決してその手を離さぬよう──────轟音が轟く。
ドーム型の建物全体がビリビリと震える。
「あれ」が、暴れているのだ。
再び、ビリビリと大気を震わせて咆哮が轟く。
天井のシャンデリアがシャラシャラと音を立てて揺れ、パラパラと埃が落ちてくる。
ああ、あんなに埃が。掃除をもっときちんとするようしっかり監督するのだった…。
そんな想念が脳裏をかすめる。今はそれどころでは無いというのに。
ここは鏡舎。我が学園の心臓部。
「あれ」とは…突如式典に乱入してきたキメラのようなモンスターだった。
今年は災厄の年だった。
毎月のように寮長級の生徒がオーバーブロットし、現れた「化身」を倒してブロットに呑まれた生徒を正気に返す戦いで、学園は何度も破壊された。
そして、今日。
最大の災厄が学園を襲った、と、その時は思った。
また式典に呼ばれなかったマレウス・ドラコニアがついにオーバーブロットしたのだ。
もちろん、ただ呼ばれなかっただけでそうなったわけではあるまい。
色々と見えない要素も溜まっていたのかもしれない。
だがそれは起きてしまった。
膨大な闇の魔力が開放され、強大な化身が出現した。
一年前の学生たちなら、為す術もなかったかもしれない。
だが、この一年の戦いを通して生徒たちも大きく成長していた。
化身は倒され、マレウスは正気に戻った。
鏡舎の床には、戦いで魔力の付きた生徒たちが累々と倒れていた。
だが、死者はいない。不幸中の幸いだった。
……。
………と、思っていた。
「アレ」が突然現れるまでは。
今や、残った生徒たちが、次々斃れていく。
学園の心臓、闇の鏡を守らんとして、戦い、力尽きたのだ。
無属性の強力なエネルギーが開放され、ついに天井が吹き飛んだ。
あの美しかったシャンデリアが、砕け落ちて地に塗れた。
ああ。何ということだ。
百年をかけて育まれた学園が、いま終わろうとしている。
そして私の夢も…。
麗しい悪の華を再び咲かせるという切なる願いも、また、ついえようとしている。
また生徒が一人、倒れた。
ああ、優秀で美しい子だったのに…。
全滅はもう時間の問題だ…。
駄目だ。駄目だ。駄目だ。
駄 目 だ !
生徒たちを救わなくては。
…私の、夢を、救わなくては…!
この忌まわしい陥穽を回避する道が…あるはずだ。
だが、何かが足りないのだ。
それは何なのか…。
もう一度、やり直すのだ。
今度こそ、上手くやらねばならない。
今こそ、禁断の秘術を…!
さあ、我が魔力のすべてを注ぎ込み、時の輪を回そう。
そして、全てが消えた。
鏡舎に一人の男が立っていた。
余人は、居ない。
男が、つ…と、闇の鏡に向かって足を踏み出す。
その背にまとった黒い羽毛のケープが、さらさらと揺れる。
もう一歩。
そしてもう一歩。
歩み寄りながら、男は問う。
「ああ……愛しい我が君
気高く麗しい悪の華
貴女こそが世界で一番美しい
--鏡よ鏡、教えておくれ
この世で一番………」
そして、あの子が、現れた。
これが闇の鏡の答え。
あの破滅を回避する鍵。
あのモンスターが生まれることを、阻止してくれるであろう存在。
私はその子の心に深く、深く、願いを埋めた。
「 私に 彼らに 君に
残された時間は少ない
決してその手を離さぬよう──────」
時の輪が、再び巡り始めた…。