瞼を開けると、男は真白い場所にいた。
霧に囲まれているのかと思ったが、湿度を帯びた空気も草木のにおいも、生き物の息遣いも、何も感じない。無機質ともとれる白だけがどこを見渡しても広がっている。
そもそも男は、共に暮らす友人の下宿先でつい先程眠りについたばかりのはずだ。とすると、ここは。
「夢の中か…?」
思わず呟いて、気づく。発せられた男の声は近頃だいぶ聞きなれてきた子供のような甲高さではなく、低く落ち着いたそれだった。ある時を境に失った、男の本来の声だ。
見下ろす目に映る体もそうだ。持ち上げた両の掌も、肉体を包む次縹の着流しも、足にぴたりと収まる下駄も。懐かしいとすら思える感覚に、男は小さく苦笑した。
なるほど、夢の中ならこの姿でいることにも納得がいく。
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