依存性 これが依存症というものなのだろうか。
コーヒーは好きだ。香りも、味も、その効能による覚醒効果も。最近ではインスタントコーヒーというものが登場してしまったからに、店に行かずとも自分で手軽にコーヒーを淹れることができるようになった。朝、日中、夜勤の日は特に手放せない。寝る時以外は、気づけば1日中コーヒーの匂いと共に過ごしている。
そのせいだろうか、たった1日コーヒーを飲まなかっただけで、寝ぼけたような頭の曇りが消えてくれない。嗜好品であったはずのコーヒーは、今や私の生活の必需品となってしまったのだ。しかし、その依存性よりも憂う点が1つあった。
「肺から腐った匂いがする、気がする」
「開口一番それ?」
早朝のカジノの裏口、夜勤明けにはそこで煙草を吸うのが常となっているが、この時はシフトの入れ替わりですれ違ったスモーキーもまた、出勤前に煙草を吸いに居合わせたのだった。煙草が煙草を吸ってどうなるというのか、未だ見当もつかないが。
「昨日、客のご婦人との雑談で、煙草とコーヒーは組み合わせてはいけないと言われた。あれは暗に私の口臭を指摘していたのではないかと思ったら、妙に気になって仕方ない」
「嗅いでやろうか」
「絶ッ対にお断りだ。しかも、お前よりキツイとなれば、2度と外へ出歩けない」
「一生を煙草の身体で生きる俺にひどい言い草だな。じゃあその手のものを止めればいいんじゃないか」
スモーキーは鼻で私の持つマグカップと煙草を指した。今日はあと帰宅して寝るだけなのに、湯気の立つ焦茶色の水面は冷たい風に靡いて、嗤うように細かく波立った。彼の指摘はごもっともなのだが、これが無い生活は想像がつかないのだ。
「そうもいかないから困るんだ」
「ストレスによる睡眠不足だな、こりゃ。根本から生活環境変えないと早死にするぜ」
「わかっているよ、そんなことは」
論理が破綻した私の返事に、ぷかぷかと煙を吐いて喜ぶスモーキーを睨む。なにがストレスだ。仕事のストレスの元凶はほとんどお前にあるんだぞ。昨夜だって、部下の失態で報告書を書く羽目になったのは、この忌々しい煙草野郎の、彼の部下への引継ぎが不十分であったからだろうに。
「しかしミスター、変わったよな」
スモーキーはこちらに体を向き直し、すきっ歯の黄色い歯を見せて私に笑いかけた。
「何が」
「少なくとも俺にとっては、ミスターはつかめない存在だったね。何を言っても響かないし、面の皮は分厚くて、仕事はできるが何を考えているかわからなかった」
「言ってくれるな」
「だけど、今のミスターは確かに前より性格はキツイが、正直に話してくれることが増えたと思ってる。違うかい」
配下の前で項垂れたのはあの事件が最初で最後だ。プライドをへし折られた悔しさの上から、自ら黒歴史まで作ってしまうとは情けない。
「嫌いになったか、自分の機嫌を取ることすらできない私を」
「いや、むしろその逆だ!ミスターも落ち込んだり悲しんだり、感情に振り回されることがあるって、1人のヒトなんだってのが分かって、俺はなんだかホッとしたんだ」
スモーキーはそう言うと、照れ隠しをするようにしゃがれ声で咳き込んだ。コイツは人の不運を面白がって嗤う奴だが、捻くれた態度を取ることはない。では、彼が本気でそう思っているのか、と思うとなんだか気色悪く感じてしまうのは、私が元来そういう性分だからなのかもしれない。
「ミスター、いま、俺のことを気色悪いと思っただろう。全て顔に出てたぞ」
「隠す必要もないからな」
「ひどいな、そういう奴には!」
スモーキーは息を大きく吸ったかと思えば、私の顔面に煙草の煙を大量に吐き出した。
「最悪だ!」
煙で咽せて涙目になった私は、咳を落ち着かせようと手に持ったコーヒーを飲んでしまったからに、依存のループからはまた抜け出せず、何の解決策見つからないないまま、スモーキーとの無意味な時間だけが過ぎていったのだった。