カチリ、と音がした。
重い瞼を持ち上げると、仰向けで霞む視界に、私の欠片を持つ赤いカップのガキがひとり。さっきまでテーブルを囲んでいた客はとうに消え、彼もすでにここを立ち去ったと思っていた。
「何をしている」
「……おれは、アンタを壊したい訳じゃない」
目の前でお得意の必殺技を繰り出したくせによく言うよ。と、心の中で毒づいた。しかし今更何をほざいたところで、私は負け犬に過ぎないのだ。
自身も脆い身体だから慣れているのだろうか、小さな手に似つかわしくないスピードで、手際よく身体の破片がつなぎ合わされていく。
「いったい何が目的だ」
顔と胴体の感覚が戻ると、彼は四肢のない私を見つめ、ぽそりとつぶやいた。
「今からデビルを倒しに行く。だから……おれがデビルに勝ったら、おれと友達になって」
「…………はあ?」
予想の斜め上をいく馬鹿げた願いに、思わず間抜けな声が零れた。
「ハッ!己のタマシイを賭けた最後の闘いに挑むものとしては随分と緊張感のない願い事だこと。第一、キミとトモダチになったところで、私に何のメリットがある?」
「毎日おれに会える」
「断る」
刹那、胸の上に正座でのし掛かられ、堪らずうめき声をあげる。私が抵抗できないのをいいことに、彼の満足する答えを提示しない限り動かないつもりだろう。ただでさえ息苦しいのに、己を射抜く真っ直ぐな視線が耐えられない。わかったから降りてくれ、と情けなく乞うと、かたく閉じていた彼の口元が緩んだ。圧迫感から解放され、大きく息を吸い込む。
「だが私は、ボスがキミのひび割れた頭にシャンパンを注ぐ方に賭けるよ」
「言ってろ。おれ、絶対に負けないもん」
先ほどより芯のある声で答える彼に浮かぶ、決意に満ちた表情が煩わしい。
出口へと向かう彼の靴音が遠ざかるのを聞きながら、『ボスが負ける』というあり得ない結末の先を少しだけ想像してしまったことは、心の内にしまっておくことにする。