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    seki_shinya2ji

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    seki_shinya2ji

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    顧問弁護士前日譚の続き、ラストです。
    もう早くも明後日、というか、あし、た……?早くね……?
    ということで、滑り込みです。
    当日はよろしくお願いいたします!

    3「報告です」
    といった顧問弁護士は淡々と報告を始めた。
    会議室なんて大したものではないのかも知れないが、作戦会議と言えば大袈裟ではなく、妙に張り切って緊張してしまうのが男というモノかもしれない。なんとなく仕事をしているような気もして少し浮足立ってしまうのかもしれない。
    目の前の金髪を見ているとそう思ってしまう。
    「興信所のタダシさんにあの子供と親に関する報告を貰いました」
    報告資料は事前に人数分をコピーしていた。これの印刷代は要求していない。こんなことでみみっちくなることは無いと思っているからだ。
    用紙を見れば分かることばかりなのだが、話していけば疑問点が浮かびやすいらしい。そして何より、口から話しながら報告を受けたその時の温度感をそのまま伝えることが出来る。
    「まず、あの少年ですが名札とランドセルから、私立小学校に通う一年生でした。名前は名札の通り、本田藍くんというそうです」
    資料一枚目、表紙を捲るとあの少年に関する情報が埋められたテンプレートが添付されている。名前の漢字はこの調査で分かったことだ。住所も今回の調査で分かったが、明らかにその住所はそこそこの住宅街である。
    「まず、ご近所情報です。我々の事前の考察とさほど差異があるわけではありませんでした。両親共に不倫しており、父親の不倫が先に発覚したため、その結果父親有責で離婚しとりました。現在は母親と住んどるようですが、ご近所からはあまり好印象を持たれてないようです。聞き取り調査によると、子供は基本的に感情を見せないようで、時折母親の怒号が聞こえとるようです。また母親は盗癖癖が疑われるそうですが、いつでも身なりが良いため盗癖以上に教育熱心な方なんだと、思われているようです」
    ヤクザと聞いて行儀の悪さを感じる人間が居るかも知れないが、割ときちんと話は聞く。独自理論を展開しがちだが、ひとまず話を聞くことが出来る人間が上の方に集まっている。その上の方の人間と話しているためか、会議室は静かに話を聞いてくれている。机に足は上がっていないし、一言一言にヤジが飛んでくることもない。大変穏やかな雰囲気である。顔が恐ろしい以外は。顔で人を殺すとは言い得て妙である。黙っているだけで人を圧死させることができるくらいには、顔が恐ろしい。手足が冷えていく感覚が何よりの証拠なのだろう、と顧問弁護士はいつも思っている。
    「今回、藍くんは父親に引き取られることが決まったそうです。その父親ですが」
    顧問弁護士が紙を捲ると、次のページに移る。そして途端に会議室にいた人間が全員顔を顰めた。今日の出席者は若である黒縁メガネの男、そして黒人風の男と背丈が座っているだけででかいと分かる大男、そしてあの現場にいたトサカ頭と細目だ。その出席者全員が眉を顰めて口をへの字に曲げた。大きくため息をついたのは若、そして心の底から「めんどくさい」と言うオーラを出したのは大柄な大男だ。
    「府議会議員の本田政文です。真相はどうやら、市議会議員が藍くんの母を事故とはいえ孕ませた結果のようです。当初は堕胎を要求したようだが、母親はそれを拒否。その後の説得にも応じず裁判沙汰になる前に議員が根負け。議員の妻と世間へのこの情報の口止め料が別途支払われる形で最終的に示談になったようです。母は今回のことは決して口外しないことと、子供の養育費は一括でそれ以上必要になった場合は自らの稼ぎで補完するという誓約書を作成しているとのことです。母親の情報は3枚目にあります」
    また紙を捲る音と共に、スーツ姿の女性が写った写真が添付られたテンプレートがある。女性の身なりはかなりしっかりしており、メイクも施されていかにもキャリアウーマンといった出立ちである。
    「母親は現在32歳で、藍くんを出産したのは25歳。当時彼女は奨学金返済のため昼間の仕事とは別に、当組のシマでホステスをしていたようです。その客があの市議会議員。母親は両親と妹の家族構成ですが、共に絶縁している模様です」
    「ええ、議員に特攻かけんのか?嫌やねんけど」
    最初に苦言を呈したのは、1番苦虫を噛み潰しているかのような表情をしていたトサカ頭だ。当事者意識があるのかもしれない。しかし顧問弁護士はとりあえず首を振った。
    「いや、今回は議員に特攻する必要はないです。今回は母の監督不行届では済まないような事態が起こっています」
    そういって残り少しの資料をまためくった。そこにいたのは母親とは別の女性の写真だ。

    「こちら、母親の妹です。名前はアカネと呼ばれていることだけしか確認が取れていないそうですが、自らの口で言いふらしているそうです。年齢は23歳。どうやら父親の後妻との間に生まれた腹違いの妹らしく、こちらを溺愛した結果、母親はネグレクトにあっていたようです。そこから脱出した際に大学に奨学金で入学して、その返済のために夜職をしていたのが経緯だそうです。そしてこの妹がどうやら、慰謝料や口止め料を貰っていることを聞きつけて棲みついているようです」
    「なるほど、見えてきた。つまりこの妹が息子を盾にでもして金を巻き上げてたみたいなところか。喧嘩ももしかしたら母親が一方的に怒っとったんやなくて、妹と言い争う声やった可能性もあるんか」

    納得したのは若の黒縁メガネが初めてだった。その言葉に顧問弁護士はウンと首を縦に振った。

    「この妹は、「男児だから一家の跡取りとしてウチに引き取る。渡さないならあの家にいる私に金を寄越せ」と言っているようです。近所にて広まっている盗癖も彼女のものではないかというのがタダシさんの見解です。藍くんは、自分が人質に取られているのをハッキリとまでもいかなくとも薄々とは感じていたため、まず警察に相談したけど相手にされることなく、1人で家出したということらしいです。母親が昔勤めていた場所を、記憶を頼りに歩いたけど途中で空腹と脱水で歩けなくなってしまい、座り込んでしまったそうです。もちろん妹が藍くんを探すはずもなく、保護された後、家に誰もいないことに焦った母親が警察署で保護されている間に迎えに来たそうです。ですので、今回我々が賠償請求することができるのは、妹の方でもあります」

    ここで顧問弁護士は言葉を切った。ちょっと水を口に含みたい、と思うほどに口の中が乾燥している。未だに慣れないこの緊張感。気を抜くことが出来ないその空気感では、水を飲んでしまえば、所謂白旗である。緊張状態の人間が水を飲むと、自らにも相手にも時間を与えることになる。その時間で出来ることと言えば、「言い訳を考える」ということだ。沈黙が出来てしまえば自分も相手も言い訳を考えてしまい、話を逸らされてしまう。また、水を飲ませてしまうことは、ヤクザに取っては痛手である。水を飲むと、大事な事を水と一緒に胃の中に流してしまうことになる。以前はよくあった水を用いた詰問は、水を飲ませることで命の危機を本能的に分からせる事に意味があった。しかし水分補給程度の水を飲ませると、聞きたいことも飲み込んでしまう。
    顧問弁護士は彼らがそう思っている事を知っているから水を飲まない。水を飲んでしまえば「こいつ、何かを隠していて今飲み込んだな?」と疑われてしまう可能性があるのだ。信頼を失いかねないことは自らで避けなければならない。ということでここは喉の渇きを我慢して話を続けることを選択した。

    「現在この女についてはタダシさんが引き続き調査して貰ってますが、現段階で既に同業から金を借りた過去があるそうです」

    ここからは、顧問弁護士が持っている資料の中の情報である。配布資料にまとめていないのは、情報がまだ未確定だから。未確定情報は頭に留めておく程度にすることで、固定観念を無くすのだ。

    「どうやら『狂い』らしく」

    狂い、とはこの組織では主に、ホストやキャバクラなどの「風俗に狂」っているパターン、「整形に狂」っているパターン、酒や煙草などの「依存症に狂」っているパターン、競馬や競輪などの「博打に狂」っている、この4つのパターンの人間のことを指す。男や女で区別することがなく、それが原因で金を借りてまで狂っている人間は一様にこの「狂い」判定を受ける。他の組とのネットワークはあるだけだが、それを知っているだけでアドバンテージはこちらにある。どれが鴨でどれがカラスか。把握することで商売が進んでいく。ただし、他の組とは情報を共有するだけで、それ以外の手助けや金銭的援助は行わないし求めない。この組織は、他の組との関わり方は一貫してそうしている。
    変わり者だとしても、トラブルは最小限で内輪で迷惑をかけあう程度になる。顧問弁護士としては仕事が減ってしまうのでは、と危惧していたが、ただヤクザであるというだけで「怪我をしたから損害賠償」「他の組がアヤかけた、違約金」と出動要請が頻繁にある。これはどちらかというと、顧問弁護士がオーバーワークにならないようにしているのかも知れない、と最近顧問弁護士は思っている。

    「飛んでいたそうですが、ここ最近顔を変えて”立って”いるそうです」
    「あーあれか。流行りの」
    「なんでしたっけ」
    「あれやん、親父狩りみたいな」
    「パパ活ですね」
    「それそれ」
    「アレ全部ウチの花屋に送りたいわ」

    知識がないわけではなく、世間から離れすぎた結果知らないことがある。その点顧問弁護士という立場上、世間を知っていることは彼らより多い。世間が知らない世界を知っているが、世間の常識を知らない彼ら。それを繋いで常識を馴染ませることが顧問弁護士の仕事でもある。

    「飛んで顔を変えてまで何をしとるんや」
    「ホストやそうです。結論ですが、その変えた顔で現巌会のシマの泡嬢をして金を稼いでホストに貢ぎ、姉の金と男の金と住処に寄生しとるみたいです」
    「面食いやな」

    この場面で「面を食う」という言葉が出てくると、どうにも顔がむず痒くなってしまう。顧問弁護士自身、自分の顔に特別自信があることはないが、どうにも目玉や頬が痒くなってしまう不思議に答えが見つからずにいる。

    「なるほど、それで俺が呼ばれているんですね」

    そんなヒリついたその空気を嬉々として喜んでいる様子の人間が1人いた。

    「名前は分かってるんです?」
    「アカネとミサトという源氏名で、本名はミサトというそうです」
    「分かった、アカネちゃんですね」
    「タダシさんには特に金周りを調べて貰います。特に現巌会はあまりウチにええ思いしてないでしょう。この前知らない子供みたいな子供みたいな子にアヤつけられそうでしたもん。なのでその辺りを中心に調べてもらうので、時間稼ぎをしてください」
    「任せてください。こういう女は”立ち”してたら簡単に引っ掛かりますよ。ただ後はこちらに情報を回してください。勝手に寄生虫に寄生しますから。知らない間に追い込まれてるのはヤですよ」
    「頼んだで」
    満足げな顔をしているのは若頭。ウンウンと頷いているのだが、本当に分かっているのかは定かではない。それでも何かを察して動き始めた男にとってはお手の物で、自分が信頼されて仕事を任されていることに満足している。因みに、この顧問弁護士のお気に入りである金髪は、ほとんど仕事を任されることなく、後処理ばかりしている。これは顧問弁護士が余りにも過保護であるせいだろう。しかしこれは顧問弁護士の無意識である。言わない方がいいだろう、と誰もが思ってしまっているため、誰も口にしないが故の悪化を辿ってしまったのだが。

    「じゃあ、とりあえずはこの段取りで。報告はなるべく細かくよろしくお願いします」
    「ハイハイ」

    ヒラヒラと手を振った細目は足取り軽く寄生虫を探しに行ったようだ。「ワーイ金浮くー」という声が漏れ聞こえている。
    子供が発端ではあったが、子供のために動いた訳ではなかった。痛い目を見せた相手に報復できないのが人間の本質の1つである。例外があるにしろ、意思の弱い脳足りんではそうならざるを得ない。成す術を見出せないから。
    服従させることで得られるのは搾りカスのような金だけ。しかしそれで飯を食っているのが、この会議室にいた人間たち。だから皆、一様にニヤニヤした顔をしてその日は解散となった。
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