飼われる男 第三章飼われる男 第三章
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堕ちた星の礫が彼らを焼いた。
再生の理は乱れ、陥落した王都では今もまだ不死者が渦巻いていると聞く。
星読みの儀が遣損じてから、二年の月日が経っていた。
「──止めるッ!」
受けた剣先が高い音を鳴らし、銀白の髪が搖れる。
不意を付くよう伸びた拳は偽作であり、重く伸びる脚技を受け流す。
ぽつりと季節外れの驟雨が訪れ、男は構えを解いた。
未だ濡れた肩で息をする奴隷の青年とは違い、青磁色の鱗を見せた主人の男にはまだ余裕があるようだった。
「アルフェン、強く降る」
「まだ俺はやれる」
「片付けろ」
「……わかったよ、ジルファ。早く帰ろう」
遷都された土地へ商人と冒険者が動くように、彼らも拠点を移動させていた。
星と理の乱れは、遠く離れた此の地でも多く、降るはずのない黒い雨と重い雲が今日も訪れている。主人の言葉の通り、桶を返したような雨粒が視界を塞ぎ、投げられるように渡された厚手のローブを高く上げ大きな木へと身を寄せ合っていた。
「冷えたか」
「……大丈夫」
不安げに黒い空を見上げるアルフェンの手先が、自然と主人の肩へと触れていた。鱗の形に沿うように手を乗せ、今日も自分の主人は無事であると確かめる。青年の儀式のような行為を、男はじっと眺めていた。
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「なんだい、あんたら飯はまだだったのかい」
宿の女主人がいつものように大きな声で二人を出迎えた。昼でも、夜でもない丁度ひとが少なくなった時間に濡れて帰ってきた空腹の男達を、彼女は笑いながら待っていてくれた。
「そんなことだろうと、まずは湯を準備してるからさっさと一緒に入りな」
「ああ、そうさせてもらう」
「なんかいい匂いがする、ジルファ」
酒場の食堂の方へとふらりと寄ろうとする青年の首根を掴むように、男が浴場へと引き連れて行く。先に飯が食べたいと、ごねはじめた小動物を叱りつける翠の瞳に萎縮され、彼だけの奴隷らしく青年はその身を小さくする。
遷都される前から、この土地は豊かに発展していた。ゆとりのある民の生活は、音楽や芸術と云った文化を生み出し、日常生活でも其れは変わらない。
「これだけ大きな浴槽が宿にあると気持ちがいいな」
「そうだな」
他の街であるような、湯桶や井戸水で躰を洗い流す文化ではなく、貴族や一部の冒険者が愛用していた浴槽を使った入浴が此処では広く一般的である。豊富な地下資源と、星霊力に拠るものが大きいと此処に着いた時にジルファが教えてくれた。
「でも、此れもいつか無くなるんだよな」
「……そうだな」
理の乱れは、土地の星霊力を狂わせる。
あれ程豊富であった資源も、人々が奪い合うような姿を街なかでも見るようになった。
難しい話はわからないと、天井から降る雫を数え、先に浴槽から出る主人の背中と肩の鱗を、奴隷はじっと眺めていた。
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潰した肉を丸め、形を作り鉄の板で焼く。
どうして其れだけでこんなに美味しいものができるのかと、頬張る口が喜んでいた。
「美味しい此れ、えっと、はんばぁぐ」
「ハンバーグだ」
器用に金属の食器を使う主人とは異なり、まだ慣れぬ手付きで奴隷が食器の先で掴むように持ち上げる。匙を出してもらうかと聞くと、ジルファと同じのが良いと剣術には慣れたが此方の才はまだ練習が必要だと男は笑ってくれた。
「アルフェン、此れも喰うか」
「ありがとう、其処置いといて」
紅の鴉のジルファに腕利きの奴隷が付いて居ると噂になっていた。ギルドの依頼で、討伐があれば炎の剣を纏うように薙ぎ払いズーグルを一掃する姿は、新米の冒険者たちを魅了した。剣を収めれば人懐っこい青年の姿に、都で滞在する冒険者や、街中で依頼を出す民からも青年は愛され、アルフェンと名を呼び止める声も多くなっている。
子を思う親のような気持ちに、彼の主人であるジルファは嬉しくもあり、嫉妬のような何処か寂しさもある感情を抱えていた。持ち上げるエールの香りが髭へとへばり付き、空に成ったグラスをまた差し出す。
「今日はちょっと呑み過ぎじゃないか、ジルファ」
「構わん、明日は休みにする」
雨季でもない此の季節に、黒い雨が長く続く。
星読みの儀のせいだと、皆は口を揃えて云っていた。
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躰が重い。錆びた味がする。あいつは何処だ。
鉛のように沈む男の体躯が、溢れる血を抑えながらぐしゃりと濡れた自身の血溜まりへ膝を付く。
「ジルファ、大丈夫だから。俺が──片付ける」
朦朧とする意識の中、深手を負った主人を護るよう奴隷が盾と成っていた。
盾は、焔を纏い、薙ぎ払う炎の剣でズーグルの群れを潰していく。
黒い雨を追うように、霧状になった魔物が次々と空へと登っり還っていく。
堕ちた星の礫から顕れた、一際大きなズーグルが拳を落とす。
二足歩行の巨体から振り下ろされる其れをアルフェンは受け流し、腕づたいに登った青年がズーグルの太い首を跳ねた。横に流れる焔の煌めきが、黒い雨に反射して水蒸気へと色を付ける。自身の砕けた鱗と、青年の瞳が混じったような色だと、ただその光景を見ていることしか出来ない男は、此の世界は綺麗だと感じていた。
「ジルファ!」
駆け寄る蒼い瞳の青年が、黒い液を零すモノになった主人へと近づく。見知った少女の亡骸を鱗の肩で抱くようにして沈む主人は、ゆっくりと翠色の瞳で返事をする。
「大丈夫だ、大丈夫だアルフェン」
「嫌だ、嫌だ、俺をもう独りしないでくれ」
「……俺が居る、大丈夫だ」
変色した汚泥の空が、理を乱す。
ズーグルではない不死者が、生を求め群がり集まってくる。
主人を護ろうと、奴隷は力を奮った。
炎の剣が流れる度に、悲鳴と絶望と、嘆きが黒く散っていく。
王都の全てが陥落したのは、その後すぐのことであった。
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「おい」
「はい」
「続きはどうした」
「つづ……つづき……?」
筆を持つ触手が、自身有りげに腕を組む。
何処が鼻かはわからないが、荒く息を出しながら高らかにこういった。
「つづきは、ない!」
「なんだとッ!!」
「ひっ」
壁に追いやられた触手は、そのまま貼り付けにされるように触腕を杭で打たれ始めた。ガンガンガン!!
まだ書けるだろ、ほらえろ同人誌だよ、出せるだろ、なあと集う物達は口々に言い放つ。
「つづき……な、ない」
「書けッ!!おらッ、書けば出るんだろッ!!!!!!!!!!」
「濁点付けて喘げよッ!!!!!!」
その後は、至極無残な有様であった。
ぴくぴくと痙攣を繰り返す触手が千切れた腕を落とし、持っていた筆が地面に突き刺さるように。
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ここでいったんCMです
「王様だーれだ!はい、ジルファが王様!!」
「剣を持て」
「え」
「剣を持て、アルフェン。鍛えてやる」
その後は、至極無残な有様であった。
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ここでいったんCMです
「王様だーれだ!はい、俺が王様!!」
「ああ」
「王様の俺と、ジルファが──」
「なんだ」
「えっと、その……手を繋ぐ」
「手だけでいいのか」
その後は、至極無残な有様であった。
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次回 #俺の親はジルアル
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掲載予定のないジルアルその3 パロ
『飼われる男』第三章
ネタだけ書いて途中で力つきた。
†へんじがない、ただの棚ぼたのようだ†
未校正・未校閲
前々回 序章
https://poipiku.com/3636308/6088615.html
前回 飼われる男 第ニ章
https://poipiku.com/3636308/6263323.html