白く変化してこちらの不安を煽った。
     ひとまず何か食べさせて薬を飲ませなければ。暫し寝顔を見守った後、足音を消して必要な物を探す。こういう時に頼りになりそうな同居人は、残念ながら不在のようだった。幸い、備えあれば憂いなしという事か、すぐに食べれそうなザイトゥン桃があったので勝手にキッチンを借りて小さく切る。軽傷を放置しがちなセノ用にといつからか置かれるようになった救急箱には解熱剤も常備してあって、遠慮なく取り出した。

    「…さて」

     流石に病人を叩き起こす訳にはいかないが、薬は飲ませなければならない。仕方ないと軽く肩を揺するが、苦しそうな呻き声が漏れただけで起きる気配はなかった。意識のない人間に飲ませる訳にもいかず、自然に起きるのを待つかと傍らに椅子を持って来て腰を下ろす。
     物静かだが無口ではない男と過ごす日常は、砂漠の夜空を眺めながら一息ついた時のような穏やかな幸せを運んでくれるから、共に居るのにこんなにも焦燥感が募るのは妙な感覚だった。

    「……」

     汗で張り付いた前髪をそっと指で流し、冷やしたタオルを額に乗せる。怪我による発熱の経験はあれど、余り病の記憶がないセノには、今のアルハイゼンの苦痛を理解する事は出来なかった。何をするでもなく、ただじっと寝顔を見遣る。
     どれぐらいそうしていただろうか。
     閉じられていた目蓋がぴくりと動き、その下から翠の瞳がうっすらと現れる。ぱちぱちと数度瞬いた瞳がセノの姿を捉えた瞬間安堵したように細められて、思わず言葉に詰まった。しかし、緩んだ表情とは裏腹に、響いたのは不機嫌そうな重低音。

    「…あつい」

     ぽつり、呟いて眉を顰めるアルハイゼンに、思わず苦笑いが漏れる。

    「当たり前だろう。気分は?」
    「よくはない」
    「吐き気とかはないな?薬を飲む前に胃に何か入れた方が良い。食べれるか」
    「…」

     流れる沈黙に否定を感じ取るが、アルハイゼンも理解しているのだろう、観念したようにゆっくりと起き上がった。動いた拍子に転げ落ちたタオルを回収し、温めの水を渡す。あまり力が入らないのか、受け取った両手が微かに震えていたので、そっとコップを支えてやりながらひとくち口に含む姿を注意深く見守った。
     ──ふぅ、と、疲れたような深い溜息を一つ。
     次いで、熱に潤んだ瞳がこちらを縋るように見上げてきて思わず手を伸ばした。

    「セ、──ッ、ケホッ」

     何事か言いかけた言葉が途切れ、苦悶の表情を浮かべたアルハイゼンが激しく咳をしながらごろりと俯せになってベッドに伏せる。胸元を手で押さえ、枕に顔を埋めて必死に押さえようとしているのだろうが、くぐもって聞こえる咳は納まる気配がない。咳がきつい時は横向きになるか、上半身を少し高くした姿勢が良いと言っていたティナリの言葉を思い出し、セノは持っていたコップを傍らのテーブルに置き、ベッドに乗り上げて出来るだけ優しい手付きでアルハイゼンの上半身を抱え起こした。膝枕になるような位置に頭を乗せると、無意識だろう、伸びてきた腕がセノの腹に縋り付いてくる。力んだ腕は少し痛い程だったが、セノは何も言わず、丸くなって息を整えようと必死なアルハイゼンの背を優しく撫でた。

    「はっ、ぁ、ッ…、ーっは、ぁは…、すまない…」
    「問題ない。具合が悪いなら仕方ないだろう」
    「…ちがう…」
    「ん?」
    「君に、うつすかもと」
    「ああ」

     そっちか、と、不安気な理由に思い至って、セノは出来る限り何でもないように告げる。

    「気にするな。大半の抗体は持っているし、常に健康体だからな」
    「……ふ、何だそれは」

     ドヤ顔のセノの言葉に一瞬ぽかんとした表情を浮かべたアルハイゼンが、珍しく気が緩んだように笑みを零して笑う。先程までずっと苦しそうな表情をしていたアルハイゼンの顔が綻んだのに目を輝かせたセノが次の言葉を発する前に、多少落ち着いたらしいアルハイゼンが腕を引いてきて口を噤んだ。

    「どうした?」
    「薬を飲んだら、暫く寝る」
    「ああ」

     すまない、と、アルハイゼンが起き上がるのを手伝いながらベッドから降り、用意していた果物と薬と水を順番に渡す。今度は咳き込む事もなく飲み込んだアルハイゼンから空のコップを受け取ると、彼はもそもそと動いて仰向けに寝転がり息を吐いた。

    「今日は助かった。君はもう、帰ると良い」
    「何故だ?」
    「うん?」
    「明日まで居るに決まっているだろう。お前は安心して休め」
    「……」

     覆す気はないと言い切り、再び椅子に腰掛ける。常に持ち歩いているカードの整理を始めれば、何か言いたげだったアルハイゼンは諦めたように目を閉じた。
     静かな空間に、カードを捲る小さな音と深い呼吸音が響く。数分と経たない内に今度はしっかり寝付けたようで、ふ、と安堵の息を吐いた。冷たい水で再度濡らし直したタオルを額に乗せて、セノはそっと赤い頬に掌を寄せる。

    「あんな顔をされて、帰れる訳がないだろう」

     病気になると弱気になると言うが、意外にもこの男にも当て嵌まるらしい。出来れば言葉にも出してくれると良いのだが、そこは簡単には変わらないだろう。幸い、辛抱強さについては自信がある。いつか、自分から人を頼る事をしないこの男が、少しでも頼る先としてくれたなら。そう願いながら、セノは暫くその寝顔を眺めていた。

     お互い様だろう、と、いつかの未来に返される事までは、予期しないまま。


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