Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    tarogintaro4

    @tarogintaro4

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 🎏 🌙 🐈
    POIPOI 14

    tarogintaro4

    ☆quiet follow

    次の勇尾鯉をチラ見せ。

    まだ何も始まってません。

    浅き夢みじ 酔いもせずプロローグ
    「勇作どん、アタイは大きくなったら勇作どんと義兄弟の契りを結びたかです」

     まだ音之進の歳の頃が十のころ。花沢の屋敷からひど遠くない浜辺で、夕日を背に音之進が言った。
     まだ幼い子どもの音之進の口からそんな似つかわしくない言葉が飛び出すなんて。背の高い勇作が音之進の着物の袖の上から、両腕を掴めばちょうど見下ろすような角度になる。小さい顎を上げて、上向きに見上げてくる音之進の姿は、まだ子どもといえど、ぷっくりしたと血色の良いその唇のせいで妙に色っぽく見える。夏の刺すような陽光のせいか火照るように熱を持った勇作の額にじんわりと汗が滲んでくる。

     音之進は自分の言った言葉の意味を理解しているのだろうか。それは勇作には分からなかったが、年頃の彼はその言葉が指し示す意味をはっきりと理解していた。
     あけすけに言ってしまえば、「抱いて欲しい」 そういうことである。
     だから勇作は驚いて、そのようなことを軽々しく口にしてはダメだ、と音之進を嗜めようとした。しかし勇作が口を開こうとしたちょうどその時、パシャンと小気味良い音がして、大きな波が二人の足を打った。跳ね返った海水が顔の方まで飛び散ってきたので、彼は思わず目を閉じて、喉元まで出かかっていた言葉を飲み込んでしまった。
     そして、次に目を開いた時には、二人の足元はすっかり海の中に沈んでしまっていた。夏の海だというのに、やけに水が冷えている気がした。

     海水に濡れた音之進の唇が赤く濡れている。あどけない笑顔を向けてくる歳相応の表情の中で、赤い唇だけがなぜか異質でそぐわない気がして、釘付けになってしまう。勇作が動けないでいると、視線の先にある赤い唇がうっすらと開いて、その隙間から濡れた舌が現れて上唇をなぞった。その仕草が同年代のどの女よりも婀娜っぽく感じて、生唾を飲んだ。勇作の中で何かが狂ってしまった気がした。

     そして代わりに口走っていた。
    「16になったら」 と。



    一、
     夕日を浴びながら、憧れの二才と交わした約束の口付けは海の味がした。
     

     陸軍士官学校の朝は早い。ボンボン育ちといえど、鯉登音之進は下級生にうちは同室である世話役の上級生よりも早く起きるようにしていた。一斉起床の合図の数分前に硬いベッドの上で目を覚ます。そして上級生のことを起こさないように静かに寝床から抜け出すのだ。その後は寝所を整えて、軍服に着替える。鏡の前で襟を正しているころに、相部屋の上級生が起き出してくる。

    「鯉登生徒は本日の予定は?」
    「はい、本日は同郷の花沢少尉殿と約束があります」

     すっきりと散髪された坊主頭を撫でれば、ザリザリと音がした。幼い頃より長めに整えていたストレートの髪だったが、すっかり軽くなってしまったことが未だ慣れない。けれども嘆くよりも諦めてその坊主頭に軍帽を乗せた。本日は週に一度の休日である。そして故郷では兄代わりであった花沢勇作少尉と久方ぶりに対面する日であった。

     鯉登音之進の士官学校での生活は順風満帆とはいかなかった。元々の性格は素直で真っ直ぐな少年ではあるが、いかんせん気が強い。その気性の荒さを何とか隠してうまくやろうとしていたのだが、持って生まれた性質になかな蓋をできるわけではない。
     それに加えて海と陸は昔から仲がよろしくない。海の鯉登一家の次男坊とくれば、本人に全く非がなかろうとも、陸では目の敵のされることもしばしばであった。なるべく穏便に済まそうと努力はしたものの、時にはそのような揉め事を腕力で去なすこともあった。

     中でも音之進が特に困ったことが、男色文化である。御一新で時代が変わったとはいえ、前の世を生きたものたちがまだまだ多く残っている時代。先の世の文化が依然残っていても全く何の不思議もない。
     特に軍内であったり、士官学校の学生ともなると男所帯ということもあり、そういうことも少なくはない。もともと江戸後期には廃れかけていた文化であったし、江戸御一新後の明治初期では法で禁止されていた時期もあったので、下火にはなりつつあった。しかし薩摩やその他の地方では未だに現役の文化であったりして、そういうもたちが衆道文化を軍へ持ち込んでそのまま根付いてしまったのである。

     音之進は背も高く、体格は良いが、整った顔立ちをしている。だから女だけではなく、男からもモテる。ある時は上級生が部屋に忍び込んできたことがあった。上級生のそういった欲は常々下級生に向けられていた。士官学校と同じ敷地内に併設されている陸軍幼年学校へ忍び込む者も多いという。だから学校側は、そのような不届き者は「返り討ちにせよ」と教育をしている。だから、鯉登もその際は返り討ちにしてやった。

     しかしあまりにも鯉登の態度が生意気であったため、上級生たちが複数人、押しかけてきたことがあった。あの時は危なかった、と鯉登はいまでも肝を冷やす。ただ、幸運にも同室に配置されていた世話役の上級生が在室していたことで鯉登の貞操は守られた。彼が
    「こん御方は下級生ながらも海軍将校の鯉登閣下の御子息であり、陸軍第七師団長花沢閣下のご子息であられる花沢勇作少尉殿の弟分であるぞ」
    と一喝したことで全てが丸く収まった。
     この上級生も薩摩の出で、花沢と鯉登の家についてはよく知っていた。義兄弟の契りを交わしたことも彼らの郷里では周知の事実で、実際のところは形だけの契りであったわけだが、それでも効果絶大であった。その一言で上官、果ては花沢閣下に楯突くようなことになっては困る、と音之進に手を出そうとするものは誰もいなくなった。

    「それでは」
     
     上級生に頭を下げて、先に部屋を出て休暇へ繰り出す。あの事件以来、彼には頭が上がらない。それに勇作の弟分だなんて言われて何だかソワソワしてむず痒くなる。

     あの頃は理解していなかった。義兄弟の契りの本当の意味を。もちろん時代が変わって、数年ではあるが法で禁止されていた時期もあったわけで、下火にはなりつつあった風習である。
     だが、未だにあるところにはあるもので、特に薩摩では稚児の歳を上手くやり過ごすために、二才の歳の者と形だけの兄弟関係を結ぶ例も多かった。見目が良いものは特に苦労する。薩摩にいたころは鯉登の名前を出せば、無理強いをするものは居なかったが、それでも〝誘い〟ぐらいはあった。しかし勇作と約束を交わしてからはそういうものもパッタリとなくなった。
     一度契りを交わせば浮気、横恋慕は御法度である。皆重々に承知している。さすがに作法を無視してまで〝誘い〟をかけてくるほどにまで度胸が据わったものはいなかったらしい。

     
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💞💞💞💞💞💘💘💘💘💘🙏🙏🙏❤😍☺👏👏👏💗💗💗💗💗💞💞💞💞💘💘💘🙏🙏🙏❤
    Let's send reactions!
    Replies from the creator