Gastronomy 魔界の木々が、赤やオレンジ、蛍光の黄緑や紫に染まって、はらはらと葉を落とすようになった頃。
はしゃいだクララに連れられて、僕とアズくんは、ガヤガヤ森のウァラク☆大いも掘り大会に参加、見上げる程のお芋の山を築いた後は、落ち葉のプールでたっぷり遊んだ。
さつ魔いも掘りは朝からだったのに、気付けば日は傾きかけていて、涼しい風が吹いている。夕方の気配になんだか寂しい気持ちになった途端、クララがチッチッチ〜、と得意げに人差し指を振った。
「イルマち、アズアズ。お楽しみはこれからだぜ」
お楽しみ? 揃って首を傾げる僕らの手を引っ張って、クララは鼻歌を歌う。向かった先では、薪が僕の背丈ほどの大きな井桁に組まれていた。――もしかして。
「アズアズ、着火プリーズ!」
いつの間にか集まっていた、ウァラク家の皆さんの目が、一斉にアズくんに向けられる。長いまつ毛を二、三はばたかせると、アズくんはしなやかな指で宙を払って、薪に火を着けた。パッと大きな炎が上がるのと同時に、歓声も上がる。焚き火の近くには、既に椅子や飲み物、魔シュマロに長い串まで準備されていた。
「こうして〜こう!」
クララが手際よく、さつ魔いもを濡らした紙で包んで、さらに魔ルミホイルで巻き上げる。それから出来上がった銀色の包みを、焚き火の際の灰に埋めた。
「直接焼いた方が早くないか?」
「? すぐ焼けたら魔シュマロ食べられないじゃん」
気付けば、ウァラクの皆さんは、手に長い串と魔シュマロを構えている。♫お芋焼いてる間に〜魔シュマロ焼いて、ビスケットに挟んで、ココアも飲んじゃうっ♪
聞いてるだけでも美味しそうなのに、魔シュマロの焦げる甘ぁい匂いが漂ってきて、僕のお腹がきゅうと鳴る。
「イルマ様、これを」
それを聞いたアズくんが、魔シュマロの沢山刺さった串をサッと渡してくれて、ニッコリと笑うと、パチンと指を鳴らした。夕闇の中に小さな火花がポッと燃え上がって、黄緑、青、それからピンクへと色を変えながら、魔シュマロにこんがりと焼き色をつける。
「わあ〜! すっごく綺麗! 美味しそう!」
「アズアズ! 次私も! 私のもやって!」
元気に手を挙げたクララを皮切りに、アズくんはたちまち皆に囲まれて、次々と、何度も炎を披露することになったし、僕も負けじとおかわりをした。色とりどりの炎を操るアズくんは、やっぱりキラキラと輝いていて、綺麗だ。
そうして楽しくはしゃいでいたら、あっという間にお芋が焼けて、僕は、大好きなシンユーたちと一緒に、今までの人生で一番のとびきり美味しい焼き芋を食べたのだった。
***
放課後――花壇手入れのお手伝いの終わったところで、ピュウと木枯らしが吹いた。辺りを通る生徒は皆、足早に校門を目指している。僕は冷たい風に身を震わせたけれど、流石に花壇で火を焚くわけにはいかない。
(昨日は日が暮れても、あたたかかったのにな)
――赤々と力強く燃える焚き火に照らされて、アズくんの髪も、瞳も、キラキラと光っていた。辺りは暗くて気温も下がっていたけれど、優しくあたたかな炎に頬が火照るくらいだった。花火みたいにカラフルに燃える炎を見て、クララがはしゃいでいたっけ。そうだ、魔シュマロも焼き芋も、とっても美味しかった!
ほくほくで、熱々で――思い返すだけで、なんだか匂いまで漂ってくるみたい。と思ったら、本当にさつ魔いもの焼ける匂いがする。香ばしい、魅惑の甘い香りに、僕はふらふらと歩き出した。
「イルマくんじゃん!」
「あ〜、見つかっちゃったかあ」
辿り着いた先――教師寮近くの広場で、先生たちが輪になって焚き火を囲み、焼き芋を頬張っていた。食べる姿を見た途端にグウと鳴く僕の腹の虫に、ロビン先生がひょいと立ち上がる。
「はい、これ口止め料ね。熱いから気をつけて」
そう言って、焼き立てほかほかの焼き芋を、ぽんと僕にくれた。はいこっち〜と、座る場所まで示される。
「これって……」
「イフリート先生の焼き芋。絶品なんだから」
ドヤっとロビン先生の胸を張る後ろで、焼いたのはエイト先生でしょ〜と野次が飛ぶ。確か、イフリート先生の炎を使うと、ご飯がめっちゃ美味しくなるらしいって――!
「わあ、いただきます! ……美味しい!」
「ただ焼いただけなのにすごいよね、流石最高峰の炎!」
「ちょっと煙草に火着けたら見つかっちゃってさ。気付けばこの騒ぎだよ」
肩をすくめるイフリート先生に、よっ魔界一! だとか、背徳の味! と掛け声がかかる。楽しそうだなあ、と思いながら、また一口、お芋を齧った。カリッと焼けた皮が香ばしくって、ほろ苦さの後に、お芋の甘みが口中に広がる。
あれ、でも、そんなに言うほどかな? 確かに熱々ホクホクでぎゅっと甘くって、とっても美味しいけど、そこまでの感動はないような……僕、味音痴だったろうか。
「君ら油断も隙もないよね」
「機会は逃さないタイプなんで」
だって、昨日食べたときは、ココアや焼き魔シュマロに舌鼓を打った後でもわかるくらい、素朴な旨味があって、あったかくて、楽しくて――すっごく幸せになったんだ。
「それにさ、焼き芋はやっぱりこうしてみんなで食べた方が美味しいじゃん」
みんなで。そう聞いた途端、急に一人ぼっちになったような気がした。焚き火を囲んでいるのにうすら寒いし、先生たちがいるのに、両隣はやけに物足りないような……。思わず右上を見上げたけれど桜色の面影はないし、左腕は空に触れるだけで、すとんと真下に落ちてしまう。
「はい、これ口止め料ね」
イフリート先生はそう言って、焼き立てほかほかの焼き芋を、今度は二つ。ぽんと僕にくれた。
「先生?」
「入間軍ってサンコイチなんでしょ」
ぽかんと見上げた先で、悪魔が――先生が、ニッコリと笑う。横から、ロビン先生がしかつめらしく指を立てた。
「イルマくん、出処は他の生徒に言わないように! 僕らの取り分減っちゃうから!」
「……ありがとうございます! 失礼します!」
ばっと立ち上がると、勢いよく九十度の礼をする。それから火傷しそうに熱い焼き芋を三つ。胸に抱いて、僕はシンユーたちの元へと駆け出した。
あたたかいのも、楽しいのも、一人じゃダメなんだ! 向こうにいたときは、一人ぼっちでも焚き火をするだけで安心できたのに。なんだかすごい発見をした気になって、高揚になって、走る速度がどんどん上がっていく。今なら吸血噛鉄だってちっとも怖くないぞ!
「アズくん! クララ!」
王の教室に飛び込んだら、パッと輝くキラキラの笑顔で二人が振り向いた。
「イルマ様!」
「イルマちいた〜〜! あ! なんか持ってる?」
「あのね、焼き芋貰ったんだ、一緒に食べよう!」
「さんぶんこだ!」
声を上げたクララがぎゅっと僕の左腕に飛びついて、勢いで宙に舞った焼き芋を、アズくんは華麗にキャッチする。
「こらアホクララ! 気をつけんか!」
「ごめんなさ〜い」
「いいよ。ほら、一緒に食べよう」
ああ、もう、寒かったのも寂しかったのも、嘘みたいに消えて無くなった。お芋食べるなら外だよねえとクララが言うから、いつもの裏庭に出て、みんなで声を揃えて、いただきますをする。
「「「美味しい!」」」
やっぱり。こうして、アズくんとクララと一緒に食べる方が、ずっとずっと美味しい! 焼き立ての熱々ほかほかじゃなくなったのなんて、瑣末ごとみたいだ。
「イルマ様、もしやこの焼き具合はイフリート先生の」
「うん、口止め料なんだって」
「すごごごい美味しいね!」
「これが目標の味ですね……よく、覚えておきます」
アズくんが決意に手を握り締め、ごうごうと燃えている。
「どしたのアズアズ」
「昨日、魔神イフリートの炎で調理すると料理が美味くなると聞いただろう。残念だが、私にイフリートの炎は扱えない。しかし、イルマ様に一番美味しいものを召し上がっていただくために、うちのコックから食材や料理ごとの適切な焼き方を学んできたのだ。後は実践あるのみ!」
「……アズアズって結構アホだよね」
クララのお母さんは確か、イフリートの炎だってこんなに綺麗に美味しく焼けないわ、とアズくんのことを褒めようとしていたんだと思う。アズくんだってわかっている筈なのに、それでも、より上を目指そうとしているなんて。やっぱりアズくんはすごい。
「はあ? それよりイルマ様、今すぐこの味に敵うかはわかりませんが、アズは以前より美味しく焼き芋を焼けるようになりました! ……ので、あの」
アズくんの笑顔が眩しくて、見てるだけで頬の熱くなるのがわかる。――昨日火照っていたのは、焚き火のせいなんかじゃなかったんだ。そうだ、だって、アズくんはいつも僕たちの近くの炎を優しく調節してくれているんだから。
「アズくん、大好き」
自然と、言葉がまろび出た。アズくんの紅い、切れ長の目がゆっくりとまんまるになっていく。透き通るように白い頬が真っ赤に染まって、綺麗。桜色の髪の端に、チリッと火花の弾けたところで、クララが元気よく手を挙げる。
「イルマち! 私、私は⁉」
「クララも大好きだよ」
「私も! イルマちとアズアズ、だぁい好きだよ‼」
クララが身体ごと、ぴょんと飛びついてくるのを、落とさないように抱きしめた。
「わ、私も……大好きですっ!」
いつもならたしなめる筈のアズくんが叫んで、がばりと僕たちを抱きしめる。止める役がいないから、勢いあまって転がって、僕たち三人はごろんごろんと落ち葉の海に飛び込むことになった。わあ、と歓声が上がる。
そのまま色とりどりの落ち葉をかけあったりして、散々はしゃいで――息を切らしながら、芝生に並んで寝転がり、濃い紫色の空を見上げた。冷たい空気が心地いい。沢山動いたのに胸がいっぱいで、満たされて――いるのに、きゅう、とお腹が鳴る。
ああ、僕のお腹はどうして空気が読めないんだろう! 両手で顔を覆うと、両脇から楽しそうな気配がする。
「イルマち、焼き芋しにいこ! うち、まだまだいっぱいさつ魔いもあるの!」
「私が全霊で焼き上げます‼」
きらきらの笑顔で、起き上がったアズくんとクララとが揃って手を差し出してくれるから、僕も、大事な二人の手をぎゅっと握った。