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    ナチコ

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    ナチコ

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    学生時代のたいみつ捏造、柚葉視点もあり
    たいみつホリデーの展示物です。

    ##たいみつ

    大寿君お誕生日おめでとうSS「大寿君、誕生日って、何か欲しいものある?」
     精一杯さり気ないふうを装って、三ツ谷は訊ねた。
     学校帰り、三ツ谷は高校の制服で、大学生になった大寿は私服で落ち合った街中。
    「誕生日……?」
     誰のだ、というふうに大寿は一瞬怪訝そうな顔をしてから、「ああ」と頷いた。ようやく、自分の誕生日が近いことを思い出したらしい。
    (やっぱ柚葉とか八戒とかには、祝ってもらってなかったんだなあ)
     その態度で三ツ谷は察してしまった。少なくとも大寿が家を出てからこの数年は、誕生祝いも何もなかったのだろう。いや、父親は子供よりも仕事、母親は早くに亡くなったという柴家で、たとえば三ツ谷家のようにいちいち子供たちの誕生祝いなんてはなから催されていなかったのかもしれない。
    「別に。今さら祝う歳でもねえだろ」
    「いや、いくつになっても祝っていいもんじゃん、誕生日って」
     大寿はまったく興味がなさそうだ。
    「今さら何なんだ」
     そしてそう言われると、三ツ谷は言葉に詰まる。
     大寿とこうして、時間がある時にぶらぶらと遊ぶようになって、もう三年。その間にも大寿の誕生日は訪れていたのに、今年になってから欲しいものを訊ねるなんて、たしかに今さらだ。
    「ほら、ちょっと金も貯まったからさ」
     高校生になってから、三ツ谷は様々なアルバイトに励んでいた。そこで稼いだ材料費で服だの小物だのを作っては売りに出すことも覚え、ちょっとした作業場を借りられる程度には利益が出ている。
    「それはテメェに必要な金だろ」
     が、大寿の方はにべもない。軽く往なされて、三ツ谷はぎゅっと胸が痛んだが、懲りずに笑った。
    「接待費、接待費。大寿君来年にも起業するって言ってただろ、今のうちにコネ作っておこうと思って」
     考えてもいなかったことが、口の先からぺらぺらと出てくる。別に、そんな下心があっての質問ではなかった。いや、下心なら充分あるのだが、別の種類だ。
     ――大寿の気を惹きたい、とか。
    (いや、単に、喜んで欲しいんだけど)
     いつそんな気持ちを抱いたのか、タイミングにはさっぱり心当たりはなく、気づけばそんなことになっていた。「あ、オレ、大寿君のこと好きだわ」と自覚したのは割と最近。でもその自覚があろうがなかろうが、付き合い方にさほど変わりはなかった。三ツ谷はずっと大寿には幸せになってほしかったし、できれば自分がその幸せの一端を担いたいと思い続けていたから。
    (だから別に、恋人になりたいとかそういうのは、ないし)
     好いてもらえれば嬉しいが、こうして会えるだけでも充分だ。大寿は大学生活と並行して、『二十歳で起業する』という目標のため忙しそうだった。その合間を縫って時間を作ってくれているのは、きっと大寿にとっては割合特別なことに違いないという自信もある。
     そして幸いというのか何というのか、大寿の身の回りに色恋沙汰の香りはしなかった。そんなものがあれば、こうして自分と会うわけもない。
    (大寿君は興味なさそうだしなあ、そういうことに)
     それが自分にとって幸いなのか、不幸なのか、いまいち三ツ谷にはわからなかったが。
    「オレの出せる金額じゃ、大寿君のほしいものとか手に入るかわかんねえけど、とりあえず言ってみてよ」
    「欲しいものなんざ、金で買えるもんなら、自分で手に入れてる」
     内心必死な三ツ谷に、返る大寿の言葉はやはり取りつく島もない。
    「ま、そりゃ、そうか……」
     大寿は元々実家が裕福な上、何かと金回りがいい。名の通った大学に通っているから、実入りのいいアルバイト先も多いのだろう。そうでなくとも性格上、まあそういう環境があるからこそ作られた性格とも言えるだろうが、欲しいものをわざわざ他人にねだることもないというのは、三ツ谷も予測していたが。
    「――ん? でも、『金で買えるもん』ってわざわざ言うってことは」
     ふと、三ツ谷はそこに気づいて足を止めた。
    「あ?」
     自分に釣られたように足を止め、振り返る大寿を見上げる。
    「金じゃ買えないものなら、欲しいものがある?」
    「……」
     大寿もじっと三ツ谷を見返していた。
    「……ああ。ひとつだけ、オレひとりじゃ手に入れられねえもんがある」
    「大寿君ひとりじゃ手に入れられないもの……」
     口の中で繰り返しながら、三ツ谷は目を伏せて思案した。
    (って、何だ?)
     パッと思いつかない。三ツ谷が首を捻るうちに、大寿は再び歩き始めてしまった。三ツ谷は慌ててその横に並ぶ。
    「もうちょっと、ヒント」
     喰い下がった三ツ谷に、大寿がなぜか、小さな溜息を漏らした。ひどく不機嫌な横顔だ。
    「……人の心ってやつは、自分じゃどうすることもできねぇだろ」
     ぼそりと呟かれた言葉を聞いて、三ツ谷はようやく、ぴんときた。
    (……ああ、そうか)
     大寿が欲しいもの。欲しいのに手に入らない――なくしたまま、取り戻せないもの。
    「もういい、この話は」
     三ツ谷はようやく腑に落ちたが、大寿は自分の心の裡を明かしてしまったことを悔やむような顔で、舌打ちしている。これ以上つつけば、大寿は臍を曲げてしまうだろう。
     だから何も言わず、三ツ谷は内心で大きく頷いた。
    (なら任せといてよ、大寿君)

         ◇◇◇

     七月二十四日、大寿の誕生日当日。
    「で? 肝心の大寿は、どこにいるのよ」
     待ち合わせの公園で三ツ谷の顔を見るなり、ぶっきらぼうに柚葉が言った。
    「もうちょっとあとで来るよ」
    「あっそう」
     不機嫌そうな顔の割に、服にも髪にも気合いが入っていた。延びた髪を綺麗に巻いて、シックなワンピースを身に纏い、高校生だなんて思えないほど大人びた派手な美女ぶり。おかげでさっきから、公園の中にいる親子連れどころか、外を通りがかる人たちまで、ちらちらと柚葉に視線を向けている。
    (柚葉も緊張してるんだろうなあ)
     ――大寿君の誕生日、一緒に会ってほしいんだ。
     三ツ谷がそう頼んだ時、柚葉は何とも言えない、苦いものを噛んだ時のような顔をして、しばらく無言で三ツ谷の顔を見返していた。
     それでも結局は頷いてくれたのだ。そして今日、こうして三ツ谷の指定通りの時間、場所へと、姿を見せてくれた。
    「すっげぇ似合ってんね、柚葉」
     いきなり顔を合わせるのも何だしと、大寿には十分ほど遅れた時間を指定してある。その時間を待つ間、三ツ谷は柚葉の緊張を解そうと笑って言った。柚葉は大寿に会って欲しいと三ツ谷に告げられた時と同じくらい、苦い顔で眉根を寄せた。
    「だってこんなの、一生に一度のことでしょ」
     唇を尖らせて言う柚葉に、三ツ谷はさらに顔を綻ばせてしまった。
    (もう二度と、大寿君と訣別する気はないってことか)
     そう、大寿へのプレゼントは、柚葉だ。
    「八戒も来てくれたらよかったんだけどな……」
    「あいつ、寸前で怖じ気づいちゃって。せっかく服も選んで着せてやったのに、絶対ムリって、半泣きで逃げてったわ、あのヘタレ」
    「そっか」
     姉よりも、心の整理をつけるのに時間がかかるのだろう。あのクリスマスから三年以上経っているが、八戒の気持ちを考えれば無理もない。
     そもそも、人の家庭のことに自分が口出するような形になることについて、三ツ谷だってギリギリまで迷いはした。
    「柚葉だけでも来てくれて、嬉しいよ」
    「――何よ、ニヤニヤしちゃって」
     普通に喜んでいるだけなのに、柚葉には睨まれた。別にニヤニヤしてるわけじゃない、と答えようとした時、公園の入り口に、見覚えのある大きなシルエットが三ツ谷の視界に入る。
    「あ、大寿君、来た」
     手を振ろうとして、しかし三ツ谷は、挙げかけた腕を途中で止めた。
    (うわ、すっげぇ顔してる)
     大寿は三ツ谷と柚葉の方を見て立ち止まり、大きく片目を見開いている。最近ではあまり見かけなくなった、まるで相手を威嚇するような表情。その辺のチンピラなら失禁してへたり込むレベルだ。三ツ谷も、失禁こそしなかったものの、
    (あ、やべ)
     大寿の反応を見て内心ひどく焦った。
     失敗だ。多分これは、大失敗なのだ。
    (余計なことしたやつだ、絶対)
     見るからに大寿はキレている。やっぱり人様のご家庭に、赤の他人が口出しすべきではなかったのだ。
     が、こうなったらもう仕方ない、兄妹の絆を信じるしかない。
     ずんずんと近づいている大寿から、三ツ谷はずりずりと後ずさった。
    「積もる話もあるだろうから、ここは兄妹二人でどうぞ!」
     そう言って、パッと踵を返し、走り出す。
    「あっ、ちょっと、三ツ谷――」
     驚いて呼び止めようとする柚葉の声を背中に聞きながら、三ツ谷は見事に逃げ出したのだった。

         ◇◇◇

    「おい、これは、どういうことだ」
     突然走って逃げ出した三ツ谷の後ろ姿をぽかんと見送っていた柚葉は、極めて不機嫌そうな兄の声を聞いて我に返った。
    「そんなの、アタシが聞きたいわよ。……っていうか」
     振り返った柚葉は、大寿の顔を見て首を捻った。
    「何て顔してんのよ、兄貴」
     どうやら激怒しているらしいと思っていた兄は、柚葉の想像と違って、自分同様呆気に取られていたようだ。顔を見たらわかった、これは予想外のことが起こってひどく面喰らった時の反応だ。
    「――まさかテメェと三ツ谷がつき合ってるって話じゃねえよな」
    「はぁ?」
     そして今の柚葉もまた、そんな大寿と同じような表情になってしまった。
    「何言ってんの?」
    「やたらめかし込んでるから、そういう報告でもされんのかと」
     たしかに柚葉は今日、とっておきのワンピースを身に纏い、気合いを入れて髪もセットして、普段は必要としないメイクまで施してきたが。
    「……そんなわけねぇよな」
    「やめて、あるわけないでしょ!」
     反射的に言い返してから、柚葉は眉を顰めて兄を見上げた。
    「って待って、どういう勘違い? まさか本気でそんなこと疑ってあんな顔してたわけ?」
     大寿は柚葉の問いを無視して、明後日の方を向いている。
     その態度に、柚葉は大仰に溜息を吐き出した。
    「はー。あっきれた」
     せっかく綺麗に巻いて整えた髪を乱暴に掻き上げつつ、首を振る。
    「アタシは兄貴の惚れた男を横取りしたり……は、自分が惚れたら絶対やらないとは言わないけど」
    「おい」
    「三ツ谷なんて弟よ、しかも八戒より可愛くない。――っていうか」
     何か言いたげな大寿の言葉を遮り、柚葉は怪訝な顔で続けた。
    「兄貴、どうしてアタシとアンタがもうそこそこ連絡取ってるってこと、三ツ谷に言わなかったの?」
     柚葉は最初から、大寿と縁を切るつもりなんてなかった。だって兄妹だ。愛してる、とあの日大寿に言った気持ちはずっと変わらない。家を出て行くという大寿を止めもしなかったが、柚葉から望んだことでもない。電話番号はわかっていたから、離れて暮らすようになった後も、自分や八戒の進学について、普通に報告した。八戒がモデルのバイトをすることになったことなんかも。
    「そんなもん、おまえがとっくに言ってると思ってた」
     大寿は仏頂面で、柚葉から顔を背けっぱなしだ。
    「言わないわよ。……恥ずかしいじゃない」
    「ほらみろ」
    「何がほらみろだよ」
     でもまあ、照れ臭い気持ちは、言ったとおり柚葉だって同じだ。だから三ツ谷にも、わざわざ「大寿と縁切ったわけじゃないから」などとは言わなかったし、「大寿と電話した」などということも報告せずにいた。
    「アタシだって、兄貴がとっくに三ツ谷に話してると思ってたよ。仲良しじゃない、アンタたち」
     皮肉交じりで言ってやると、大寿が言葉に詰まったので、柚葉はしてやったりの気持ちになりつつ、愕然としてもいた。あの大寿が。この妹に、やり込められるなんて。
     ――兄と三ツ谷が並んで歩くところを見て目を疑ったのは、たしか一年ほど前だろうか。後で三ツ谷に訊ねたら、妙に照れ臭そうに「ちょっと前から、たまに一緒に遊んでるんだ」などと、また耳を疑うような答えが返ってきた。
    『大丈夫なの、三ツ谷?』
    『大丈夫って、何が?』
    『……一応ケンカ相手だったでしょ』
     心配する柚葉に、三ツ谷がげらげら声を上げて笑うので、ぶん殴りたくなった。実際、背中に拳を入れてしまったが、小柄な割に頑丈な三ツ谷はムカつくくらいびくともせず、柚葉を見返して笑った。
    『遺恨なんて、全然残ってないしさ。――大寿君、変わったよ、多分。元の大寿を知らないから、オレが言うことじゃないけど』
     そんなふうに笑った三ツ谷を見て、柚葉は、変わったのはアンタじゃないの――という言葉を飲み込むのに苦労した。坊主頭の弟が、いつの間にそんなふうに笑うようになったのか。
     見てる方が恥ずかしくなるくらい優しい、でも優しいだけじゃない色気づいた表情を、生意気も浮かべやがって。
    「三ツ谷のヤツ、改めて大寿と会って欲しいとか言うから。アタシてっきり、兄貴と三ツ谷が結婚を前提につき合うとか、そういう挨拶をするのかと思って、身構えてたのに。花嫁の父、みたいな……」
     ゲホッと、柚葉の言葉の途中で大寿が噎せ返った。
    「何言ってんだテメェ」
    「だってまさか、まだつき合ってないとか思わないって。そのうえアタシと三ツ谷の仲を疑うとか……うわ、言ってて気持ち悪いんだけど」
    「何でテメェが、オレが三ツ谷をどうこうって……」
    「嫌だけどわかっちゃうの! 兄妹だから!」
     大寿が三ツ谷と一緒にいる姿を見て柚葉が心配したのは、兄が『愛するものを痛めつける』性質の男だったせいだ。加減なく自分や八戒を殴りつけてから、愛していると口にする。暴力だけがすべてじゃないと認めはしたが、同時に改心する気がないとも言って家を出て行った。
    (あんな露骨に、三ツ谷のこと愛しい……みたいな顔しやがってさ)
     三ツ谷も大寿も、本人に自覚があるのかはしらないが、わかりやすすぎる。
    「……兄妹だからか」
     ボソッと、大寿が呟いた。何が言いたいのか、またしても柚葉にはわかってしまう。自分の気持ちに勘づいたのは柚葉だけで、当の三ツ谷には伝わっていないのかを気にしているのだろう。
    (まあ、三ツ谷は気づいてないんでしょうよ)
     気づいているのなら、二人がつき合わない状況があり得ない。
     そして大寿の方も、三ツ谷の気持ちに気づいていないか、あるいは確証が持てずにいるらしい。
    (アイツ、本人の前じゃ、あのバカみたいに蕩けそうな顔、隠してるってわけか)
     三ツ谷が大寿のことを話す時の顔を、大寿自身に見せてやりたいものだ。八戒なんてそれでしょっちゅう泣いているというのに。今日だって、「タカちゃんから散々匂わされるだけならともかく、直接つき合ってます宣言とかされたら、どんな顔すればいいのかわかんねぇ」と涙目で逃げ出したのだ。
    (何でアタシが兄貴と弟のラブコメに巻き込まれないといけないんだ?)
     一回くらい地獄に落ちればいいのにと散々願ってきた相手ではあるが、その地獄には三年前に自分と八戒が突き落とした。そこから掬い上げてくれた相手との幸せくらい祝ってやろうと気合いを入れてきたのに、全然そんなところにも到っていないと知って、柚葉は呆れるほかない。彼氏いない歴=年齢の自分が言うことでもないだろうが、いい歳して何やってんだオマエら、という気分だった。
    「まあいいわ、そういう話じゃないんなら、バカバカしいしアタシは帰る」
     この暑いのに、つき合ってられない。柚葉はいい加減に手を振って、公園の外に出るため歩き出す。
    「――わざわざ、悪かったな」
     が、背後からそんな声が聞こえて、驚いた。振り返ると、大寿はまだ柚葉から顔を逸らすように横を向いている。
    「……ねえ、これ!」
     柚葉はハンドバッグの中を探り、中から鍵を取り出して、大寿の方に放り投げた。大寿が反射的に振り返り、飛んできた鍵を受け止める。
    「八戒の悪質なファンがウチに入り込もうとしたから、念のため、ドアごと鍵変えたの。電子キーだから複製するの大変だし、失くさないでよね」
     大寿は数秒、掌の中の鍵をみつめてから、それをズボンのポケットに突っ込んだ。
    「……失くすかよ」
     愛想のない声で言った兄に肩を竦め、今度こそ公園の外に向けて歩きながら、柚葉はちょっと笑う。
    「ほんと。変わったなぁ、兄貴」
     要らねえよ、突っ返されるだろうと思っていたのに。
    「……おめでと、大寿」
     さて、今頃タケミっちの家にでも押しかけて泣いているであろう八戒を慰めてやるかと、柚葉は公園を後にした。

         ◇◇◇

    (やっぱ、余計なことしちゃったんだよなあ……)
     反対向きに座ったパイプ椅子の背もたれにぐったりと額を預けながら、三ツ谷は何度目かの溜息をついた。
    「人の仕事場来るなり、何辛気臭い顔してんだよ」
     カチャカチャという工具の音と、怪訝そうなドラケンの声が聞こえる。三ツ谷が大寿たちから逃げるように、というか逃げ出してやってきたのはD&Dの店の中。放っといてくれていいから――と言ってはあったが、何度も溜息をつく三ツ谷のことが心配半分邪魔半分、という感じのドラケンだ。イヌピーはまったく我関せずの顔で、黙然とバイクの手入れをしているが。
    「いやー……思いついた時は、絶対コレしかないって思ったんだけどさぁ……」
     椅子の背もたれに顔を伏せたまま、三ツ谷は掻い摘まんで事情を話した。大寿の誕生日にあげるプレゼントに悩んでいたこと。直接訊いたら「手に入れたいが、人の心だけはどうにもできない」と言われたこと。
    「オレなら力になれるとかさ、思い上がりだよなあ……まあ柚葉の方も、何だかんだ大寿君のこと気に懸けてるふうだし、そう悪いことにはなんねぇと思うんだけど……今の大寿君なら、妹に手ェ上げるとか百パーないし……逃げたのは無責任だったかもしんねぇけど、大寿君と柚葉の性格上、他人の目が合ったら素直に話せねえかもしんないしさぁ……」
     そう説明する端から、溜息が漏れてくる。
     が、それよりももっと深くて長い溜息の音を聞いて、三ツ谷は眉を顰めて顔を上げた。
    「ドラケン?」
     溜息の主はドラケンだ。少し離れたところでバイクのメンテをしていたはずが、いつの間にか三ツ谷の前に来て、ヤンキー座りの足の間で深く頭を項垂れている。
    「柴大寿が気の毒になってきた」
    「……だよなあ、あとですっげぇ謝らねえと……」
    「はー」
     もう一度、ちょっとわざとらしいほどの溜息を、ドラケンがついている。
    「え、何?」
    「人のことには無駄に気ィ回るくせに、自分のことには鈍いよな、三ツ谷」
     ドラケンの言わんとすることはよくわからなかったが、褒められていないことだけはひしひし伝わってきたので、三ツ谷は何となくムッとする。
    「何だよ?」
    「まあ、これでも持ってけ……」
     ドラケンは三ツ谷の問いを無視して、近くのテーブルの上に置いてあった箱に手を伸ばした。お中元、と書かれたデパートの包み。その包装紙に巻かれたリボンというか水引を解くと、何のつもりか三ツ谷に差し出してくる。
    「柴大寿への誕生日プレゼント」
    「ドラケンから?」
    「いやオレはそんなもんくれてやる筋合いねぇよ。三ツ谷の分」
    「って、その箱の中身じゃねえのかよ」
     意味がわからないにもほどがある。首を捻っていると、ドラケンがどこか業を煮やしたように、三ツ谷の腕を取った。
    「中身はあんだろ」
     言いながら、ドラケンが三ツ谷の手首に水引を巻きつけ、不格好な蝶結びを作る。
    「はい、じゃあうちはもう、へいてーん」
     何のまじないだと三ツ谷が問い返すより先に、ドラケンに力尽くで椅子から引っ張り上げられた。
    「お客さんお帰りでーす」
    「ちょっ、おい」
     半ば蹴り出されるようにして店の外に出された。三ツ谷が振り返った時には、D&Dのガラス戸の向こうでシャッと勢いよくブラインドが下ろされるところだった。
    「えー、冷たくねえ……?」
     双龍の絆はどこにいったのか。まあ、店に押しかけてぐじぐじ言う自分が悪いのだろう。飽きられて当然だ。
    「……とりあえず、帰るか……」
     肩を落とし、三ツ谷がとぼとぼと歩き出した時。
    「やっぱり、ここかよ」
     聞き覚えのある声を背後から投げられ、三ツ谷はぎくりと足を止めた。
    「――大寿君」
     振り返ると、思ったとおりの人がいる。これ以上はないという仏頂面。
    「あれ、柚葉は?」
     そして大寿は一人だった。隣に妹の姿はない。
    「帰った」
    「あー、えーと……、余計なことして、ゴメン!」
     三ツ谷は大寿に向きなおり、勢いよく、限界まで頭を下げた。
    「まったくだ」
     罵声を浴びせられるなら良い方で、冷淡な声で突き放されても無理はないと覚悟していたのに、返ってきたのは案外あっさりした響きの大寿の声だった。
    「……柚葉とは、先月も会った」
     しかもどことなく言い辛そうに続いた言葉に驚いて、三ツ谷は顔を上げる。
    「え?」
    「誕生日だったろ。たまたま……会ったんで、何とかって店のケーキを奢らされて」
     先月――たしかに、先月は柚葉の誕生日があった。
    「そ……っかぁ……」
     三ツ谷は情けない気分で、ぐしゃぐしゃと自分の髪を掻き混ぜた。
    「じゃあマジで、余計なことだったな」
     もう苦笑いしか作れない。大寿が柚葉の誕生日に彼女と会ったのが偶然なのか必然なのかはわからないが、どのみちそうして祝ってやれるほどの関係は築けたことに間違いはないのだ。三ツ谷のお膳立てなんて必要もなく。
    (すっげぇ、空回り)
     恥ずかしさに頭を抱えかけた三ツ谷は、しかし、怪訝な気分で大寿を見遣った。
    「え、でも、じゃあ大寿君がどうしても自分じゃ手に入れられないものって」
     大寿はじっと三ツ谷を見ていた。
     三ツ谷もそれを見返した。
     首を捻る三ツ谷のことを、大寿が指さす。
    「……」
     一秒、二秒、三秒。さらに大寿をみつめ、大寿の指をみつめ、また大寿の顔に目を戻し、大体十五秒くらい経ったところで、三ツ谷はようやくハッとなった。
     見る見るうちに赤くなる自分の姿を見たまま、大寿が口を開こうとするのに気づいて、三ツ谷は慌てて両手を前に着きだした。
    「待って! 言わないで!」
     自分が止めるのを見た大寿が、ちょっと傷ついた顔になるので、三ツ谷はますます焦燥した。
    「いやっ、えっと、そうじゃなくて! た、誕生日じゃん大寿君!」
    「……それが?」
    「だっ、だから……ほら、プレゼントなら、オレから、あげたいから……いや、喜んでもらえるなら、だけどさ」
     人生でそうはないというほどしどろもどろになり、あっちこっちに視線を彷徨わせた挙句、三ツ谷は自分の手首に目を落とす。
     ドラケンが巻いた、今にも解けそうな水引がある。赤と金と白の紙を縒って作った細い紐。よれよれの蝶々結びを、三ツ谷はどうにか整えてから、大寿の方に差し出した。
    「ええと、つまらないモノですが、よかったら」
     何言ってんだオレは、と思いつつ、もう引っ込みがつかない。汗をかく心地で笑って見せる三ツ谷の手を、大寿が迷わず掴んだ。
    「……一番欲しかったモンだ」
     それがあまりにしみじみした響きだったもので、三ツ谷は限界まで赤くなった。
    (いや……何でオレ、わかんなかったんだ? 大寿君て、滅茶苦茶オレのこと好きじゃねえか……)
     柚葉、ドラケンと、友人たちの呆れきった顔がぐるぐる三ツ谷の頭の中を巡る。まさか他のヤツらも気づいてないよなと、怖いことに思い至りそうになったので、無理矢理その疑惑を頭から振り払い、大きく深呼吸する。
     根性で、気恥ずかしさも何もかも忘れ、ただ大寿に向けて笑顔を作った。
    「誕生日おめでとう、大寿君。柚葉に買ってやった店よりはいろいろ劣るかもしれねぇけどさ、ケーキ作ってあるから、ウチに寄ってよ」
    「バカか、テメェ」
    「えっ」
     呆れたように大寿に言われ、三ツ谷はまた的を外したかと動揺した。
    「オレにはそっちが一番だろ」
     しかし大寿の真面目な答えを聞いて、やたらめったら幸せな気分になる。
    「あ、でも、大寿君と柚葉と八戒の分と思って、三人分のサイズなんだけど」
    「全部オレが喰う」
     大寿が三ツ谷の手首を掴んだまま、三ツ谷家のある方へと歩き出した。
    「すっげぇバカでかいよ」
    「うるせぇ、オレんだろ」
     三ツ谷はもう根性など入れなくても笑いが止まらず、ちょっと泣きそうになりつつ、大寿の隣を歩いた。
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