酩酊×墜落……予定地。 ステージ上の踊り子が優雅に腰を折ると同時に、サーカステントの裡には万雷の拍手が沸き起こる。
降り注ぐ歓声の雨を踊り子が存分に浴びた頃、唐突にステージの照明が落とされた。
観客席から拍手の音が引き、代わりに突然訪れた暗闇へのどよめきが走る。
パッ、と空中ブランコの台上へとスポットライトが当てられた。
そこにはよく似たステージ衣装を着た二人の少年達。
何やら言い争いをしている彼らの影が伸び、映写機の様に殊更大きくテントの内布へと映し出された。
――お馬鹿デ間抜けな「マティ」! ステージに立つノはスタァの僕だけデ充分デショ!
――……うるさい、うるさい! 「ルイ」なんて私がいなければ何も出来ない癖に!!
小柄な方の少年が、もう一人の周りをぴょんぴょんと飛び跳ねながら囃し立てる。
身軽そうな身のこなしではあるが、何分狭い立台でのやり取りである、観客達は息を呑んではらはらと少年達の言い争いを見守っている。
――根暗でデクノボーな「マティ」なんて、このフラバルーには必要無いンだヨ!
――…………言わせておけば!!
観客席から悲鳴が上がる。
云われるが侭だった側の少年が遂に激昂し、小柄な少年へと掴みかかったのだ。
混乱するテントの内部で怒号と悲鳴が飛び交う中、二人は互いに揉み合い、そして――……堕ちた。
暗転。
突き落とした側の少年であろう、後悔に満ちた呻き声が響く。
あまりにショッキングな出来事に、暗闇の中でショーの中止を叫ぶ声や啜り泣きの声が聞こえて来る。
血の気の多い者の一人や二人は、ステージに向かって駆け出していたかもしれない。
だがその恐慌も、再びスポットライトが舞台上に向けられ、"墜落した少年"の姿が照らし出されるまでの間だった。
――……嗚呼、吃驚シタ!!
ギ、ギ、と音を立てそうな程ぎこちない動きで、倒れ伏していた少年は身を起こす。
それもそのはず、少年の四肢はあらぬ方向へと曲がり、頭部に至ってはぐるりと背中側にまで回っているのだから。
今度こそ、気の弱い貴婦人ならば気絶しただろう。
その日の公演中一番の悲鳴の中、少年は首をギリギリと軋ませながら回転させて元の位置へと戻すと、淡々と曲がった四肢も直していく。
やがて全ての損傷を無かった事にすると、少年はケタケタと嗤いながら立ち上がった。
――可哀想ナ「マティアス」! 頭にオガクズでも詰まっテルのカナ!? ……ボクを突き落としタからっテ、自分がスタァになんかなれやシナイのにネ!!
ひとしきり少年は笑い終えると、たった今ようやく気がついたかの様に客席へと振り返り、ニッコリと微笑んだまま深々と頭を下げる。
そのままピョコピョコと跳ねながら、少年は"一人"で舞台の袖へと捌けていった。
ようやく場内にライトが戻り、どうやら今の一連の流れが全て演目の一つであったと観客達も理解し始める。
安堵の波が伝播すると同時に、パチパチと遠慮がちでまばらな拍手が上がり始める中、
「ブラボー!! 今日もすごかったよ!! 最っ高ッッ!!!」
……一人で十人分の歓声を上げながら、捌けていった演者へと拍手を送り続ける男が居た。
その翌日の、昼下り。
人通りの多い通りでチラシを配り歩いていた少年は、耳馴染みのある声に呼び止められた。
「やぁ「墜落」! 昨日も相変わらず手に汗握る凄い演技だったね!! それにとっても綺麗だった!!」
「……騎士様っていうのは、よっぽど暇で、儲かるんだね」
今宵の公演チラシを手渡しながら、墜落は片眉を顰める。
それでも青年はニコニコと人好きのする笑みを浮かべながら、差し出された紙を嬉しそうに受け取った。
「いいや全く!? 最低限の衣食住と名誉は保証されてるけど、それだけかな!」
「だったら何で毎晩毎公演観に来るのさ……」
フラバルーのチラシなど、そろそろ冊子が出来そうな程に集めているに違いない。
一応疑問の体裁はとったが、墜落とて当然知らない訳ではない。
「酩酊」が自分の、「マティアス」の熱烈なファンである事など。
改めての気恥ずかしさからチラシの束で顔を隠し、墜落は俯いた。
酩酊も、「分かってる癖に!」とあっけらかんと笑いながら、そっと身を屈めて墜落の右頬へと顔を寄せる。
「……ねぇ、今日も"キャンディ"売ってくれる?」
人混みの中にも関わらず、まるで口付けを許す様な距離感でこっそりと尋ね来る酩酊に、墜落は一瞬驚いた様にくるりと目を丸くした後、
「……いいよ」
頬を桜色に染めながら、コクリと小さく頷いた。