ただ一つ、知っている事。　若い女性二人組がきゃあきゃあと声を上げながら見上げてたので、僕も釣られて見上げる。
　視線の先にはビルタイプの商業施設。そこの大きな看板には、今はプロテインの広告が貼られていた。商品の画像とキャッチコピー……そしてその側には、プロ野球選手として活躍中の木場嵐士が、かつての相棒がいた。
　プロテインの広告だからか上半身裸で、鍛え上げられた筋肉がおそらく照明で故意に作られたであろう影によって強調されている。表情は目の前の誰かを睨みつけているかのように闘志を剥き出しにしていた。
　中学の時から取材は受けてきただろうからカメラ慣れはしてるとは思うが、広告塔としての表情作りも様になっているので、器用な奴だな、という感想が脳裏に浮かんだ。
　また一人、若い女性が見上げた。スマホのカメラを広告の方に向けたので、木場を撮ったのだろう。複数枚撮って満足気にその場から立ち去った。木場が目立ってしまって広告の意味があるのかどうか不明だが、そんなのは僕の知った事ではない。
　……興が湧いた。僕もスマホを持ち上げて、広告に向かってカメラを向けてみた。画面いっぱいに木場が映る。
　ああ、確かにこれは絵になるな。肉体が一種の美術作品のようで、女性が写真を撮るのも納得出来る。むかつくほどにかっこいい。
　親指をシャッターボタンに伸ばしかけた、その時だった。
「写真欲しかったんなら成人式の時に言えよ」
　聞き覚えのある声に振り返ると、マスクで顔を隠している男が──いや、マスクをしていてもわかる。彼は、木場嵐士だ。かつての相棒で、今でも大事な戦友が背後に立っていた。
「それとも、今撮らせてやろうか？」
　マスクを顎まで下げて、高校の時から変わらない笑顔を見せてくれた。
　顔に似合わず笑顔は穏やかなのは、広告の木場を撮っていた彼女達は知らない。相棒でもあり戦友でもある僕しか知らない事。
　そんな事で少し優越感を得てしまう僕は、本当に性格が悪いとつくづく思う。