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    さんじゅうよん

    @kbuc34

    二次創作の壁打ち。絵と文。

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    さんじゅうよん

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    ごうたの痴話喧嘩に通りすがるみわちゃんとまいちゃん

    ##五歌

     放課後のことである。
    「──────大っ嫌い!」
     校舎から宿舎へと移動をするその最中、突如、甲高い女の罵声と共に肌を打つ乾いた音が響き渡った。
     驚いて視線を向けた先には、石畳の上、向かい合って佇む男女の姿がある。片方は並外れた長躯に黒を纏うアイマスクの男で、一方は見慣れた白と緋の巫女装束姿の女性である。
     五条悟と、歌姫先生だった。
     仕事の都合で来たのだろうか、京都校ではあまり見かけない特級呪術師はきょとんとした様子で左の頬を覆っていた。張り手を受けたようである。今まさに右手を振り抜いたばかりの格好で息を切らす歌姫先生は、親の仇でも見るような鋭い目をして五条悟を睨みつけると、戦慄く唇を大きく開いてこう叫んだ。
    「馬鹿! もう知らない! 別れる‼︎」
    「うたひ──」
    「触んなッ」
     手を伸ばしかけた五条悟に向かって、先生はスマホを全力投球した。野球好きというだけあってコントロールは抜群、実に綺麗な投球フォームで、至近距離から眼球目掛けて狙い澄ました豪速球を放つ。
     が、当然五条悟には当たらない。見えない壁に弾かれたように、がんっ、と跳ね返る。
     しかしおそらくは、それで充分だったのだろう。五条悟が印を結んでスマホを弾いたその隙に、先生はいつの間にか姿を消していた。仮にも準一級、呪力は勿論のこと身体能力も人並外れていた。
     後にはぽつんと、赤くなった頬を押さえる五条悟一人が取り残される。
     ……とんでもない修羅場に出くわしてしまった。
    「あっ、ま、真依、どうしよ……」
     泡を食って、隣にいた真依の袖を引く。
     真依は冷めた顔で溜息を吐いた。
    「放っておきなさいよ。ただの痴話喧嘩じゃない」
    「ち、痴話喧嘩……あれが……?」
     全力の張り手に罵声、殺意すら感じるスマホの投擲。いつもの口喧嘩程度ならともかく、あれは、痴話喧嘩の範疇に収まるものなのだろうか。
     私は顔を引き攣らせる。
     真依は顔色一つ変えないでこう言った。
    「ああ、霞は初めてなのね。まあ見てなさいよ、あと三十分もすれば、歌姫先生、戻って来て謝るから」
    「えっ」
    「いつもそうなの。あの男、巫山戯た性格してるじゃない? 歌姫先生も五条悟相手にはかっとなりやすいから、勢いでよくああいうこと言うのよね」
     でも本気じゃないからすぐ謝りに来るわよ、とそう言う。
    「……」
    「ほら、五条悟だって、全然追いかけないでしょ。ベンチでスマホ弄り始めた。戻ってくるの、わかってるのよ」
    「…………」
     ちなみに以前、本気の別れ話になりかけた時には、電話を着拒にして電源を落とし逃げ回る歌姫先生を電光石火で捕縛して、一日かけて説得したらしい。言われてみれば、数日不機嫌だった先生が突然休んだ日があった。その次の日、腰を押さえながらよろよろ教壇に立っていた姿を思い出し、成程なあと今更ながらに納得する。確かあの時、大丈夫ですか、と声を掛けたら真っ赤な顔をして、「大丈夫! 何でもないから!」とやたらめったら大声で返され面食らった記憶がある。あれか。あれなのか。
     とはいえ、やはり心配なものは心配だ。垣根の影に隠れて暫く様子を窺っていたところ、真依の言う通り、三十分経たないくらいで歌姫先生がばつの悪そうな顔をして現れた。
     手には、冷えたペットボトルが握られている。
    「………………五条。……その、ごめん……」
    「いいよ。僕も悪かったし」
    「でも、言い過ぎたし、やり過ぎたから……」
    「いいってば」
     おいでと腕を広げた五条悟の隣に、おずおずと歌姫先生が腰掛ける。うっすら赤い左頬にペットボトルをあてがって、結露して滴る水をハンカチで拭った。
     五条悟は歌姫先生の腰に腕を回して、大人しく頬を冷やされていた。
     先生は、目を逸らしたままで言う。
    「何で、まともに打たれてんのよ……せめて治しなさいよっ……」
    「このくらい、反転術式使うほどでもないし」
    「じゃあ冷やしなさいよ。放っておいたら腫れるでしょ」
    「今歌姫がしてるじゃん。はい、スマホ」
    「あ、ありがと……」
    「別れない? 仲直りしてくれる?」
    「…………わ、別れない……」
     ごめんなさい、と先生がもう一度口にして、いいよと笑った五条悟が先生のこめかみに口付けた。大丈夫だと宥めるように抱き締めて、体を寄せる仕草の一つ一つが柔らかい。まるで、壊れやすい宝物を扱うようだ。
     思わずあんぐりと口を開き、赤面して、両手で顔を覆った。広い胸の中、よしよしと髪を撫でられて、先生がほっとしたように溜息を零している。あの、歌姫先生が。付き合っているとは聞いていたものの、いつ見ても喧嘩腰の姿しか知らなかったものだから、実を言うと半信半疑でいたのだ。しかし、最早疑いの余地など皆無である。
     文句を言いつつも付き合ってくれた真依が、そらみたことかと口を尖らせた。
    「ね? 言った通りでしょ。まったく、犬も食わないったら」
    「そ、そう、だね……」
    「あの人たち、いい歳して恋愛レベルが中学生くらいで止まってるのよ。歌姫先生も、あんな男よしたらいいのに……たまにああやって、わざと酷く怒らせるのよね。何企んでるのか知らないけど、ほんっと、性格悪い」
     呆れた、とばかりに呟く真依は眉を顰めた。どこからどう見ても仲睦まじい恋人たちを見守るにしては、その視線は険しい。はっきり口には出さないけれど、歌姫先生が心配なのだと思う。正直、私もちょっと心配だ。大丈夫なんだろうか先生。めちゃくちゃ掌で転がされている気がする。
     ただ、あんなに優しい雰囲気の五条悟を見たのも初めてで。普段はさておき、二人きりでいる時のあの姿が本物なら、外野がとやかく口出しするのは野暮のようにも思うのだ。
    「……いこっか、真依」
    「そうね」
     頷きあって、そっとその場を離れる。あまり長々と出歯亀するのも気が引けるし、何より、これ以上は馬に蹴られかねないだろう。植え込みから離れて、足音を忍ばせ、そそくさと宿舎へ戻ることにした。



    「……行ったな」
    「え?」
    「べっつにぃー? 何でもないよ、こっちの話」
     遠巻きに様子を窺っていた気配が離れてゆく。真依と霞か。一応呪力は抑えていたようだが、まだまだ甘い。
     ふふ、と小さく笑みを溢した。
     歌姫は、気味が悪そうに僕を見上げている。
    「何よ、急に笑い出して……」
    「んー? そりゃ勿論、歌姫ちゃんがご機嫌直してくれてよかったなー、って」
    「っ……」
    「まあ、勝手に模様替えしたのは悪かったよ。でも、歌姫んちのベッド、ちっさいんだもん」
     くっついて寝られるのはいいとしても、二人で眠るには狭すぎる。
     というわけで無断で買い替えたわけだが、人の家のものを許可なく入れ替えるなと歌姫がブチ切れた。昨日からずっと怒っていたが僕がまともに取り合わなかったので、遂に堪忍袋の緒が切れて先刻の「別れる」発言に繋がったわけである。
     概ね予想通りの展開だ。
     歌姫はそっぽを向いて、ぶつくさと文句を垂れた。
    「一人で寝るのには何の問題もないのよ……どうせあんた、たまにしか泊まりに来ないじゃない。買い替えるほどでもないでしょ。我慢しろよ」
    「やだ。いいじゃん別に、お金出すの僕だし」
    「だから、そうやって、さらっと大枚叩くのもやめろってば」
     あんたにとっては端金でも私にとっては違うのよ、と目を吊り上げる。
     生まれ育ちも稼ぎも違うから、僕と歌姫では金銭感覚に特大の乖離がある。僕が僕の欲しいものを買うだけの行為が、歌姫にとっては金遣い荒く見えることもあるらしい。特に、僕が歌姫の物に金を掛けるのは気に食わないようで、ちょっとしたプレゼントのつもりでも割と渋い顔をされる。
     出来れば、早いとこ慣れて欲しい。
     はっきり言って、歌姫如きが覚えた程度の贅沢で食い潰されるような稼ぎ方はしていない。清貧に甘んじるのは結構なことだが、日常レベルの何気ない買い物にまでいちいち口出しされていてはこの先一緒に暮らしてはいけないだろう。僕は生活レベルを落とす気などさらさらないので、これに関しては、歌姫に折れてもらうより他にない。
     ベッドなんて手始めだ。
     今後、どう説き伏せていこうかなあ、と頭の隅で画策する。
    「でもさあ、ベッドは僕も使うんだしいいでしょ? たまにしか会えないんだから、ゆっくりしたいんだって」
    「じゃあせめて事前相談しなさいよ……衝動買いにしては物が大き過ぎるのよ……大体、私の部屋の物なんだから、あんた一人の買い物ってわけじゃないでしょうがッ……」
     それから、と歌姫は僕を睨み上げる。
    「服とか下着とか、わざと駄目にして新しいの買って寄越すのもやめてよね」
    「あれ、バレてた?」
    「隠す気ないくせによく言うわよ、もうっ……たまに、だったら、いいから。もうちょっと頻度下げて」
     何だってそんな事あるごとに財布を開きたがるのと、歌姫は拗ねたようにむくれてみせる。つまらないことに浪費するくらいならば、この先何があるともわからないのだし老後の貯金にでも回せと言う。
    「第一、そんなに貰っても使えないし、お返しに困るんだってば」
    「お返しなんて、僕と会う時に着てくれたらそれで充分だけど。まあ、歌姫がどうしても気になるって言うなら、それこそ体で払ってくれたら────いてててて」
    「昼間っから! ばかな! ことを! 言うなぁ!」
     温くなり始めたペットボトルをうっすら赤く腫れた頬にぐりぐりと力任せに押し当てられた。正直、言うほど痛くはない。が、大袈裟に痛がるとすぐに加減してくれた。
     僕は、濡れた頬を拭いつつ肩を竦めた。
    「わかった、もうしない。……たまにだったら、貰ってくれるんだよね?」
    「誕生日とか記念日とか、祝い事のタイミングだったらね」
    「ふうん。じゃあ、いっぱい記念日作らないと」
    「馬鹿、たまにだって言ってるでしょッ。いっぱい作ったら意味ないじゃない!」
    「えー? そうなのぉ?」
     この調子では、まだまだ先は長そうだ。
     が、譲歩の言葉を引き出したのだから一歩前進ではある。今日のところはこの程度で勘弁してやることにしよう。
     傍らの彼女の髪を指で梳き、引き寄せる。
     地道に、気長に行こう。性分ではないが、他ならぬ歌姫の為ならば、それもまた悪くない。
     どうせ末長いお付き合いになるのだ。焦ることなど何もない。
    「ちなみに今、何が欲しいの?」
    「…………。一人の時間」
    「もー歌姫ったら、意地悪言うなよーっ」
     照れ隠しの憎まれ口だって、可愛くって仕方がない。
     我ながら重症だと内心苦笑を零しつつ、花のように楚々と可憐な見た目にそぐわず堅牢過ぎるお口をどう割らせようかなと算段し始めた。
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