さんがつ 東北の3月はまだ寒い。それを2回ほど経験して、今日が最後だった。
ごくごく普通の卒業式。肌寒い体育館で名前を呼ばれて立ち上がる。五十音順で並ぶ俺の2つ隣のソイツは、真っ直ぐに立った。
キリッとした眉毛に真っ直ぐ射貫くような目元。張り出た喉仏にがっしりとした身体付きはスポーツマンである事を意識せざるを得ない。
式終盤になるとそこかしこから鼻をすする音とか、嗚咽とかが聞こえてくる。俺は特になんの感情も湧かないままに、ぱちぱちと力なく拍手をした。アイツはどうなんだろうか、と横目で見る。特に表情も動かないままソイツは真っ直ぐ立っていた。そうだよな、お前はそういうやつだよな。変に安心した俺はまた寒くなった体育館でちょっと身震いした。
式が終わって外に出れば先程の厳かな雰囲気は消えて、嬉しそうな声とか、やっぱり鼻をすする音とか、そういったものがそこかしこから聞こえてきた。特に親しい友人も居ない俺は挨拶もそこそこにさっさと帰ろうと校門へと向かっていた。
ガタイのいい集団が目に入る。ラグビー部の奴らかと思ったが、どうやら違うみたいだった。よく見たらラグビー部ではなく、バスケ部の河田だった。相変わらず縦にも横にもデカい河田の周りには同様にイカつい身体付きの男たちが集まっていた。眼鏡をかけたアイツはマネージャーかなにかだろう。インスタントカメラを構えて大きな口でなにか騒いでいる。それに合わせて河田が笑った。隣のデカいやつも笑って、比較的小さいイチノクラ?とか言うやつも、深津一成も……いや、あいつは笑ってねえな。兎に角、仲が良さそうな雰囲気の中にアイツはいた。
式中のキリッとした表情は消えて、馬鹿みたいに大きく開けた口とデカい手で作ったピースを前に出して、ソイツはいた。
なんだよ、ソレ。知らねぇ。お前、そんな顔できたのかよ。巫山戯んな、って思った。理不尽な怒りに似た何かが這い上がって口から出そうだった。幾ら瞬きしても、目をこすっても、大口を開けたアイツは幻なんかじゃなくて、ただ、事実としてのソレが苦しかった。
俺が知ってるアイツは、姿勢正しく、真面目に授業を聞いて居眠りなんかしない。堅物のイメージだけど、同じバスケ部の連中と話す時は、雰囲気と顔が柔らかくなるのが好きだった。
本当のアイツを知らないまま二度と会うことはないんだと思う。なんとなく、そう思う。たかが1回、シャーペンを拾ってもらっただけなのに、ここまで大きくなった気持ち悪い自分の感情を卒業させる事も出来ないまま、俺は思い出に殺され続けるんだ。
ヤダね、ヤダヤダ。こんなんなるなら、お前の顔なんて、見るんじゃなかった。