ウォーカー(ポルノグラフィティ)
●ばこ、と重い音を立てて開けた冷蔵庫。ドアポケットの二段目でプリンの瓶がひとつ、かたんと音を立てた。
黒いフェルトペンで『五』と書かれている蓋を見る。存在感あふれる一文字は庵の筆跡だ。五条が東北周遊祓除ツアーを敢行している間に出張で東京校を訪れていた彼女がお土産だと置いていった由、告げながら医務室の冷蔵庫からこのプリンを取り出したのは家入だった。
受け取ったその場で、ないしはその日のうちに食べてしまわなかったのは成り行きだ。小腹は減っていたが、プリンを渡されたそのとき、スプーンは渡されなかった。
……いや、方便だ。片手間にぺろっと食べてしまうのが、なんとなくはばかられた。だから食べなかった。部屋に持ち帰って、プリンの舌を整えてから臨んでやろうと冷蔵庫に納めた。
それを今、五条は後悔している。
黒々と主張する『五』の隙間、整った活字で慎ましやかに並ぶ八桁の数字は、プリンの賞味期限だ。数字の羅列が定めるXデーは、ついさっき、過ぎ去ってしまった。
かち、と耳に届いた微かな秒針の音。ややもすれば意識もしない程度の区切り。昨日と今日、一瞬のあちらとこちらで分たれて、プリンは昨日を限りに何かが変質してしまったのだと、無機質に並ぶ八つの数字が五条に告げている。
「まだ食べても平気かな」
「賞味期限を守るに越したことはないけど。一日くらいなら、過ぎたところで誤差でしょう」
「えー? それで食べて、僕がお腹壊したら歌姫のせいだからね」
「いちいち人聞きが悪いんだよ。アンタがさっさと食べなかったせいでしょうが」
●ちょっと面倒な任務にかかずらっていたら食べそこねてた、まだ食べても平気かな。なんとかなるんじゃないの、まだ一日でしょ。そうかな、そう、そうなのかもね。
「賞味期限なんでしょ。なら、すぐ駄目になるわけじゃない。まだ猶予があるわよ」
●彼女がくれたプリン。舌に広がる甘い甘い味。糖分。エネルギー。このからだを動かすもの。
またひとさじ、すくって口に運んだ。
「……うま」
(22.02.18 17:48)