花ポルガタン、と部屋のドアが乱暴に開く音がした。
うとうとと微睡んでいた心地良い眠気を妨害され、ポルナレフは憂鬱そうに顔をしかめる。
立ち寄った街のホテルに泊まることを決め、確保できたのは三部屋。公平なるじゃんけんの末、ジョセフ、アヴドゥルと承太郎、そしてポルナレフと花京院の組に分かれ同室で眠ることとなった。
花京院とは何度か部屋を共にした経験はあったし、今更遠慮する間柄でもない。
特に不満もなくすんなりと部屋に入ったポルナレフと違い、珍しく花京院はふらりとどこかへ出かけてしまった。
いつもなら、軽く食事を済ませてから疲れを取るためにも早くベッドで眠れと慇懃無礼に命令してくるのに。少し意外に思いつつも、たまには息抜きだって必要なんだろうと結論付けたポルナレフは早々に風呂を済ませ、買い付けておいた軽食を口に詰め込んでから窮屈なベッドに体を滑らせた。
迫り来る眠気に身を任せながら、時計をちらりと見遣る。花京院が出て行ってから二時間半近く経っていた。
──いつ、帰ってくんだろ。
起きて待っていた方がいいかと考えながらも降りていく瞼は重く、そのまま意識を飛ばしかけたところで、それを帰宅した花京院に妨害されたのだ。
冒頭に戻る。
白状すれば、ポルナレフはこのまま眠っていようかと一瞬だけ考えた。もう既に睡眠モードに入っていた体を起こすのは重くてだるい。大きな音に反応した脳も、すぐにまた休息を求めて思考を遮り出す。
それでもポルナレフが目をこじ開けたのは、帰ってきた花京院の様子がおかしかったからだった。
普段花京院は部屋の扉をこんな風に乱雑に音を立てて開閉することはない。
それだけならまだしも、聞こえてくる足音もどたばたと忙しなく、あろうことにガタンと何かを壁にぶつけたような音まで聞こえてくる。
敵襲の可能性も頭をよぎったが、ポルナレフ、と自身の名を呼ぶ花京院の声が紛れもなく本人であることを告げていた。
「花京院……?なに、してんだオマエ」
上半身を無理やり起こして、未だ残る眠気を払おうと頭を振る。
絞り出した声は少しかすれていて、小さく咳払いをした。
ポルナレフの声に反応して振り返った姿は確かに花京院だったが、いつも首元まで閉めて整然と着こなしていた学ランははだけていて、なにより顔が耳まで赤く染まっている。
普段あまり見ない、几帳面な花京院らしくないその様子に目を見開く。
どうした、と声に出す前に届いたアルコールの香りが、ポルナレフを納得させた。
酔ってる。確実に、わりと面倒なレベルで。
誘いをかけても断ってばかりだった花京院が、なぜ今頃たった一人で飲みに出かけたのかは置いておくとして。
今はこの酔っ払い高校生を同室の自分が介抱しなければならないと考えるだけで頭が痛くなる。
今まで一度も酔った花京院を見たことがないため、どんな反応を見せるか分からない。
仕方なく水だけでも飲ませてやろうとベッドから立ち上がりかけたところで、ポルナレフの視界はぐるりと反転した。
「いっ、て、なに」
「ポルナレフ」
ベッドの上に押し倒されたのだと気付くまでに、いくらか時間を要した。
背中の衝撃は柔らかいマットが吸収してくれたおかげであまりなく、ちかちかとちらつく照明と間近に迫った花京院の顔が視界に映り込む。
一部だけ伸ばした前髪が重力に揺れ、ポルナレフの耳をくすぐる。キツいアルコールのどこか甘美な香りが漂い、意識が眩む気がした。
「花京院?」
立てなくなるほど飲んだのか?
言外にそんな意味を込めて名を呼ぶが、相手はただじっとポルナレフを見つめるだけだった。
いやに真剣な瞳が自分を映している様は、どこか緊張感を孕んでいる。
三秒、五秒、応答がないまま時間が過ぎていく。花京院の揺れる瞳が、何かを迷っているようにも見えた。
「と、りあえず一回起きて、水でも……ッ」
このままでは埒があかないと、花京院の肩を押した瞬間キツく指を握られた。
意外と子供体温なのか、単純に酒が回っているせいか、その細く骨ばった手は熱い。
決意したようにぐっと息を呑む音が聞こえた。
一体なんだと困惑しながら目を向ける。その、いつになく真面目な顔を、卑怯だ、とどこか遠くでそう思った。
「ポル……ジャン、ジャン。君が」
すきだ。
告白まであと一秒。