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    shido_yosha

    @shido_yosha
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    shido_yosha

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    百貴さんと富久田さんが面談する話。
    *本編後富久田生存設定

    「何の話をしたい。今日は私が君の質問に答える番だ」
     白銀の取り調べ室。百貴はスチールテーブルのうえで指を組んで訊ねる。相対する富久田は鉄製の椅子にもたれて、
    「室長の名前には数字が二つ入ってますね」
    「百……と二つめは?」
    「太郎っておおむね長男に命名するでしょう。一番だ」
    「なるほど」
    「どちらも人気の数字ではありますよね。100%、百発百中、100周年。1だって、一等賞になるのは誰でも好きでしょう。1は全ての整数の約数にあって、自分以外の約数を持ちません。孤高で原初の数字です」
    「君はあまり好かないようだな」
    「ええ。自信過剰な数字です」
    「0が生まれたのは1より後だったか」
    「はい。何桁もの計算は紀元前三千年にはメソポタミアでなされてたんですけど、六十進法を用いてたので0は存在しませんでした。紀元前数世紀には、63と603を区別するため6と3の間に記す記号はありましたが。インドの数学者が演算しうる数字として0を発明したのが七世紀頃です」
    「記号でなく数字としての0のおかげで大きな数の計算が容易になったんだったっけか。0は始まりも表すよな」
    「事象を計測する際の起算点ですね。距離0メートル、午前0時……『何もない』が『あり』、『何もない』から『始まる』ということですね」
     百貴が取り調べ室から退がる直前、富久田は彼の後ろ姿へ、
    「100は嫌いですけど桃は好きですよ」
     と声をかける。百貴が怪訝そうに振り返る。富久田は朗らかに、
    「俺、果物好きなんです。特に桃がね。ここで配膳される果物はしなびてますね」
    「そうか。桃はあいにく季節じゃないな」
    「ですよね」

     別日。百貴はファイルから書類を取り出し、卓上に並べる。正面に座る富久田は頬杖をついて、
    「今日は室長の番ですね。どうぞ」
    「イドでのお前の捜査効率について、いくつか訊きたい」
    「つまんなさそう」
    「そういうな」
     二人の面談は毎回このように、交代で相手へ質問する形式で進められる。
     きっかけは富久田が蔵入所後最初の面談で、何を訊ねてものらりくらりとかわす富久田へ百貴が提案した。
    「なら逆に、君から私に訊きたいことはないか」
    「ありませんよ」
    「国家機密に触れない範囲で答える。そうだな……私の誕生日は三月三十日、血液型はA型、生来東京に住んでいる」
    「三月三十日……牡羊座ですね。正義感の強い人が多い星座です。質問ね。家族はいますか?」
    「ずっと独身で今は一人暮らし。両親は介護施設にいる」
    「好きな数字は?」
    「0、かな」
     閑話休題。今日は百貴が富久田へ尋ねる番だ。富久田は肩をすくめ、
    「放っといてもダイヴする兄弟と違って、俺は一秒も潜ってたくないんですけどね」
    「なら短時間でわずかでも成果をあげるよう努めてくれ。仕事をしないと死刑になってしまう」
     俺はそれでもいいんだけど、と富久田はよぎる。百貴が、
    「イドへ潜るとお前の身体は脈拍数が上昇し冷汗をかく。つまり交感神経緊張状態となっている。穴井戸としての自覚症状はあるか」
    「いや。特に」
    「そうか。穴井戸の瞳孔を計測したら散大していた。観察すると口渇や指先に震えのような症状もあらわれていた。本当に一切の不調はないか?」
    「全然」
    「そうか……集中が散るようなら、何かで気が紛らわせる、というのはどうだ」
    「たとえば」
    「数を数える」
    「却下」
    「そうか……」
     即刻拒否したのは怪しかったか、と富久田はいささかひやりとする。ややあって百貴が、
    「歌を歌う」
    「へぇ?」
     つい呆けた声が出た。
     これは蔵の誰へも伝えてないことだが、富久田は数称障害を患っている。ようは身の回りの個数や日付、計算式など数字にまつわるものが気になって仕方がなくなり、果ては強迫症状やパニックを起こす。富久田が大量殺人と大量傷害事件を起こしたのは、もとはといえばこの持病のせいだ。つまり富久田は数字が嫌いである。
     ところで音楽は数学と物理学で成り立っている。音は空気の振動で生まれる。振動数の逆数が周波数。ヒトの聴覚域に心地の良い周波数を元に作られたのが音階。現代の音階を作ったのは三平方の定理でおなじみの数学者、ピタゴラスだ。
     何が言いたいかというと、数が嫌いな富久田は音楽も嫌いである。しかし我らが監獄長が至極真面目に提案してくるものだから興味が湧いた。富久田は、
    「俺、歌あんま知らないんだ。室長はどんな音楽を聴くんです?」
    「ジャンルは広く浅くだが…昨日聴いてたのは津軽じょんがら節だ」
    「じょ……知らないな」
    「そうか」
     百貴がスマートフォンを取りだし、曲を流した。望郷を綴った予想以上に拳のきいた演歌である。富久田は一応最後まで聴いてから、
    「うん、いいや」
     と断った。
    「あんたの方が似合いそうだ」
    「そうか」
     と頷いて携帯端末をしまう百貴。
    「なら童謡は?」
    「童謡……例えば」
    「どんぐりころころ」
     思わず、
    「本気か?」
     と敬語を逸する。富久だはまじまじと相手を観察してみたが、相手はやはり真剣な面持ちで、
    「知らないか?どんぐりころころ」
     と再び携帯を取り出そうとするので、富久田は、
    「ちょっとばかし歌ってみてくれよ」
     と遮った。
    「俺が?」
    「ニ、三小節。口ずさんでくれれば思い出す。俺だって義務教育過程は修了してるんだ。小学校で習った曲なら歌えるかもしれない」
     躊躇する室長。「そりゃそうだ」と、叱られるつもりで提案した富久田だったが、百貴が意を決した様に唇を開く。そして平素、井戸端を令する美しい低音で、
    「どんぐり、ころころ、どんぐりこ」
     と歌いはじめた。
     富久田は瞠目した。何故かとうと…正直にいえば、百貴の歌がすごく下手だったからだ。音色は抜群。だけれど、音程が恐ろしくズレている。
    「すみません、思い出しました」
     と富久田は手を振った。刑務官を一瞥すると、彼女も俯きその肩が震えている。おそらく笑ってはいけないものだ、と直感し、富久田は口角を引き締める。
    「ありがとうございます。考えてみます」


     荒涼とした砂漠。地面を埋め尽くす、膨大な数の白磁の仮面。これは全て、ジョン・ウォーカー……早瀬浦局長が誘い、集めた殺人鬼達の無意識だ。
     富久田は仮面をひとつ拾いあげ、
     「どんぐり、ころころ、どんぐりこ」
     と口ずさむ。おずおずと、優しく唱えた室長を想起して、なるべく真似る。
     調子外れな、数字とは無関係な音色は、富久田の好きな青雲と似ていた。数えるのも馬鹿馬鹿しくなる空の下、寝そべる心地良さを思いながら、のんびり死地へと歩きだす。


    「ペインスケールといって、痛みの程度を百段階で表してもらう評価尺度があるんだ」
     と百貴が言う。
    「へぇ」
     と患者着姿の富久田は返す。百貴が、
    「全く痛くない状態を0、今まで感じたなかで最重度の痛みを100とする。患者に現在抱く痛みを日々申告してもらい、治療が奏功しているか、あるいは異変が起きてないかを測る」
    「詳しいですね」
    「鳴瓢が刑事をやってたころ、よく骨折やら手術やらしては入院してたから。見舞うとどんな治療を受けたか報告してくるんだ」
     富久田の入った病室は個室で、患者である富久田と見舞いにきた百貴のほかに誰もいなかった。病棟は南東方向へ面しており、午後三時をまわった室内は薄暗くて静かだ。
    「お前は今どれくらいだ?」
     と百貴が尋ねる。
     富久田は病室の窓へ目を向ける。今日は快晴で、雲ひとつない空だった。言い換えれば、自分の世界の空に雲は0個だ。
     入院していると天気はさほど関係ないが、死ぬ好機を逃し、描く未来もない自分の精神衛生には多少関わる。富久田は百貴へ、
    「それが今日の質問?」
     と投げかける。
    「そうだな」
    「俺はあんまり変わりありませんよ」
    「そうか」
    「兄弟は0でしょうね」
    「……0かな」
    「あいつと無意識を共有した所感です。正確には分かりませんけど」
    「そうだな、本当のところは誰にも分からない」
     「だが、そうだといいな」と百貴が呟く。富久田は自分を覆うシーツを撫でる。
     百貴が足元の紙袋から何か取りあげ、
    「手土産だ」
     と見せた。
    「何でしょう」
    「約束したやつだ」
     ロレックスの腕時計を巻いた、すんなりと長い手に、小振りの白桃が収まっていた。富久田は、
    「約束してませんけど」
    「む。まぁ明言はしなかったか。でも食べさせないとは言ってない」
    「律儀ですねぇ。ナースコールを押して、看護師さんにナイフ持ってきてもらいましょうか」
    「忙しそうだったからいいよ。完熟してるから手ずから剥けそうだ」
    「ワイルドですね。お皿は」
    「紙を使おう」
     百貴が室内の備え付けの洗面台へ赴き、手を洗う。自分のハンカチで水滴を拭き、壁に設置された紙ナプキンを数枚引っ張る。ベッドサイドへ戻ってきて、小机の上に敷く。
     そして無造作に、薄桃色のざらついた皮を剥きはじめた。ぽたぽたと果汁が垂れる。富久田は黙って雫のほとばしりを眺める。
    「できた」
     百貴がつるりとすべらかな果実を差しだした。富久田は躊躇ったものの、首筋をのばし、柔らかな肌をかじる。口腔にあふれる甘い水。果肉を咀嚼し飲みこむと、目覚めて以来初めて、生きている実感がじゅわりとわいた。背広の袖まで濡れべたつくのも構わず、百貴が、
     「おかえり」
     と言った。富久田は顎をぬぐい、
    「ただいま。もどりました」
     と答えた。
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