ヤング・クロウリー ~始まりの物語~ 第8話「綻び」 マレフィセントが後悔に胸を苛まれている頃、何も知らないローズはいつもどおりの森の生活を楽しんでいた。
もうすぐ十六歳の誕生日、というある日、彼女は森の中で一人の青年と出会った。青年は見目麗しく、礼儀正しく、美しい衣装をまとっていた。
彼は、「すみません、道に迷ってしまって。城へはどちらに行けばいいですか?」と尋ねた。たったそれだけの会話なのに、ローズの胸は何故かドキドキし、顔がほてるのを感じた。なんだろう、この不思議な感じは。この人ともっと話していたい、側にいたい、と感じる……。
どうやら青年も同じ気持ちだったらしく、用事を済ませたら必ずまた寄るから、と言いおいて去っていったのだった。
それから数日の間、ローズは毎朝のように目覚めるとすぐに、彼がまたやってこないかと考えてあの場所へとでかけ、日暮れにはがっかりして家に戻るのだった。
そして、とうとう彼がやってきた!!
青年は、フィリップと名乗った。そしてローズの名を聞くと、美しい名前だね、君にぴったりだ、と笑顔で言った。その笑顔の眩しさときたら!
ローズとフィリップは森の中で語り合い、共に散策し、急速に惹かれ合っていった。
だが、別れはすぐにやってきた。フィリップには役目があり、国に戻らねばならなかったのだ。彼は、国元での役目がすんだら必ずまた来るから、と言って去っていった。
残されたローズは、初めて感じる寂しさに沈んだ気持ちで小屋へと帰っていったのだった。
小屋に戻ったローズは、なんとなくきまりが悪くて、なるべく三人のおばさまたちと顔を合わせないように静かにドアを開け、そっと小屋の中へ入ろうとした。と、その時、興奮して甲高い話し声が聞こえてきた……。
「もうすぐあの子の十六歳の誕生日だわ! 王女をこれだけ立派に育て上げたのだもの。王様はきっと満足してくださるはず!」
え、王女? 王様の? ……どういうこと? フローラおばさま、何を言っているの?
「そうしたら、こんな生活とはおさらばね! マレフィセントから隠れ潜んだ十六年! 長かったわ……!」
あれはフォーナおばさま。こんな生活って……? どういう意味なの? まさか、おばさまはここの暮らしが嫌だったの……?
「ここまで無事に育ってくれてほんとうに良かった。国中の糸車を焼き捨てたんですもの。マレフィセントの呪いは無効になったんじゃないかしら?」
メリーウェザーおばさま、いまなんと……? まって……、マレフィセントの呪いって……?
思わず一歩、踏み出したローズは、椅子にぶつかってしまった。
ガタン、と大きな音がして、三人のおばさまたちが一斉にこちらを振り向いた。
この人達、私の……何だったの?
混乱したローズの心のなかに、急に恐れが芽生え、膨れ上がった。
彼女は小屋を飛び出すと、三人のおばさまたちの呼ぶ声を無視して森の中へと走り込んでいった。どうしても、確かめなくては。あの方にあって、直接!
「フェアリー・ゴッドマザー! どこにいるの? 教えて欲しいことがあるの! フェアリー・ゴッドマザー!!」
と、目の前にマレフィセントがいた。
「ああ……。フェアリー・ゴッドマザー! さっき家に帰ったら、おばさまたちが、私が王女だって話していたの。そしてマレフィセントが呪いをかけたって……」
すがりつくような目には今にも零れそうな涙。震える唇を噛み締めて、彼女は言葉を絞り出した。
「嘘……ですよね? お願い、嘘だと言って……」
マレフィセントの顔につらそうな表情が浮かぶ。
「……嘘ではないわ。私はかつて怒りに任せて貴女を呪ってしまったの。今はとても後悔している……」
が、最後まで聞かずにローズは踵を返して走り去っていった。
後には、ただ立ち尽くすマレフィセントが一人、残された。
ディアヴァルは彼女にかける言葉を思いつけなかった。彼はただ翼を広げると、ローズの後を追って飛び立ったのだった。