エクスキューズ 庵は指先で、五条のあごに触れた。ついと指先を曲げれば、彼は促されるようにテーブルの向こうから身を乗り出してくる。つまんだワイングラスを傾けているような心地でそれを受け止めた。
ちゅ、と唇に吸いつかれた。なんか渋い、とほざく五条の表情は焦点が合わず、庵の視界の中でぼやけている。
「ガキには早かったかしら」
言うと、五条は一度軽く身を引いて庵の指から自由を取り戻した。
置いてけぼりをくらった指先を、今度は五条がその手で捕らえてくる。酒でほてった庵の手が、幾分ひやりとした体温に包まれた。
「そっちだって、飲み方も知らないガキだろ? こんなことされても逃げないとか」
そう言っておきながらまた唇を寄せてくる目の前の男は、素面なのだ。
「無理強いするクズ相手なら蹴り上げてる」
「その判断ができなくなってんじゃないのかって言ってんだけど。ふわふわ前後不覚になっちゃってまあ」
互いが口を開くたびに唇が触れ合う。言葉を切った五条に唇を食まれても、庵は拒まなかった。
庵の酩酊を言い訳にしたいのは五条だけではないのだ。
「そのためにアンタと飲んだんだから、これでいい」
こだわりと虚勢で幾重にも包んでいる感情を、今なら理性の抵抗なしに取り出せる。いたたまれなくなって逃げ出したくなったとしても、この千鳥足ではどうにもならない。
五条悟の前に、むきだしの庵歌姫を差し出すことができる。
「今夜はアンタとサシで向き合ってやるわよ」
言い切ると同時、庵は勢い任せに五条の鼻先に嚙みついた。ぺろりと舌を出して挑発すれば、途端に男の舌に囚われる。
「くらくらすんね」
やっぱり焦点が合わずにぼやけた視界で庵は、青がとろりと溶けるのを見た。
(22.09.26 04:22)