続・140文字仕分け中『甘やかせる権利』
黒の外套に、金糸の刺繍が施された白いフード。
そわそわしながら、撫でてもよいか? と尋ねられ、「御意に」と従順に頷く。
途端に足元から無数に伸び上がる触手達の間から、無数の赫い目玉が喜色に歪むのが見えた。
(この服は、貴方を甘やかせる権利だ)
たとえ、貴方が私の事を見ていなくとも。
『僕の半分』
「あの方から向けられる御心の半分は、」
言いかけ、止め、口を噤む。
羊飼いの青年は、黙って私の言葉を待っている。
(貴方へ向けられた物だと、分かっているのに)
……何と厭な夢だろう。
面影につけ込む卑怯者め、といっそ罵って欲しいのに。
俯く私へ静かに微笑んだまま、彼は何も答えなかった。
『どうせ無意識なんだろ』
手を差し出せば、撫でられんと身をすり寄せ、構われたいと無防備に身を晒す。
「ハスター様!」
振り返る一瞬、重なる影が在る。
「……」
「ハスター様?」
黙り込む王に不安を抱き、深淵を覗き込む。
その顔立ちは影と、
「……あまり似ておらぬな、と」
「え」
あまりにも、よく似ていた。
『同属嫌悪』
「ハスター様?」
時折彼の御方は私があの装束を纏っている時に、私では無い誰かを視て居られる時がある。
別の名を呼びそうになり、気まずそうに口篭る。
やけに人間臭いその仕草に、私はいつも笑って気づかぬふりをするけれど。
(私は、何と醜い心を……)
どうかその事に、気づかれませぬ様。
『唯一の、嫌い。』
――さもないと、これ以上あなたを……
黙想の最中、かつての羊飼いとの対話が蘇る。
邪神と称される己を強請る不届き者等、無始曠劫より彼の他には一人も現れなかった。
だと云うのに。
「……よく似ておるわ」
神の寝台を占領し眠りこけるという不遜極まる青年の顔を覗き込み、王は呆れた様に嗤った。
『友情の一歩先』
いっそ聞かなければ良かった。
自室の机に顔を伏せ、先の対話を反芻する。
――情愛、否、強いて云えば……
「友愛」
王がかつて愛した羊飼い。
彼が信仰と共に捧げた感情について尋ねれば、王は熟考の後そう答えた。
「私は王に……何と邪な想いを……」
所詮自分では、高潔な魂を持つ彼の代役には成れぬのだ。
『本物と偽物』
裾を引く手に、相も変わらず些末な事を気に病むものだといっそ感心する。
「あ……」
言いかけ、止め、口を噤む。
碧眼の底で疑うらくは、かつての我が羊飼いの影。
彼を自分に、重ねているのか? と。
洩れる溜息と共に、頭を撫でてやる。
「……汝は汝だ」
全く、本物も偽物もないと云うのに。
『唯一の』
『伴侶』には、同じ神格の相手が居て。
『信者』には、世界中数多の人々が居て。
『友人』には、あの羊飼いの彼が居る。
「私は貴方様の『唯一』に成れますか?」
零れた言葉に、王は眼を丸くした。
「……汝でも斯様な事を望むのだな」
言訳に口を開くのに先んじて。
「もう、成っておろうに」