もともと別の人間だとは気付かずに「時を止めたいと思わないのか、星の一族よ」
「何を馬鹿なことを」
「清めの造花の作り方を教えた私が、戯れを言うとでも?」
深苑は言葉に詰まった。アクラムは確かに、一度として嘘は言わなかった。
「私は時を止めたいのではない」
「──そうだな、お前は止めたいのではない。戻したいのだろうが、それは叶わない。ただ、“止める”のが、“戻す”に一番近いのではないかと思っただけだ」
アクラムは踵を返した。話はこれまで、ということなのだろうが、深苑は口を開く。
「どういうことだ」
「どういうことも何も、お前は知っているのではないか? お前のもとに来た龍神の神子は白龍の神子で、龍神はもうひとつの形を持つと」
「……黒龍……」
星の一族の持つ記録、そしてアクラムがよこした情報で、花梨が現れるよりも先にいた「龍神の神子」──平家の姫は「黒龍の神子」である、と深苑は確信していた。
進む力を司る白龍と、留める力を司る黒龍がいることを知り、深苑は後者に惹かれていた。穢れに弱く、すぐに倒れてしまう花梨とは違う、強い力を持つ平家の姫にも。その神子に仕えるのならば、貴族としても位が低かろうと、評判も下がらない。妹の苦労は格段に減る。
深苑は奥歯を噛んだ。アクラムがどこまで自分のことを見透かしているのか、なぜそのようなことを教えてくるのか。罠でなければなんだ。
だが、時を戻せることができたなら、とも思う。ふたりの心が通じあい、話さなくても何でもわかっていた、あの頃に戻りたい。戻れないなら、せめて、これ以上その亀裂が決定的なものにならないうちに、時を止めてしまいたい。
「まあ、賢いお前ならわかるだろう。あの健気な星の姫が、どうしたら役目から降りることができるのかは」
仮面の下の表情はわからない。だが、アクラムが示さずとも、すでに道は決まっている。自分の半身を守るためなら、なんでもするつもりだったのに、その選択が、紫を遠ざけるものであると、わかっていても、心は決まっていた。