ジョンドラオンリー祈願それはいつもの新横浜の夜のこと。
大きな事件もなく、パトロール要員としてギルドに詰めるロナルドに、今日は着いていく気分だったらしいドラルクが彼の使い魔のジョンを抱え、ロナルドに続き新横浜ハイボールへとやって来た。
暇な日はバカな話も進むが、今日のショットにはドラルクとジョンを見て思い出すことがあった。
「そういやこの前、ジョンくんが色んな奴らに絡まれてたな。ドラルクお前しっかりしねぇとジョンくんに愛想尽かされるぞ」
それまで流暢に会話をこなしていたドラルクがピキ、と凍る。えっ、なんかヤバい話題だったか。ショットの口からメロンソーダを啜っていたストローが零れ落ちる。ショットとしては、「そんなことあるわけないだろう! 私とジョンは一人と一玉で一つなのだから!」と尊大な声が返ってくると踏んでいたのだが。
ヌー……、いつもより低い声がしてようやく、弾かれるようにドラルクがジョンを見る。
「じょ、ジョン! この前のことは本気じゃないだろう!? 私以外の誰かの使い魔だなんて、そんなことないよね!? 確かにあの時は私が全部悪かったさ、でも、君以外にうつつを抜かすなんてそんなことあるはずないだろう? 君は私の永遠なんだ、ジョン。君が一番わかっていてくれるだろう? ねえ、ヌヒヌヒ笑ってないでよジョンさん!?」
ショットとの会話はどこかへ行ってしまったらしい。腕の中のジョンをあやしながら声だけで縋り付くドラルクと、それらを一身に受け珍しいドラルクの慌てようを一つも逃さないとばかりドラルクだけを視界に収めるジョン。一人と一匹は公共施設でも構わずひっぴきの世界に行く。
何で俺は月9ばりの口説き文句を見させられてんだ。砂糖を喉に流し込まれた心地がしメロンソーダを流すがスッキリしない。だが見回せばそんな一人と一匹の愛にニッコリ微笑む奴らばかりだ。退治人は面倒な時は首を突っ込まないから流してる可能性もあるが、後方同居人面のロナルドは間違いなくそれとは違うだろう。
「ジョンに愛を乞うのは当たり前だからな」
愛の何たるかもまだ知らない男が無駄なハンサム感を出している。ショットも知らないが。
「いや…にしてもジョンくんはドラルクの使い魔なんだろ? なら、もっと大きく構えててもいいんじゃねぇか?」
すでに藪は突っついた。今日はトコトンやってやろうと、半ばヤケになってショットは2杯目のクリームソーダを煽る。
「いーや! ジョンの愛をいい、一番……一番に…! ってんなら、平伏してでも足りねェよ!」
一番、の所で何かを殴りたそうにしていたが、さすがのロナルドも愛を乞う邪魔はしかねるらしく、固い拳が震えるだけだった。怖いわ。ジョンの一番はドラルクであるということを、理解はしていても未だに認められないのだろう。普段雑にジョンを扱うとよく溢しているが、だからこそこんな風に一見無様でもジョンに跪くならそれはそれで許そうと思っている節がある。どこの立場からの目線だと思うが、一人と一匹がその立場をロナルドに許しているのだから、ショットに何も言うことはない。
「アラ、聞いてないの? ドラちゃんとジョンくんの馴れ初め話」
体を震わせるロナルドから目を逸らしていると、隣のテーブルからシーニャが口を挟んできた。
「あぁ、そういえば俺はまだ無いな。全米が泣いたとは聞いた」
「ショットは非番だったもんな……グスっ」
「思い出し泣きするほど?」
右側のテーブルではサテツが巨体を丸め涙を誤魔化している。
「月9なんて目じゃ無いわ! なんでまだ映画化の話が来ないのかわからないくらいよ!」
「そんなに?」
「お前も聞かせてもらえよショット! 人生観変わるぜ!」
「インドかよ」
マリアのサムズアップにツッコミの勢いは多少上がったが、ショットとしては大げさだろ、という気持ちが大多数を占めていた。
「なにいても斜め見。みんなが言うこと全然理解できてないアル。自分はみんなとは違うとでも思ってるか? ダッサ」
「グハァッ…!」
切れ味の良いコメントがショットの心を切り刻んで行く。今日もターちゃんは絶好調だ。危なかった、クリームソーダがなかったら致命傷だったぜ。
「まぁまぁ、仕方ないよターちゃん。ショットはあの壮大かつ美しい物語をまだ知らないんだ」
「駆け出しの頃みたいなもんだよ。許してやろうぜ」
「俺の黒歴史まで抉る必要あったか!?」
メギドやバッターまで加わって、庇われてるのか背中から斬りつけられてるのかもうショットにはわからない。
「なんかまた聞きたくなってきたな」
「いいわね〜! お肌に良い話が聞きたい所だったのよ〜!」
「ジョンくん! 頼むよ!」
誰かがマスターに頼んで、ス、とホットココアをジョンに流していた。すでに仲直りしイチャイチャとしていたジョンとドラルクが、話の中心であることを感じ取って顔を見合わせ小声で話している。話してあげる…? ヌヌヌヌヌヌヌヌ、ヌイヌ、ヌヌッヌヌヌヌ。……もう、ジョンったら。おいまたイチャついてんぞあそこ。ドラルクの恥じらい顔にキスを一つ贈り、ジョンがカウンターに簡易的に作られた舞台にやって来る。
「よっ、待ってました!」
気のいい退治人たちの口笛が高らかに響き、ジョンの壮大な愛の物語が幕を開けた。
ーー結論から言うと、ジョンの話の中盤くらいからショットはグズグズに泣いた。具体的に言うと動物系と悲恋系の映画を見た時くらいの勢いだった。この間新横浜には変態もダチョウも出ず、しかし新横浜ハイボールにはジョンを崇める人や吸血鬼たちがどこからともなく集まり、皆一様にジョンの話で泣いた。彼らがSNSで拡散したことでジョンとドラルクの愛は全人類ーーとまでは行かずとも全国、いや首都圏あたりでフィーバーを起こし、ガチの映画化、ドラマ化にアニメ化、小説化漫画化その他あらゆるメディア媒体で大きく取り上げられることになり、ヌー教が世界に進出することになるが、それはまた別の話だ。
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翻訳「ドラルクさまへの 愛を 語ってくるヌ」