ヤング・クロウリー ~始まりの物語~ 第7話「森の乙女」 大鴉のディアヴァルの回想。仮の名をローズ・ブライアと名付けられたオーロラ姫は美しい乙女へと成長していったのだが…。
三人の良き妖精たちとマレフィセントとディアヴァル(主にディアヴァル!)に守られて、赤子は美しい乙女へと成長した。
不思議と森の動物にも懐かれる娘で、普段なら人間は敵とみなすような猛獣でも、彼女の前ではおとなしく頭を垂れ、耳の後ろを掻いてもらうのだった。
そんなローズの様子を見ていたマレフィセントは、ある日、戯れに彼女の前に姿を表してみた。すると、ローズは顔を輝かせ、貴女を知っているわ、と言ったのだ。マレフィセントは内心すこしばかり動揺したが、表向きは片眉を上げて見せただけだった。
「わたし、貴女を知ってるわ! フェアリー・ゴッドマザー! フェアリー・ゴッドマザーでしょう? いつも私を見守って下さっていたの、私、気がついていました。お会いできて嬉しいです。いつかお礼を言えたらと、ずっとずっと願っていたの!」
どうもこの娘と顔を合わせると調子が狂わされる……。
ふと、マレフィセントは、この娘が妖精の国を見たならどんなことを言うのか見てみたくなった。片手を口元に添えて、ふっと息を吹きかけると、妖精の眠りの魔法がローズを包みこみ、彼女はあっというまに深い眠りに落ちていった。
マレフィセントは、ローズを眠らせたまま妖精の国へと運び入れ魔法を解いた。ローズは目覚めると歓びの声を上げ、目をキラキラさせて珍しい景色を眺め、大小の妖精たちに挨拶をして歩いた。
するとどうだろう。人間からはすぐに隠れてしまう小妖精や小動物も、人間と見れば襲いかかる猛々しいトロールたちも、みな彼女の前ではおとなしく争うこともなく集っているではないか。
この娘は、とんでもない器の主なのではないか……?
マレフィセントは、内心で舌を巻いた。この娘は世間知らずという以上に、恐れ知らずだ。そして妖精も動物もすぐに彼女に懐いてしまう。魅了の魔法を使ったわけでもないのに!
ここにはローザを傷つけるものは何一つ存在しなかった。
それを見たディアヴァルは、マレフィセントに言ったものだ。
「ね、そろそろ認めてもいいんじゃないですか? この子は父親とは大違いですよ」
マレフィセントはそれに対して、しかめ面で応えたのだった。
だが、それからのマレフィセントは、ローズを観察するという名目で度々妖精の国へと招いた。そのたびにローズは目を輝かせて色々な対象に興味を示し、吸い取り紙がインクを吸い取るように妖精の知識を吸収していくのだった。
そんな楽しい日々が続いていたある夜。
マレフィセントは、姿を隠して森の小屋へと一人向かっていた。
自分は間違っていた。
あの呪いは、かけるべきではなかったのだ。
娘は父親とは別の人間だと、今の彼女は理解し、認めていた。
ずっと心のなかではわかっていたことだった。だが、それを認めることは、自分の過ちをも認めること。誇り高い彼女には、なかなか飲み込むことの出来ない苦い認識だったのだ。
それでも、ついに今夜、彼女は自らの過ちを正そうとしていた。
あの呪いは解かねばならぬ。ローズは、妖精たちの良き理解者となり、人間の暴挙を止めることすら出来るかもしれない。長年の争いを平和に解決する鍵になるかもしれないのだ……。
そう自らに言い聞かせながら、マレフィセントは小屋の前に立ったのだった。
マレフィセントは、小屋全体に眠りの魔法をかけると、静かにドアを開けて中へと滑り込み、ローズの寝室を訪れた。
そこであの誕生パーティのときと同じように、両手を高く上げ、声高く唱えた。
「この娘にかけた呪いを取り消す!呪いよ、解けよ!!」
部屋の空気に魔力が満ちる。髪の毛の逆立つような緊張感が高まり、黄緑の霧が立ち込め、マレフィセントの手の動きに操られてローズの上に雪崩落ちた。
だが、何かがおかしかった。
魔力の霧はローズの身体の周りに漂い、身体へと入っては行かない。それどころか、わだかまる魔力の霧は弾き返され、マレフィセントに向かって吹き付けてきた。その霧の中から、かつての彼女自身の声が木霊のように聞こえてきた。
『この呪いは何を持ってしても取り払うことは出来ぬ!!』
「ならぬ! 呪いは解ける!!」
マレフィセントは再度、両手を振り上げ魔力を注ぎ込んだ。
だが結果は同じだった。過去からの木霊と共に、魔力はすべて弾き返されてしまったのだ……。
マレフィセントは、悄然と肩を落とし、小屋を後にした。その胸を苛む後悔は、ただ過ちをただし、有能な人間を救うことが出来なかったという以上の物だと、まだ彼女は気づいてはいなかった……。