きょうの料理ほんの、ちょっとした気紛れだ。
部屋で寝てばかりいるのも飽きたので、ふらっと立ち寄った食堂でちょうど食事の支度を始めていたのだ。
メロンを強請ろうかとキッチンへ向かうと、いつもメニューにある食材の下拵えしたものがカウンターいっぱいに並んでいたのだ。
「おや、オベロン。君が料理に興味を示すなんて珍しいな」
「ハァ?別に何でもない、白いのが帰ってきたら今日のメニューを聞かれるだろうからついでの調査だよ」
エミヤが声をかけてきてヴォーティガーンはめんどくさそうな態度で返事する。
「ん」
「?なんだ?」
「ついでって言っただろう。メロンをもらいにきたの」
手を差し出すとエミヤは白々しい態度で首を傾げる。
オレがメロン以外をこの食堂で求めたことがあったか!?わかれよ!
「オベロン、あまり偏食が過ぎるのも良くない。食事ができないわけじゃないのだろう」
「興味がない。必要ない。以上。ほら、メロンをちょうだい」
「白い彼はよく食べるのに」
「アイツはそういう役だからだよ。というか、何?オレに食事をさせたいわけ?」
「そうだな。食事担当としてはやはり1人でも多くの者に食べてもらいたいのは事実だ。キミが食堂を利用していないというのなら話は別だがね」
「へぇ〜、そう。それがアンタの幸福ってわけ?気持ち悪いな、サーヴァントになってもまだそんなものを求めるなんて」
毒を吐くとエミヤは困ったように笑う。
どうにも嗜められているようで気に入らない。英霊としてどれだけ偉いのか知らないが、彼のこういう態度は本当に嫌だった。
「やけに喋るな。相方がいなくて寂しいか?」
「は?そんなわけないだろ、静かで清々してる」
「ふふ、そうか。なら暇ついでに少し手伝ってくれないか」
「はぁ?嫌だね、早くメロンをよこせ」
「断る。働かざるもの食うべからず。1日部屋でゴロゴロしてるのも退屈だろう」
それは、その通りだった。
オベロンは確かにいれば嵐のような男だが、いなければもやもやとする。マスターはオレたちを2人連れては行けないからいつもオベロンを連れて行く。その数時間がここ最近退屈に感じていた。
だから散歩でここに立ち寄ったのだ。
「………わかった。けど、料理なんてしたことないからな」
「そこは期待していない」
ハッハッハ、と笑う赤い弓兵を少し強めに小突いた。
白いフリルのついたエプロン(なぜ)を借りて包丁を握ると、またエミヤは口うるさく寄ってきた。
握り方がなってない、抑える手の指はしまう、もう少し薄くできないのか、とガミガミガミガミ隣から口を出してくる。
「白い彼は今日何を食べるのかな」
「さぁね、肉と野菜なら肉だろう。魚があればそっちを選ぶかもしれないけど、今日はないようだし、ハンバーグじゃないかな」
食事はしないが、下拵えの材料で何ができるかまでは流石にわかる。
さぁね、と答えた割にやたら具体的な返答が返ってきたことにまたエミヤは笑った。
「じゃあキミはその彼の分を作るといい」
「ハンバーグとは限らないだろ」
「いや、ハンバーグを選ばせるんだ」
結局押し切られるような形でヴォーティガーンはオベロンの食事を用意することになった。
生の挽肉の感触に鳥肌を立てながら捏ねた。異形の左手では上手く形作れず苦戦しているとそこはエミヤが代わってくれた。
大きなフライパンは一度に5個のハンバーグが焼ける。だがエミヤはわざわざヴォーティガーンのために1つを貸し与えて、火加減や焼き加減を教えると焼くように言った。
エミヤは口で指示するばかりで、戸惑いながらも言われた通りにこなしていく。
はじめてのハンバーグ作りに鍋の中を一生懸命に覗き込むヴォーティガーンの姿を微笑ましく眺めながらエミヤも大量の料理を作っていく。
そうしていると食堂にわらわらと人が集まってくる。
珍しくキッチンに立っているヴォーティガーンを見つけては誰も彼も「珍しいね」「どうしたの?」と聞いてきた。「うるさい」と答え続けていたらハンバーグが少し焦げていた。
「なに、少し焦げているくらいが美味しい」
「…………」
エミヤが作っておいたソースをかけて、先程自分が切った乱雑な形の野菜の付け合わせを盛り付けると、他と比べて少し不恰好なハンバーグが出来上がった。
「………言われた通りに作ったのに、なんか違う」
「そりゃそうだ。悔しかったらいつでもキッチンを貸すぞ?」
皮肉が混じった本音に舌打ちをする。
「あれ?ヴォーティこんなところにいたの?」
帰ってきていたオベロンがカウンターを覗き込んで「どうしたの?」と聞いてくる。
「ちょうどよかった、出来立てだぞ。ほら」
エミヤが背中を強く叩いた。
ビリビリと痺れるほどの衝撃に彼を睨みつけると「わるかった」と笑っていた。
「今日のお前の料理は決まってる」
「えっ、そうなのかい?ボク今日は野菜の気分だったんだけど」
手に持ったハンバーグをそのままシンクに落とさなかっただけ褒めて欲しい。
エミヤが笑う様子をオベロンは首を傾げて見つめている。
「悪かったな!」
エプロンを投げ捨てて、トレーの上に作りたてのハンバーグとライスに、約束の品だったメロンを乗せるとズカズカとキッチンを出て行く。
がちゃん、と音を立ててテーブルに置くと周りのサーヴァント達が少し静かになったがヴォーティガーンの姿を見るとみんな目を逸らした。
「なに?なんでボク、きょうの料理の選択権ないの?なんか焦げてない、これ」
「いらないなら残せばいいだろ」
「なんで怒ってるの?もしかしてメロンの食べ過ぎで働かされてたの?」
「うるさい違う」
むしゃむしゃとメロンを食べるヴォーティガーンにすこし困惑しながら焦げたハンバーグにナイフを入れる。
出来立てと言っていただけあって、湯気と共に肉汁がさらに広がる。焦げているとは言ったが味は悪くなさそうだった。
オベロンがハンバーグを切り分け、その口に入るまで、ヴォーティガーンは目を合わさずに見届けた。
「ん、美味しい」
「………そう、」
「ふふ、キミが作ったのかい?どういう風の吹き回しなんだい?」
緊張した面持ちで見つめられれば妖精眼なんてなくてもわかった。
全てを察したオベロンと目が合って顔を赤くしたヴォーティガーンは慌てて目を逸らす。
「……うるさいな」
「お料理は楽しかった?」
「楽しくない、面倒。もうやりたくない」
「そっか。あは、今日はいい日だな」
「はぁ、気持ち悪い……」