ヤング・クロウリー ~始まりの物語~ 第5話「招かれざる者」 城で、姫の誕生を祝うパーティが開かれる。
その知らせは人間の国中を駆け巡り、隣国にまで伝わった。
国中の選ばれた客へと招待状が送られ、隣国の王家にも使節が走った。宴は国を上げての盛大なものになると、お触れが出され、城の使用人たちは準備でてんてこ舞いになった。
そして姫の誕生パーティの当日。
城の大広間は大勢の招待客であふれかえっていた。
客たちを見下ろす段の上には王と王妃の玉座が設けられ、その隣には隣国からの使者の席も用意された。
主催である王が宴の始まりを宣言し、隣国の使者が長ったらしいお祝いを述べ、次に国内の有力者がお追従をたらたらと垂れ流し……。お祝いの乾杯の前の長い「儀式」に皆がうんざりした頃に、広間に文字通り飛び込んできた者があった。
妖精だ……!
という声があちこちで囁かれ、さざなみのように広間に広がっていく。蝶そっくりな羽を背中に生やした小さな妖精が三人、王の前に降り立ったのだ。
三人の小妖精は息を切らせて王の足下に駆け寄ると、優雅にお辞儀をしてお祝いを述べた。
「王様、王妃様、愛らしい姫様のご生誕、おめでとうございます。姫様に妖精の祝福を授けに参りました」
王の顔に、満足げな表情が浮かんだ。
彼は大広間に集った皆に向かい、声を張り上げた。
「見よ! 妖精族も祝福に馳せ参じたぞ! 姫の将来は安泰だ! ここに発表する。姫はここに使者を送られた隣国の王子と婚約する!」
満を持して発せられた王の言葉に、広間にざわめきが広がってゆく。そのざわめきはやがて大歓声となり城をも揺るがせた。
「さあ、姫に妖精族の祝福を!」
王が促すと、妖精の一人が歩み出て、ゆりかごの中を覗き込んだ。
「まあ! 愛らしい姫様だこと。私の名はフローラ。姫様に衰えることなき美しさを授けましょう。祝福あれ!」
フローラが手をかざすと、キラキラと輝く光の粉が飛び散り、姫を覆って消えていった。
フローラが下がると、二人目の妖精が歩み出た。
「私、フォーナからは歌の才能を授けましょう。姫様の生涯を美しく楽しい歌が彩りますように。祝福あれ!」
フォーナが手をかざすと、再びキラキラした粉が飛び散って姫を包み消えていった。
最後の妖精が一歩前に出ようとした時、バン!! と大きな音と共に、大広間の扉が開いた。
皆が驚いてそちらを振り返り、そこに見たものに本能的な畏れを抱いて固唾を呑んだ。
扉を背にして立つ者。それは妖精マレフィセントだった。
スラリと高い背を漆黒のマントに包み、長い木の杖を片手に持っている。杖の木瘤の上には一羽の大鴉が乗ってあたりを睨め回していた。
静寂の落ちた大広間に、コツリ、コツリ、と杖を床に突き立てる音だけが響く。静かな威厳をもって歩みいる彼女を前に、人々は誰に言われるでもなく後退り道を開けた。
王の前までくると、マレフィセントは歩みを止めた。
「どうしたことかしら。私にはパーティのお誘いが届かなかったのだけれど?」
王は青ざめた顔で、椅子の肘掛けを指の節が白くなるほど強く握りしめていた。
「ねぇ? 貴方と私の仲なのに、水臭いじゃないの」
それを聞いた王の顔が一転して赤く怒気を孕む。
「何をしに来た……! お前を呼んだ覚えはないぞ!!」
マレフィセントは艶然と微笑んだが、その目は笑ってなどいなかった。
「あら、つれないお言葉ね。この子に祝福を与えに来たというのに」
そしてマレフィセントは、ゆっくりと赤子のゆりかごに歩み寄った。
「いけない……!!」
「その子に触らないで!!」
「マレフィセント、駄目よ!!」
三人の小妖精は口々に叫んでマレフィセントに取りすがろうとしたが、袖の一振りで弾き飛ばされてしまった。
マレフィセントは、両手を大きく上げた。
大気に魔力が満ち、パチパチと黄緑色の火花が散り、光り輝きながら渦巻く霧となって姫のゆりかごの上に集まってくる。
「オーロラ姫よ、汝に永遠の祝福を授けよう! お前は十六歳の誕生日の日没までに糸車で指を刺して死ぬ! この呪いは何を持ってしても取り払うことは出来ぬ!!」
渦巻く魔力の霧が一気に雪崩落ち、産まれて間もない姫を包んだ。
マレフィセントは、キッと王をにらみつけ、次に使節に目をやった。
「使いの者よ、お前たちの王子の許嫁は結婚するまえに死ぬ。お前の主にそう伝えるがよい」
そう声高く言い放つと、バサリとマントを翻して足音高く歩み去った。
残された人々は突然の悲劇に唖然として、声もなくその場にただ突っ立っていた。
王妃は我に返ると顔を覆って啜り泣き始めた。
王は、顔を赤くしたり青くしたりしながら、言葉を発することもできずに椅子の肘掛けを握りしめている。
隣国の使節は、両手を上げてオロオロし、何を言えばいいのかわからない様子だ。
と、三人目の妖精が前に歩み出た。
「私は妖精のメリーウェザー。私が、姫の呪いを解けないか試してみましょう」
人々の目にすがりつくような希望の光が宿る。
メリーウェザーはゆりかごに近寄ると、両手を上げて魔力を集め始めた。金色の霧があたりに満ちてゆく。
「姫の呪いよ、解けよ……!!」
だが、黄緑の霧が姫を覆い、金色の霧をメリーウェザーもろとも弾き跳ばした。
床に倒れたメリーウェザーは、それでも諦めず、立ち上がるともう一度魔力を集め始めた。
「姫の呪いよ、変われ! 姫は死なない、ただ眠りにつく! 真実の愛のキスだけが姫を目覚めさせる!!」
金色の霧と黄緑の霧がせめぎあい、今度は金色の霧が勝った。
姫の身体を金色の霧が包み込み、あたりに満ちていた恐怖の気配が消え去った。
メリーウェザーは、王の前に歩み出てお辞儀をするとこう言った。
「王様、すみません。マレフィセントの魔力は強大です。私の力では、呪いの性質を変えることしか出来ませんでした……」
王は無言のまま、唸り声を上げるのだった。
その様子を、天井の梁の上から見守る黒い影があった。
こっそり様子を見に戻ってきたディアヴァルだった。
ディアヴァルは見つからぬうちにと翼を広げ、マレフィセントの元へと向かうのだった。
マレフィセントは、ディアヴァルの報告を聞くと苦虫を噛み潰したような顔をした。
「メリーウェザーめ、余計なことを。あんな男の娘を祝福に行くなど、何を思ったやら」
「でも、子どもには親の悪事は関係ないと思うんですけどね。あれはちょっとあんまりじゃないかな」
小首をかしげてディアヴァルが言うと、マレフィセントは真面目な顔で反論した。
「一見、大事に育てられているように見えても、最後は顔を見たこともない男のものになるのよ。可哀相な子……。それならいっそ死んだ方がましじゃないのかしら?」
「生きてりゃ逃げ出すチャンスもあると思うんですけどね……。俺を貴女が助けてくれたみたいに、誰か現れるかもしれないんだし」
そう言われてもマレフィセントは、肩をすくめて見せるだけで答えようとはしないのだった。
後日、王の元から隣国へと使者が走った。
姫の誕生祝いの宴が悪しき妖精マレフィセントによって襲撃され、貴国の使節殿はあっぱれ姫を護って討ち死にした、と王の使者は告げた。
隣国の王は、少なくとも表向きはそれを信じ、使節の遺体を丁重に運んでくれたことへの礼を述べたのだった。
もちろん、宴に参加した者たちには厳しい箝口令が敷かれ、違反した者は打首だと言い含められた。
かくして、姫と隣国の王子の婚約は無事成立し、王国の将来は約束されたのだった。
そしてそんな話もまた、ディアヴァルはしっかり聞き知ってマレフィセントに知らせた。それを聞いたマレフィセントは、何も言わず片方の眉を上げて「さもありなん」という顔をして見せただけだった。