浴びせ浴びせられ「ハチくんは、ジョーカーが外でご飯を食べて来てもなんとも思わないんだね」
珍しくジョーカーの居ぬ間にやって来たスペードは、組んだ手に顎を乗せ、どこかアンニュイさを醸し出していた。
「スペードさん、ダークアイさんと何かあったんスか?」
今日も今日とてカレーの鍋をみていたハチが尋ねた瞬間、スペードはかろうじて保っていたお行儀を投げ捨てほとんどスライディングのように机に突っ伏した。
「直球すぎない?」
「いやだって、ダークアイさんが一緒じゃないなんて不自然すぎますし、それにカレーが食べたいなんて。それこそジョーカーさんじゃないんだから」
「…君、僕がフレンチばかり食べてると思ってるだろ」
目だけ持ち上げてジッとハチを見る目は半目だ。対するハチは、拳を作って首を振る。
「そんなことないっス! 体調崩した時はパスタとハムじゃなくておかゆだって、オイラ知ってるっス!」
「弟子ネットワークも良し悪しかぁ」
「ジョーカーには黙っててくれよ」、力なく呟くスペードは、ハチの「おまかせください!」の太鼓判も信用ならないらしい。どころか
「ずいぶん勘が良くなっちゃって。あんなに鈍感だったハチくんはどこへ行っちゃったのか」などと言い出すので、ハチとしては苦笑するほかない。
ひとしきりぶつぶつと文句を言ったのち、スペードはようやく本題を話し始めた。
「ダークアイの料理はもちろん美味しいさ。僕の体調に合わせて作ってくれるし、素材にも気を遣ってくれる。いつだって感謝してるよ。…でも、僕だってたまにはカップ麺だとか屋台の焼きそばだとか、ジャンクなものを食べたい時もあるんだ……」
「で。隠れて食べてるのが見つかって、大目玉ってわけっスね」
「やっぱりかわいくない!」
まるで駄々をこねるような子どもの素振りも、ハチはよく見慣れている。ただ相手がパートナーのライバル、師匠格の存在であること、加えて目の前の男がとんでもない格好つけであることを踏まえれば話が変わってくる。
おそらくスペードは、お熱を出している。
すぐさまDNW(弟子ネットワーク)でダークアイへと報告すると、出しかけていたカレーをハチの類稀なる身体能力でちょちょいと薄味のカレーうどんへと変える。それからしばらくは、スペードが自身の不調に意識を向けないための時間稼ぎが始まった。
「というか、スペードさんのそれってただのノロケじゃないっスか〜」
「ん…まぁそうなんだけどさぁー」
「アイちゃんの手料理が毎日食べられるなんて羨ましい! ファンのオイラからしたらもうそれしかないっス!」
「へへへ〜、いいでしょ?」
まるで泥酔した客をもてなすバーカウンターのあるお店かのように、ハチは意識して身振り手振りを強める。
「それに、ダークアイさんはえらいっスよ〜オイラなんか、外で食べて来てくれたら嬉しいっスもん」
「なんでェ?」
「オイラたちって色んな国で怪盗するじゃないっスか。それで怪盗する前にもそれぞれの国のご飯とか食べるんスけど…」
「けど?」
お熱のあまりちいさくてかわいいものになりかけるスペードに対し、ハチはそれまでの接待じみた動きを一変させ、ずいと迫る。
「あの人帰ったらすぐ『ハチお腹空いた〜なんか食べるもんない?』って聞くんス! そりゃあすぐ作れますけど、もし何にも食べてなかったらジョーカーさんどれだけ食べちゃうのかって、オイラもう怖くなっちゃうんスよ!」
ハチの言葉には、それまでの会話に含んだような裏に透ける意図は全くなかった。鬼気迫る様子に初めこそ身を逸らせたスペードは、今度こそ全身を脱力させ机に懐いた。
「…それこそノロケじゃないか……」
「ってハチくんがこの前言ってたけど…君、食べ過ぎなんじゃない?」
「トリック考えて頭使ったら腹減るんだよ! …それに、ハチの飯じゃなきゃ、お腹いっぱいになんないって言うか…」
「はいはい終わり終わり、こっちはもうノロケはお腹いっぱいなんだよ!」
「聞くなら最後まで聞けよ!!」