ネコパロ①「ふにゃぁ~」
とあくびをひとつ。
四本の脚を全部体の下に埋めて、路地裏は涼しくて気持ちがいい。
今は通る人間が最も多い時間なので、しばらくはここでひそめて過ごすと決めた。
「わあ!白いにゃんこだ!!」
通りすがりの幼い人間が指をこちらに指して声を出した。
多分毛の色が白いと言われたと思う。確か人間たちは白い猫を綺麗だと思っていたこともある。わたしは白銀色な毛を持つ、猫である。
この毛の色のせいで人間たちに好かれ、同類からは嫌われた。
そう。珍しい毛の色を持ったせいで他の猫たちに嫌われていたのだ。主人に見放され、ずっと一匹で歩き回って一体どのくらいの時間が経ったのだろうか。
良く覚えてない。
そろそろ頃合いと思って、四本の脚で立ち上がり、路地裏を出で見る。もう人間たちはいないと確認してから尻尾をゆらゆらと揺れながら歩き出す。
さて今日はどこへ散歩しに行きましょうか。
と思いつづ、見慣れた公園に辿りついた。この時間だと誰もいないのでまったりできるのが一番好き。と思いきゃ、先客がいたようです。
「にゃ。」
『こんにちはー』と挨拶をしてみた。
スカーフを首に巻いて、不愛想な顔つきのしていた黒猫さんはただこちらをじっと見て、返事はしなかった。
やっぱりいつも通りだと思った。白い猫には口もききたくないのもよくあることでしょう。挨拶替わりに軽く頭頷いて見せて、振り向いてちょっとした距離を離したら後ろから足音が聞こえてくる。振り向くとさっきの黒猫さんが、なぜかついて来てる。
こっちが足を止まって視線を向くと彼は何こともない素振りで自分の右前足をぺろぺろと舐めている。
どうしたんのでしょう。
「にゃあ?」
『どうしたんですか?』と聞いてみましたが、またしも返事が来なかった。
無性に嫌な予感がして、ゆっくり前へ歩きだして、その次に脱兎のごとく走り出した。
今までに積んだ経験で走るのが、逃げるのがそれなりに自信があった。いつもならこの距離だと既にまいたのでしょうと思い、走る速度を落としつづ、小走りながら後ろを確認してみる。
『どうして?!?!』
追ってきた。足音はないに等しい。しかもかなり近い距離まで詰められてる。もう少しで追い着きそうな距離。
もう怖くて無心でひたすら走って、走って。前も見ておらず、気付けば目の前に立っていた人間にそろそろぶつかりそうになる直前で避けようとすると。
スッと、二つの前脚が言うことが聞かなく滑った。体のバランスが崩れ、全身がひっくり返してすぐその隣の下り坂に転がり落ち、くるくると何週回ったのか知らない。
気付いたら既に落水して、体が水の中に沈めていく。
全く泳げないがため、必死に四本の脚を動かしてみたところなんとか水面に浮上することが成功した。するとどうする。
湖の水流にただ流され行く。この先に何がある。未知に溢れるこの先が怖い。このまま自分は死ぬのかなと思いきゃ、風向が変わり、水流が緩め始めていた。隙を見つけて、ゆっくりと上岸を試みしてなんとかなった。
ぶるりと全身を揺らして、身についた水分は大分抜けたが濡れてしまったのは変わらない。少し寒い。
さて、回りを見回して、自分の知らない場所。怖い。知らない処は怖い。けど元居た処へ帰る術も知らない。諦めてとことこ人気はありそうな処へ歩いてみたら思い出した。
黒猫さんは?
と振り無くと。
もう後ろに追ってる様子はなく、その姿をも見当たらない。ほんの少し安心した。そのときだった。全身の毛をも震えるほどに怖い唸り声が耳に入ってくる。
本能の警報がなって、全身が震えた。
自分より五倍も大きい犬。真っ黒で凶暴な顔つき。思わず後ずさった。
黒い犬はぐるると唸り声を出し、こちらをじっと見つめていた。
『おまえ、見ない顔だな!ここは俺様の縄張りだぞ!知らないのかおい!』
『い、いえ!申し訳ありません…ッ!し、知らなくて。もう!立ち去りますので!』
『おいおい、ここを踏んで、ただで帰すと思ってんじゃねえだろうな!』
『本当に知らないんです!もう行きますから!!許してください…ッ!』
怖い。怖さあまりに目を瞑って体をぎゅっと引っ込めた。
怖い。だれかたすけて。
目を閉じ、涙すら出でしまったのだろうかと思った時だった。
『犬としての誇りも台無しだな。』
知らない声がした。
目を開けてみると、自分と同じくらいな大きさな体。見覚えのある黒い毛並み。
黒猫一匹が自分の前身をに挺した。
守って、くれてるんですか?
『なんだとこらあー!』
黒い犬は激怒した顔で吠えた。それでも黒猫は一歩も下がらなかった。
『いや、事実を言ったまでだと思うけど。小さい猫をいじめるのはそんなに愉しいことなのか?縄張りかどうか知らないけど。そこをどいてもらえる?』
『な…ッ!貴様も小さい猫なんだろうが!!俺様が望めばこの鋭い牙で容易く貴様らを引き裂かれるぞ…ッ!』
『あっそう。やれるものならやってみろ。おれは一歩も引かないから。彼女に危害を加えようなら、まずおれを噛み殺せ。』
『できないとでも思ってるのか、貴様…っ!!』
『思ってないけど。だた、人間共にこのことを知ってしまったら、どうなるのだろう。ただじゃ済まないじゃないのか?居場所、無くすだろうな。』
黒猫は、冷たく笑った気がする。
『な…っ!』
黙々と目の前に広げた攻防を耳を傾けてるだけでも身震いをする。
けれどなぜでしょう。黒猫さんの背中を見て、胸の内に知らぬ感覚が沸き上がる。とても安心する。
黒犬はまるで喉が詰まったように何も言い出せなくて、最後はチッと残し、去って行った。
『あ、あの。助けていただき、ありがとうございます。』
『…。』
また無言。先ほどはあんなに喋ってたのに。少し、むくれた。
黒猫はただ振り返ってこっちを見つめているだけ。
『…。別に。助けたわけじゃない。』
『え?』
やっとまた声を聴けて最初の言葉がこれだった。
『気に食わなかっただけだ。』
『なら先ほどはなぜ追ってきたんですか。』
我ながら少しだけ怒ってたと思う。命の恩人に、なんて口調を。
『…。なんとなく。』
『はい…?』
つまり自分はわけもなくこうして怪我を負って、びしょびしょになったってこと?
今度こそ涙が溢れそうになった。
むっと顔を膨らませ、その地に座り込んだ。あんなに走ったのだ、もう力も残ってないし、足もまだ震えてるばかり。思わず泣いてしまった。
これは所謂安心して泣いてしまったというやつなんだろうか。
黒猫は少し戸惑うを様子に見えて、その隣に座る。
何をすると思ってる時にあろうことか彼はわたしの頬をぺろぺろと舐めている。これは、慰めてくれてるのでしょうか。
目元に一粒の涙を見つけ、黒猫さんはその小さい舌で掬い口の中に収めた。
『泣くな。』
『もう大丈夫だから。』
妙に安心して、いつの間にか涙も止まった。
『ねえ、黒猫さん。お名前を、教えて頂けますか?』
少し思考した素振りで、黒猫は少し俯いて、こう答えた。
『おれには、名前がない。』
それを聞いて白猫は大喜びで、
『ではお礼に!わたしが!つけてあげます!!』
『つける?あなたが?』
『はい!任せてください!』
『どうぞ。』
体の特徴を確認しつづ、名前を考えた。黒?
色々考えてみたがどれも安直過ぎてしっくりこない。
赤い目。深い赤い。深紅な瞳。
『シン…シン!なんてどうでしょう!』
かなり嬉しそうな白猫を見て、黒猫は少し見開き、少し、驚いた顔を見せた。
『気に、入らないですか?』
『…。いいえ。いい名前だと思う。』
『では決まりですね!』
くすくすと笑う白猫さんはとても可愛らしいと思えた。
『そう言えば!よくもあの大きい犬さんを説得しましたね!すごかったです!』
『いや、あいつ。首輪つけてたから。飼い犬だと思って。』
『そ、そうなんですね!』
賢い猫さんだなあと、思わず感心したレーナである。
『そう言えば。あなたの名前、まだ聞いてない。』
『あっ、わたしとしたことが、浮かれ過ぎてたみたいですね…ふふ』
『レーナです。わたしはレーナと申します。』
『レーナ。』
『はい。昔のご主人さまが付けてくださった名前です。』
尻尾をゆらゆらと楽しそうに揺れてる白猫を見て、なぜか少し、嬉しい気分にはなれなかった。
『いこう。元居た場所に案内するから、ついて来て。』