ヤング・クロウリー ~始まりの物語~ 第6話「極光は宵闇を照らす」 大鴉のディアヴァルの回想。姫の誕生を知ったマレフィセントは姫に呪いをかけたが……。
城の中、王は落ち着かない様子で部屋の中をあるきまわっていた。
「マレフィセントめ……。わしの道をことごとく邪魔しおって! 呪いを避ける道は無いものか」
王は立ち止まって顎髭をしごき考え込む。と、突然その目に強い光が宿り、顔を上げてぶつぶつとつぶやき出した。
「……そうだ! 国中の糸車を焼き捨てるのだ! そして姫を隠してしまえば良い……! 隠す……どこへ……? そうだ! あいつらだ! あいつらに責任を取らせよう。同じ妖精のしでかしだ、あいつらに尻拭いしてもらおうじゃないか。誰かある! ここへ三妖精を呼べ!!」
王はオーロラ姫を三人の「良き妖精」の元へ預けることにした、と王妃に説明した。王妃は静かに涙を流し、黙ってそれを受け入れた。
三人の小妖精たちは人間の女に姿を変えて、姫を匿い隠遁生活を始めることになった。
森の奥の小さな小屋で、赤子一人と女三人の慎ましい生活が始まった。
だが、もちろん、その所在はただちにディアヴァルの発見するところとなり、マレフィセントの監視下に置かれたのだった。
ディアヴァルは、毎日のように小屋を訪れ、ただのカラスのふりをして赤子と三妖精を観察した。すると、恐ろしいことに、三妖精は育児の能力がまるでないことが判明した。
何しろ、赤子に何を与えればいいのかすらわかっていないのだ! カラスだって雛鳥に何を上げればいいのかくらいわかっているのに、この妖精たちと来たら! 畑から引き抜いた人参をそのまま赤子に食べさせようとするなんて! 無茶苦茶だ……!
呆れ果てたディアヴァルは、こっそりと赤子に乳や果汁を運んで与え、それを聞いたマレフィセントは、まあ、あの三人らしいわね、と受け流したのだった。
それから数日後、マレフィセントは自ら小屋に足を運んだ。もちろん、自分の目で赤子の様子を見るためだ。ディアヴァルには「呪った子でも無事が気になりますか?」と言われたが、ふん、と鼻であしらった。
窓越しに覗き見ると、赤子は窓を見上げて無心に笑いかけてきた。マレフィセントの心に驚きが広がった。
「お前、私が怖くないの?」
そう問われると、赤子はマレフィセントと目を合わせ、きゃらきゃらと機嫌よく笑った。その笑顔はあまりにも愛らしくて、マレフィセントは眩しそうに目を細めると、「醜い子……」とつぶやき踵を返して立ち去ったのだった。
それから後、マレフィセントは度々赤子の様子を見に訪れるようになった。大抵は高い木の上に隠れて遠目に小屋の様子を伺うだけだったが、三人の妖精が居ないときは近くまで行ってしげしげと赤子を観察するのだった。
人間の赤子の成長は早い。妖精の時間を生きるマレフィセントにとっては、赤子が幼児になり、とことこと歩き出すまでは瞬きの間に過ぎなかった。
ある穏やかな午後、マレフィセントは、幼子がひとりで森の小道を歩いているところを見つけた。
「まあ、あの三人、本当に不用心ね。森の獣に見つかったらどうするの? ぺろっと一口で食べられちゃうわよ」
そして、両手を鉤爪のように曲げ、ガオー!と声を出して脅して見せた。すると幼子はマレフィセントを見上げてきゃらきゃらと無心に笑い、両手を上げて「だっこ」と言った。
「本当に恐れを知らないわね。もう少し怖がってほしいものだわ。さあ、小屋にお帰りなさい。お前は大事な復讐の道具なのよ、こんなところで獣に食べられちゃ困るのよ」
そうぼやきながら、マレフィセントは幼子を抱き上げた。
すると、幼子はきゃっきゃとはしゃいだ声を上げ、マレフィセントの頭の角をさわりはじめた。マレフィセントの目が驚きに見開かれる。しかし幼子にはそんなことは関係ない。「まんま~」といいながら、角をしゃぶりはじめた。
「まあ! なんて子かしら。人間はこれだから嫌よ……」
そういって、マレフィセントは歩きはじめ、小屋が見えるところまで来ると、幼子を地面におろした。
「さあ、行きなさい」
幼子はその場に突っ立って、マレフィセントを見上げてニコニコしている。
「この子、バカなのかしら? シッシ!! さあ、お行き!!」
その時、小屋の方から「ローズ! ローズ!! どこなの? まあ、どうしましょう。どこいっちゃったのかしら?」という声が聞こえてきた。
「ほら、お前を呼んでるわよ。行きなさいったら!」
マレフィセントは高い背を前かがみにし、声をひそめて幼子を叱責した。幼子は、マレフィセントをもう一度見上げてニコっと笑うと、とてとてとおぼつかない足取りで小屋へ向かって走っていったのだった。
その様子を木の上から眺めていたディアヴァルが、始終面白そうににやにやしていたのは言うまでもない。
そしてそのことに気づいたマレフィセントが、帰り道、ちょっとばかり拗ねていたことも。
だが、そんな穏やかでちょっと奇妙な日々は、やがて終わりを告げることになるのだった……。