人生は選択の連続だ。しかしながら選択と言えるほど大層なことをしてきたつもりはない。摑みたい未来のためにただがむしゃらに走っていただけだ。今じゃそんな青くささが懐かしい。反面、あの頃のひたむきさを羨ましくも思う。今や己の選ぶ答えひとつで里の未来が変わる。なにかを決断するときにはどうしたって慎重さが伴うようになった。
人生は選択の連続の割に正解はない。今回選んだ道は少なくとも里長としては正しいものだった。いや正確に言えば自発的に選んだわけではない。いつかのアイツのように言えば体が勝手に動いたのだ。だから仕方のないことだった。判断は間違っていなかった。それでもあの顔を見たときに気づいた。そう、ナルトの選んだ答えがサスケを傷つけたのだ。
忍の全体数こそ減ったが里の警備には力を入れている。以前と比べて平和になったとは言えどもなにかあってからでは遅い。軍事力という言葉は好きではないが、自里を守るためには甘い理想だけを掲げてもいられない。大人になって、憧れていた火影になって嫌というほど現実には打ちのめされた。そのひとつは他里との軋轢だ。今の影たちとは友好関係を築けているが、友好と政治は別物だ。いくらナルトのことを好意的に思っていてくれても、誰しもがナルトの理想に付き合ってくれるわけではない。影たちにも各々立場があり、自里のために奮闘している。彼らを疑うつもりは毛頭ないが、現状に不満を抱いて不穏分子が燻っているのも事実だ。かつて木ノ葉は幾度となく襲撃された。ゆえに警備体制は抜かりない。世の中が落ち着いたからこそ手練れの信用がおける忍たちが毎日里の警備についている。それでも想定外なことは起きる。つまり今日がたまたまその日だったのだ。
積み上げられた紙の束でそのうち前が見えなくなるんじゃないだろうか。ナルトは虚ろな目でひたすら書類に捺印する作業を繰り返していた。もう何時間この作業をしているのかそろそろわからなくなってきた。腱鞘炎になりそうだ。腕の感覚も麻痺してきて、休憩がてらシカマルに湿布でももらうかと首を横に向けたその時だった。ズシンと足元が沈むような大きな揺れに襲われ、地面が低く唸る。
「なんだあ!?」
ナルトは今にも崩れそうな書類の山を慌てて手で押さえた。立っているのもやっとな大きな揺れがしばらく続き、次第に波が引いていくように収まる。ナルトは机に前のめりになったまま、ふうと息を吐いた。
「心臓に悪いってばよ……」
「地震か? 随分大きかったな。被害が出てなきゃいいが……」
耐えきれずに床に散らばったいくつかの書類を跨ぎながらシカマルが窓際へ寄った。大規模な地震であれば、災害対策本部の設置が必要になる。体感だけでも随分大きな地震だった。すでに街中では火事、山際では土砂崩れが起きているかもしれない。シカマルは「びっくりしたあ」とうな垂れるナルトを横目に、まず事態の把握に努めようと窓を開けた。里の中に異常がないかぐるりと見渡す。街中からはところどころ煙があがっている。地面にも亀裂や隆起した箇所が見受けられる。山のほうはどうだ? と緑が茂る山々へ目を向けて、シカマルは思わず息をのんだ。背中を嫌な汗が伝う。到底信じられなかったが、いくら瞬きをしても目に映る景色は変わらない。現にシカマルの二つの眼はそれを捕らえていた。シカマルは掠れた声で「冗談だろ」と小さくこぼした。
「おい、ナルト。まずいぞ」
「どしたあ?」
「里になにか入ってきてる」
その言葉に弾かれるようにナルトは机から飛び起きた。シカマルを押しのけて、窓から身を乗り出す。注視するまでもない。大きな図体をした鳥の口寄せ獣が里の山際にどっかり座りこんでいる。大きさからして九喇嘛ほどはありそうだ。あの図体で里内を好き勝手歩き回られでもしたら、ただごとじゃすまないだろう。特に人が集まる市街地へと移動されたらたまったものではない。相手が動き出す前に叩く。ナルトは間髪入れずに窓枠に足をかけた。
「オレが行く」
「待て。気持ちはわかるがナルト、状況整理が先だ。敵の狙いもまだわかんねえんだ。考えなしに動くんじゃねえ」
シカマルがナルトの肩を摑んで制す。しかしそれをナルトは押しのけて行こうと足に力を入れる。
「ナルト」
名を呼ばれるだけで、今後ろにいるシカマルがどんな顔をしているかわかる。ナルトは歯噛みして、今にもせり上がってきそうな言葉を飲みこんだ。シカマルに言っても詮ないことだ。それでも無性に腹立たしかった。
「まずは上忍や暗部の招集と、里の被害の把握……」
隣でシカマルがぶつぶつと呟いて、この後の段取りを頭の中で組み始めた。早急に体制を立て、あの口寄獣をなんとかしなければならない。ナルトは窓の外へ目をやった。大きな鳥の獣が足場が悪そうに山地を踏み荒らしている。鳥が動くたびに青々とした木々が折られ、爪で削られた斜面から土砂が流れていく。見るも無残な光景だった。
「悪い、シカマル」
「は?」
「今ここで指揮を執るのがオレの仕事なのはわかってる。でも、じっとなんてしてらんねえよ」
「オ、オイ! ナルト!」
シカマルが慌ててナルトの影を縛ろうと印を組む。しかし術が発動する前に、七代目火影の刺繍が施された羽織が宙で翻った。窓から勢いよく飛び降りた火影は振り返ることもなく、一目散に街に向かって駆け出して行く。その姿は瞬きのうちに見えなくなる。
「あんの野郎っ……!」
シカマルは影の文字が入った机を蹴り上げた。