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    Chome

    @Chome_va

    絵は全て「らくがき」カテゴリにいれてます。
    小説は「供養」です。モブシンは「自主練」。

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    カヲシンみたいな、多分
    小説というより思考整理かもしれない
    1万文字ぐらいある

    庵→Q→ネオジェネ後(の予定) 2
     
     神の使いが現実に存在するのならばそれは彼の事なのだろうと思った。白く透明な髪に柘榴石みたいに真っ赤な瞳、通った鼻筋も強気に上がる口元もその全てが完璧な造形で、とても同じ人間だとは信じられないぐらい綺麗だった。
     「僕の事覚えてないのかい」
     しばらく見つめあった後、神の使いの強気な口元が下がり柘榴石の瞳が静かに揺れた。はて、自分は彼と会ったことがあっただろうかと自身の記憶を掘り起こすが、思い当たる節は無い。しかし思わず息を飲むほど現実離れしている美しい見た目の彼と出会って忘れる事などあるのだろうか。否、恐らく自分はもう二度と彼を忘れる事などない。そうすぐに確信できる程自分は一目で彼に惹かれていた。
     「僕の事、知ってるの」
     色々と考えた末に質問に質問で返すと、神の使いの眉が八の字に下がった。そんな顔をされても知らないものは知らないのだ。シンジはどうしたらいいか分からず、同じように眉を八の字にし、えっと、と間投詞を零しては続きの言葉を吐き出せずにいると、神の使いから先に口を開いた。
     「生命の書に名を書き綴っているのだから当たり前のように君も記憶も引き継いでいるものだとばかり思っていたが、どうやらあれはそこまで万能じゃなかったらしいね。本当、神は随分と僕に対してばかり意地悪な事ばかりしてくれるよ」
     「本当に君は神の使いなの」
     「え?」
     神、という単語に反応して無意識に言葉が出てしまい慌てて口元を隠したが、胸の内をポロリと出してしまった後にはもう遅い。神の使いはそんな自分に微笑み、1歩、また1歩と近づいて、そしてキスしそうなぐらいの距離で止まった。長い睫毛が揺れて、柘榴石の瞳がシンジの姿を映す。あまりに熱を持ってこちらをじっと見つめてくるものだから、シンジは思わずドキリとした。
     「僕はカヲル。渚カヲル。よろしくねシンジくん」
     「どうして、僕の名前を」
     「君のことならなんでも知ってるさ。サードチルドレンで初号機のパイロットで、とても繊細な子」
     神の使い、もとい渚カヲルはそう言って笑った。男だというのに変に艶っぽくて、美しくて、シンジは顔を赤らめる。他人が自分の懐に入ってくるのは苦手なはずなのに何故だか彼だと不快感は全く無く、むしろ心地よいとまで感じた。こんな気持ちになるのならやはり自分は彼と会ったことがあるのだろうか。否、どんなに昔の記憶を掘り返そうと彼と似た人物に心当たりが無い。
     「ねえ、今君はこの真っ赤な海を見て物思いにふけっていたわけだけど、もしかして何か悩み事でもあるのかい。僕で良ければ聞くよ」
     カヲルのスラリとした長い指がシンジの指の隙間に絡みつく。またシンジの心臓がドキリとした。カヲルの息遣いが、体温が、彼が触れた箇所から脳へ熱として伝わって自分の心臓の音が彼に聞こえないかが心配になるほど、全身の血脈がドクンドクンと激しく流れるのを感じた。
     「……皆、僕から離れて行ってしまったんだ。アスカも寝たきりで、綾波も僕の知らない綾波になっていて、ミサトさんは何故か帰ってこないし、父さんは……、父さん、は……、」
     エヴァに乗っても褒めてくれないんだと続けようとして、やめる。歳の割には随分幼稚な悩みだと思われるかもしれないとそんな考えが頭を過ぎった。いつの間にか逸らしていた視線をカヲルに戻すと、彼は笑わずに真剣な眼差しをシンジに向けていて、またドキリと心臓が高鳴った。
     「そうか、君は世界を作り変えれたのに、幸せになれてないんだね」
     彼が何の話をしているのかは分からない。でも自分の事を真剣に考えてくれているのが分かって、それだけでシンジは彼は良い人なのかもしれないと思った。ぎゅ、とどちらかの握る手の力が強くなり、それに応えるように相手も強く手を握り返した。お互いの指の間に指を絡ませ、さながら恋人のように手を繋いでいるから少し骨に痛みが走るが、このぬるい体温が離れるよりはずっと良かった。
     「シンジくん、君はこれからどうしたい?」
     カヲルがイエスノーで答えられない質問をすると、シンジは困ってまた目を逸らしてしまう。しばらく間が空いて、カヲルは自分から答えを聞くまでは何も話さないつもりだと察し、シンジは観念してボソリと話し出した。
     「僕は……、どうしたいとか考えることすら疲れてしまったんだ。でも父さんから必要とされたいから、エヴァには乗るよ」
     「エヴァに乗る事が、君の幸せかい」
     「そう、なのかな。エヴァに乗らないと誰も僕を見てくれないから、僕にはエヴァしかないから、うん、そうだね、そうなのかもしれない」
     シンジがそう自嘲気味に笑うと、カヲルはそうと短く答えた。赤い夕焼けが赤い海に絵の具のようにドロドロと溶け込んでいく景色を眺めながら、シンジは同じように彼の柘榴石の瞳の中に自分も溶けてしまえたらいいのにと願った。
     
     
     
     
     5
     
     その日はいつもより暑かった。日光にジリジリと照らされじっとりとした汗をかき、そのせいでべったりとインナーが体に張り付いてきてとても気持ち悪い。ネルフに着いたらまずはシャワーを浴びようなんてそんな事を考えながら外を歩いていた。
     「あれ、渚くん、だっけ」
     冷房が効いたネルフ本部の廊下を進みまっすぐ風呂場へ行くと、入口の前に柘榴石の瞳の少年が立っていた。確か彼はフィフスチルドレンとして最近ネルフへやって来た少年だったかと思い出す。この前遠目で見た時も思ったが彼は思わず目が引く程の美貌の持ち主で、こうして目の前で動いて喋っていてもまだ同じ血の通った人間だということが信じられないでいた。スラリとした両足からざっくばらんに整えられた髪まで全てが造りもののように端麗で、辞書で美しいという文字を調べたら彼の名前が出てくるのではと思ってしまう程に綺麗な容姿をしている。
     「やあ、シンジくん。僕の事はカヲルでいいよ」
     「じゃあカヲルくん、えっと、ここで何してるの?」
     シンジがそう問うとカヲルは何も言わずにシンジへ近付き、キスしそうなぐらいの距離で止まった。
     「え、」
     「……やっぱり、覚えてないんだね」
     何を、と聞く前にカヲルはシンジから離れ、そのまま風呂場の扉を開けた。先程の事がまだ頭の中で整理が出来ないうちに一緒に入らないかと言われ、シンジは先程のこともあり少し警戒するが、ベタベタとする汗の気持ち悪さには勝てずに一緒に入ることにした。
     「相変わらず君は一時的接触を嫌がるね。怖いのかい、他人が」
     体を洗い流しすぐに出ようとするとカヲルから引き止められ、湯船に浸かるよう強引に誘われた。変わった奴だなと思って一緒に温まっていると湯の中で手をそっと添えられ、その手があまりにも湿度が高くて驚いて思わず手を振りほどけば、カヲルからそんなことを言われた。
     「怖いとかじゃなくて、誰だってこんな事されたら驚くよ」
     「おや、今回の君は少し強気だね。魂は変わってない筈なのに環境が違うとこうして影響が出るのか。面白いものだねリリンは」
     カヲルはそう言ってくすくすと笑った。シンジはカヲルの言っていることがよく分からず首を傾げ、少し距離をとる。正直なところ今すぐにでもここから逃げ出したかったが、先程からどうしてもひとつ気になることがあったので、それを聞いてからでも遅くはないと聞いてみることにした。
     「さっきから君、僕の事知っているような口振りだけど僕らどこかで会ってるのかな。君みたいな綺麗な人、一度見たら忘れられるわけが無いと思うんだけど……、」
     忘れてるのならごめんと謝ろうとして、何故だか出来なかった。どうして出来なかったのかを理解するまでに少し時間がかかったが、唇の熱が離れてやっと頭の処理ができた。キスをしたからだ、僕と、彼が。
     「……え、」
     「ごめんね、君からハッキリと忘れたなんて言われるのが悲しくて、思わず塞いでしまったよ」
     そう言ってカヲルはシンジの唇を人差し指で、泣いている子供をあやすようにシーっと塞いだ。艶やかな表情と、濡れた髪と、柘榴石の瞳がシンジの脳みそを酷く揺さぶり、瞬間、シンジの顔が真っ赤に茹だってカヲルを突き飛ばしていた。
     「な、何するんだよ!」
     風呂場にシンジの怒号が響く。それでも気が済まずもう1発叩こうかと考えていると、突き飛ばされた衝撃で湯に頭まで浸かったカヲルがいつまでも顔を出さない事が心配になり、シンジは急いでカヲルを湯船から引きずり出す。
     「ふふ、ありがとうシンジくん」
     「もう、なにやってんのさ」
     「なに、君とのコミュニケーションの幸せに少し浸ってただけさ」
     「……変な奴」
     あまりのマイペースさにシンジは呆れ、先程の怒りもどこかへ飛んでいってしまった。変な奴ではあるけれど悪い奴では無いのかもしれない。せっかちなアスカとは気が合わなそうだけど、同じマイペースな綾波とは上手くやれそうだなとシンジはくすりと笑った。
     
     
     
     
     13
     
     「どうしてなんだよ!どうして、どうしてこうなるって知ってて僕に近づいたんだよ!」
     セントラルドグマにシンジの声が響いた。怒りと、哀しみと、悲痛が混じった声だ。カヲルは下へ降りるスピードを緩めずシンジが乗っている初号機を見つめ、悲しそうに笑った。
     「ああ、矢張りこうしてシンジくんが悲しみに嘆く姿を見るのは何度繰り返しても慣れないね。でも悲しむ事は無いさ。蝶が本能で花へ惹かれるように、僕と君もまた運命で惹かれ合うからね」
     カヲルはそう言うと下へと降りるスピードを更に上げた。シンジもそれを追う為に初号機のスピードを上げカヲルに必死に食らいつく。そうした鬼ごっこの末に最下層へ辿り着くと、カヲルは初号機の目の前まで近付き不敵な笑みを浮かべた。
     「シンジくん」
     いつもよりもワントーン低い声で名前を呼ばれ、いよいよ彼とは最後なのかもしれないとシンジは恐れた。彼が使徒だと知った時だって追いかけている時だって、今この瞬間だって、できることならカヲルと仲直りがしたい。なんなら2人で世界の果てへ逃げ出したいと、そう願わずにはいられないほど、シンジにとって彼との時間は甘くて幸せだった。
     「僕がこのリリスに触れればサードインパクトが起きるだろう。だが、それを止める方法が一つだけある」
     何故敵である彼が自分にそれを教えてくれるのかは分からない。ただ酷く嫌な予感が頭を過って、それでもそのひとつの方法に縋る事しか今は他に方法が無いのも確かであり、シンジは震える口でカヲルに問う。
     「どうしたらいいの?」
     カヲルはいつもの如く口元を強気に上げ、
     「僕を殺すんだ、シンジくん」
     それは、あまりに残酷で卑怯な答えだった。そんな事僕にできるわけが無い。そう叫びたかったのにカヲルがあまりにも真剣な目で見つめてくるから、本気なのだと分かって何も言えなくなってしまった。何も殺さなくてもここで君が触れなければいい話じゃないのか、一緒に逃げればいい訳で、だから、どうして、
     「どうして、そんな事言うんだよ……ッ、カヲルくん、前に僕の事好きだって言ってくれたじゃないか……!」
     シンジは初号機でカヲルに手を伸ばし、半ば脅すように今すぐにでも2人で逃げ出そうと言ってくれる事を願った。だがそんな言葉がカヲルの口から出ることは無く、彼は代わりに不敵な笑みを浮かべていた。
     「好きさ。この世の誰よりも君の事が好きだ。だから僕を終わらせてくれるのも君が良いんだ。サードインパクトなんてただの無機質な爆発じゃない。君の手の中で、君の温もりを感じて、君の記憶に一生刻み付けれるように」
     僕も好き、好きなのに、殺さなくてはいけないの。シンジの黒曜石の瞳からボロボロと雫が流れてはLCLに溶け、コックピットの底へと沈んだ。もうとっくにカヲルは自分にとっては忘れられない人だというのに更に記憶に刻みつけてくれと頼まれる意味がシンジには分からなかった。
     「シンジくん、早く。僕の内なる本能を抑えているうちに、君の手で」
     カヲルは自ら初号機の手の内に入り込み、自身を握りつぶすように目で訴えかけてくる。ああ本当に、君を殺すしかないのか。……それなら、とシンジは操縦席の右手をグイと引っ張りあげると初号機の背からコックピットが飛び出させ、カヲルの乗っている手とは反対の腕を伝ってシンジは地へ足をつけた。
     「カヲルくん、来て」
     シンジは涙を手首で無理矢理拭うと、カヲルを真っ直ぐに見つめる。奥歯を噛み口元をきゅと結ぶ事で今すぐ泣き出したい衝動を必死に抑え、カヲルがこちらへ降りてくるのを待った。
     「……ふふ、そう。エヴァの冷たい手じゃない、君の手で殺してくれるの、ふふふ、僕、今生きてきた中で一番幸せだな」
     カヲルは笑ってシンジの目の前へ降り立った。こんな時でも彼の仕草一つ一つは美しくて、白い羽根が一瞬彼の背に見えた気がした。シンジは深く呼吸をすると震える両手をカヲルの細く白い首筋へと伸ばし、ぐ、と力を込める。
     「大丈夫かい。いくら僕が使徒でも姿形は人間の見た目そのものなんだ。エヴァを使って殺すのとじゃあ訳が違う。君のその赤ん坊のように無垢な細い指で、僕を絞め殺せるかい」
     カヲルは眉を下げ、優しく小さい子供を諭すように優しい声でそう言って、シンジを見つめた。今から自分が殺されるっていうのにその殺す相手の心配をするなんて、君はどこまで僕に優しいんだとシンジは痛いぐらい泣きたくなる。
     「……できるよ。できる、できるから、」
     シンジはうわ言のようにできるできるできると呟き、手に力を込めていく。苦しいはずだというのにカヲルの口元は笑っていて、ありがとうとお礼まで言ってくるものだからなんだかおかしくって、シンジはどういたしましての代わりに涙をボロボロと落とした。
     「カヲルくん。僕ね、人間は死んでも生まれ変わるって学校で習ったんだ。それが本当かどうかなんて僕には分からないけれど、もし君が生まれ変わったらさ、この首の苦しみで僕の事を思い出すんだよ。何回何十回何百回生まれ変わろうと、絶対に僕の事覚えていて。そして僕が生まれ変わったらさ、迎えに来てよ。今世では2人で幸せになれなかったけど来世では2人で、幸せに、なろう、ね……」
     殆ど独り言に近いカヲルへの呪いの言葉。最後は喉の奥から出る嗚咽が邪魔をして言葉を上手く発っする事ができなかった。気付けばカヲルは静かにシンジの手の中で息を引き取っていて、どこまで彼に自分の言葉が聞こえてたかは分からないけれど、人間は死んでも耳が聞こえてるともいうからきっと最後まで聞いてくれたのだと信じて、光が消えたカヲルの瞳に瞼を被せた。首に残った自分の手と同じ大きさの痣は酷く痛々しく見え、カヲルの顔は青く染り使徒でもチアノーゼ反応が起こるんだとこんな時に少し冷静な自分の頭に少し驚く。
     「カヲルくん、僕達の未来は、本当にこれしか無かったのかな……」
     シンジはカヲルの遺体を抱きしめ、涙が枯れるまで泣いた。頭の中で彼との短く、だがとても濃厚で甘かった日常が次々と再生され、もう二度と自分の事を好きだと言ってくれない彼の青い唇にキスをした。槍に左胸を刺され動かないはずの白い神が、愚かな自分達を笑っている気がした。
     
     
     
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     「あの、カヲルくん、好き、です……」
     頭から火が出そうなぐらい顔が熱くなるのが嫌でも分かった。人生初めての告白、しかも相手が男ということもあり、シンジはもう二度とこんなに緊張することは無いだろうと思った。おそらくこの真っ赤な夕日と真っ赤な海に負けないぐらい自分の顔も赤くなってるだろう。
     「……参ったな」
     長い沈黙の後にカヲルの口から出てきた言葉にシンジは頭をガンと殴られたようなショックを受ける。ああ、やっぱりカヲルくんみたいな素敵な人が僕なんかを好きになるわけが無いよね。そう思うとじわりと目頭に熱が帯び、喉の奥から苦味が滲んだ。だがここで泣いては更に迷惑をかけるだけだ。シンジは奥歯を噛み締めて泣くのを堪え、一刻も早くカヲルの目の前から消えようと決意する。
     「あ、あはは、ごめんね、やっぱり男の僕から告白なんて迷惑だったよね。僕、君に優しくされてきっと自惚れてたんだ。……忘れて、欲しい……ッ」
     あ、ダメだ、泣いてしまう、そう思った時には既に手遅れで、零れ出した涙は止まらなくて、泣き虫な自分が彼に迷惑かけてると思うと尚更嫌な気持ちがじわりと胸に広がってしまった。いたたまれなくて急いでこの場から立ち去ろうと後ろを振り向こうとすると、両腕をカヲルに掴まれ逃げれなくなってしまって嫌でも振り向く事ができなくなってしまった。
     「待って、忘れて欲しいだなんて、そんな悲しい事言わないでおくれ」
     そう言うカヲルは自分と同じ泣きそうな表情をしていて、どうして彼まで顔を顰めているのか分からなかった。ただ彼から待てと言われたらいくら逃げたくてもこの手を振りほどいてその場から立ち去る事はシンジには出来なかった。
     「シンジくん、どうして泣いてるんだい。君のその真珠のように丸く綺麗な涙を見ていると、僕の心が荒れ狂う海のように波立ち、ザワついてしまうよ」
     ぎゅ、と掴まれた腕に力が入れられる。振られたのは僕だっていうのにどうして君が泣きそうにしてるんだよと責めたてたい気持ちを抑え、シンジはカヲルと向き合った。
     「君は今僕の告白を断ったでしょ、理由はそれだけで充分だよ」
     「断った?ああ、何か勘違いさせてしまったのならごめんよ。むしろその逆さ。僕は君に好意を抱いている」
     「好意?」
     「好きってことさ」
     好き、カヲルの口からハッキリとそう発せられ、シンジは耳を疑った。え、本当に、と信じられず、先程とは全く違う理由でシンジはまた泣きそうになった。頬が熱くなりこれが現実かどうか確かめたくてカヲルをチラリと見ると微笑み返され、現実なのだと心が舞い上がる。
     「じ、じゃあどうしてさっき参ったなって言ったの?」
     シンジはまた泣きたくなる気持ちを抑えるために疑問をぶつける。するとカヲルはまた神妙な面持ちで柘榴石の瞳を伏せポツリと言葉を零した。
     「僕が、君の事好きだからさ」
     その答えの意図が分からずシンジは首を傾げた。両思いならそれで良いのではと頭にハテナを浮かべてるとカヲルは眉間に皺を寄せ語り始める。
     「僕は今君から好きと言われて凄く、君が思ってるよりも凄く凄く幸せなんだ。だからこそこの幸せが終わったあとに待っている忘却の理が怖いんだ。昔の僕には大切にすべき過去など無かったから一時的接触で未来への不安を消せたけど、最高の幸せが過去となったら、ずっとその幸福に縋ってしまい忘れる事も出来ない。また全てが1にリセットされ、幸福な時間が無かった事にされる絶望。それが、怖いんだ」
     また柘榴石の瞳が強く揺れた。彼は今真剣に悩んでいるだろうけれどシンジにはカヲルの言葉の意味がよく分からずかける言葉が見つからなかった。ただ、こんなに不安そうなカヲルを見るのは初めてで、シンジはカヲルに痛みが走る程強く掴まれた腕を振りほどかずに受け入れる事しか出来なかった。
     「ねえ、シンジくん」
     震える声で囁くように名を呼ばれ、カヲルがこんなにも悲しそうにしているというのに、濡れた瞳が変に色っぽくてドキリとしてしまう。シンジは紅に薄く染まった頬を隠したくなる衝動を抑え、返事をする代わりにカヲルと見つめあった。
     「僕は君にもう僕の事を忘れて欲しくない。もう100度も円環の物語をなぞってきたけれど、君が僕の事を忘れていると知る度に胸が張り裂けそうなぐらい悲しくて、どうしたら君の記憶に僕を残せるのか、そればかりを考えてしまうんだ」
     カヲルは殆ど縋り付くようにシンジに身を寄せた。砂に膝をついて、人が神に恵を求めるような、カヲルはシンジの手を自身の額へ当て祈るような体勢になる。だけどシンジは彼が何の話をしているのかが分からず、泣いている大好きな彼を慰める言葉をひとつも言えず立ちすくんでいた。カヲルと出会って、カヲルの優しさに触れてからずっとカヲルでいっぱいいっぱいの自分が彼を一時でも忘れられる筈は無いのだ。もしかするとカヲルが見ているのは自分じゃない誰かなのだろうかと思うとシンジは胸の奥がきゅと傷んだ。
     「……カヲルくんは、その人の事好きなんだね」
     シンジがそう言って悲しそうに笑うとカヲルはシンジを見上げ、眉を顰めた。
     「その人って、シンジくんは何を言ってるの?」
     「だって、忘れて欲しく無い人がいるんだよね。でも僕は君と出会ってから一度足りとも忘れたことが無いよ。なら君が好きな相手は僕じゃ無いってことでしょ」
     「違う!シンジくん!僕は君しか見てない!シンジくんが僕を忘れてるだけなんだ!どうしようも無い世界の理のせいで、僕の事を忘れてるだけなんだよ!」
     初めて見るカヲルの荒々しい感情にシンジは驚いて目を見開く。本当に自分が忘れてるだけなのだろうか。でもこんなにも綺麗でガラスのように繊細な彼を忘れる事など本当にあるのだろうか。カヲルの透明な髪が赤い夕日に照らされキラキラと眩く光った。それは1枚の絵のように芸術的で、こんなにも綺麗な景色を今まで見たことがあっただろうか、いや、やはり1度見たら絶対に忘れられないとシンジは確信する。
     「……やっぱり、君は覚えてないよね。幾度期待をしないようにと思っても気付けば君に会いに行き、今度こそは覚えてくれてるかもしれないと思ってしまう自分の諦めの悪さに最早笑ってしまうよ」
     カヲルは泣きそうに笑い、シンジの腕を放した。止まっていた血流が流れ出し腕に鈍い痺れが走る。どうして彼はこんなにも泣きそうな顔をしているのだろう、自分は彼のこんな顔が見たくて告白したわけじゃないのに。でもどんな言葉をかければカヲルが笑ってくれるかなんてシンジには検討もつかなかった。代わりにまだ甘い痺れの残る両腕で、ぎゅ、とカヲルを抱きしめた。
     「君が忘れてるって言うのならきっとそうなんだと思うけど、ごめんね思い出せなくて。でも僕にはこうすることしかできない。君の気持ちに応えられないのが、とても歯痒いな」
     シンジは子供をあやすようにカヲルの頭を撫でてあげる。君はとても頑張ったんだろうねと言えばカヲルの柘榴石の目から大きな雫がポロリと落ちて、シンジのシャツをしとりと濡らした。
     「シンジくん、ごめんよ。こんなにも優しい君に僕は酷い事をして、酷い事を考えてしまってた」
     「酷い事?」
     シンジがそう言うと、カヲルは懺悔室で神に自分の罪を教えるように言葉を吐き出していく。
     「僕はどうしたら君に記憶を残して貰えるか考えて、大切な物を奪ってしまえば、……君からエヴァを奪えば記憶に残るのではと考えてしまっていたんだ。エヴァに乗るための神聖さを君から奪ってしまうために女をあてがうかとか、もし君が女性であれば破瓜の痛みと共に僕の存在を刻みつけれたのにとか、そんな事ばかり考えていた」
     優しいカヲルらしからぬ言葉の羅列にシンジは少し驚く。エヴァに乗るための神聖さも破瓜の痛みもよく分からないがカヲルの言葉的に酷い事なのだろうと察した。でも優しい彼にそんな事を言わせたのは紛れもなく自分自身だという事がとても辛くて、彼を抱きしめている腕に自然と力が入った。
     「……いいよ、カヲルくんになら」
     僕からエヴァを奪っても。シンジがそう言うと腕の中のカヲルがモゾりと動き少し擽ったさが生じる。普段見えない彼の旋毛を見て、カヲルくんってこんなところまで綺麗なんだなとか思いながらシンジはぽそりと話し出す。
     「僕はエヴァに乗らなきゃ誰にも見て貰えないってずっと思ってたけど、今はカヲルくんがいるから、カヲルくんがエヴァに乗るなって言うならそれで良いよ。エヴァの操縦士じゃない、僕そのものを見てくれるカヲルくんだから、僕は君を好きになったんだ。だからこれからもずっと僕の事を見てくれるのなら、君が僕の神聖さを奪っても構わない」
     シンジが最後まで言うより先にカヲルは腕の中から飛び出しぐしゃぐしゃな泣き顔を晒す。ぐしゃぐしゃとは言っても造りものめいた彼の顔は崩れることなくそんな表情でさえ美しいのだけど。カヲルは信じられないと言いたげにシンジを真っ直ぐに見つめまた涙を流した。
     「ごめん、ごめんよシンジくん、こんな僕を許してくれるのかい。君からエヴァを奪おうとした、僕を」
     「……うん」
     エヴァが無ければ父さんから褒められなくなる。綾波やアスカや街の皆を守れなくなる。そう思うと胸が痛むけれど、目の前の大好きな彼1人すら守れないのであれば自分がエヴァに乗ってる意味が無いと思った。カヲルは立ち上がり自身の顔の涙を拭うと、赤い夕焼けを背にシンジを見つめ、堕ち物が取れたような顔で笑った。
     「シンジくん、君が好きだ」
     ドキリとした。彼の笑顔があまりにも綺麗で、夕日で赤く染まった頬が可愛くて、柘榴石の瞳がこちらを一心に見つめてくるから、心臓が痛いぐらいにうるさく動いてくらりと倒れそうになる。カヲルが微笑むと倒れていく女子生徒の気持ちがよく分かった気がする。彼は笑顔で人が殺せるのではと思う程に、綺麗だ。
     「……ん、」
     耳から顎にかけ手を添えられ、そのままゆっくりと口付けをされる。触れるだけの子供のキス。だがシンジはそれだけで胸が張り裂けそうなぐらいドキドキして、混乱する頭でどうしたらいいか分からずカヲルの温い体温に身を委ねた。
     「シンジくん、僕ね、決めたよ」
     「……何を?」
     体温が離れる事に寂しさを感じながらもシンジがそう問うと、カヲルは眩しい笑顔でシンジにもう一度口付けし、答える。
     「僕は君を絶対に幸せにしてみせる」
     エヴァを使って、いくら世界を繰り返してでも君を幸せにしてみせるから、それが僕を幸せにしてくれた君への、僕の贖罪。カヲルはそう言ってシンジをぎゅうと抱きしめる。体重をかけられ砂場で足が覚束ずシンジが1歩後ろに下がると、カヲルも同じように1歩その場から離れた。シンジはカヲルの言っている意味がよく分からないけれど、痛いぐらい抱きしめてくれて、好きだと言ってくれる彼と両思いなのだと思うと心が暖かくなり、シンジもカヲルをぎゅうと抱きしめ返した。いつの間にか赤い夕日が沈んで青玉色の夜空で星がキラリと瞬いた。白い月が僕らを笑ってる気がした。
     
     
     
     
     999
     
     「渚くん」
     探したよ、とシンジはネルフ本部通路に置いてある椅子に座っていた銀髪の少年に話しかけると、渚と呼ばれた少年はゆっくりと顔を上げニコリと笑った。同じ男だというのに艶めいた目と長い睫毛が変に色っぽくて、シンジはドキリとしてしまう。
     「あの、リツコさんがこれからシンクロテストしたいって言っててさ、渚くんと連絡つかないから探してこいって言われたんだ」
     「ああ、ごめんね。携帯電話というものにいまだ慣れなくてね。呼んでくれてありがとう碇くん」
     「……うん」
     カヲルは自身のズボンのポケットから携帯を取り出すとピッピッと操作してどこかに電話をかけた。気付かなくてすまない今から行くよと、恐らく相手はリツコさんで、怒る彼女はとても怖いというのにカヲルは軽い謝罪だけをして電話を切った。シンジはカヲルが電話をしてる間、長くて白くて細くて、でも確実に男性の手だと分かる骨の出っ張りがハッキリと表れた彼の手に釘付けになっていた。
     「ふふ、怒られちゃったな」
     怒られたというのに笑う彼の不思議な空気にシンジはぼうとする。少しは気にしたらとか、早く行こうとかかける言葉はいくらでもあるのに何故だか彼から目が離せなかった。
     「どうしたの碇くん」
     話しかけられ、は、とする。まさか男の彼に見惚れていたなんて言えなくて、シンジは染まった頬を隠すように目を逸らし、先に行ってるよとその場から立ち去ろうとするとカヲルに呼び止められる。
     「待ってよ。そんなに慌てなくてもいいんじゃないかな」
     「でも、リツコさん怒ってたでしょ」
     「ああ、怒っていて、とても可愛らしかったな」
     「……渚くんってタラシ?」
     シンジがじとりとした目を向けるとカヲルはくすりと笑って、髪を軽くかきあげるとシンジへと近寄る。じり、じりと寄られ彼はどこまで近寄って来るのだろうと思っていると、キスをしそうな距離で止まった。
     「え、と……」
     「どうだと思う?」
     彼の息遣いが顔をかかり、またそれは自分の息も彼に伝わっているのだと思うと恥ずかしくなりシンジは息を止める。造りものめいた彼の顔がこんな近い距離にあるのなんて暴力を振るわれたみたいに頭が揺さぶられ、白くきめ細かい綺麗な肌の繊維ひとつひとつが視覚情報として飛び込んでくるせいでシンジの脳内を酷く惑わせられた。
     「カヲル」
     「え?」
     「カヲルでいいよ。碇シンジくん」
     そう言ってカヲルはシンジから離れてまたくすりと笑う。シンジはカヲルにからかわれているのが分かったが、実際心臓が痛いぐらいドキドキとしているから少し悔しくて唇を尖らせ、自分も彼に何かできないかと考える。
     「……じゃあ、カヲルくん」
     今度は自分からカヲルへ近付いて、キスする程近寄るのは恥ずかしくてできなかったけれど、中々に近い距離で自分より少し高い背の彼を見上げる。なんだい?とカヲルは猫みたいな口で微笑みシンジの口から出る次の言葉を待っていたので、シンジはカヲルの頭へ手を伸ばし髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜた。
     「わ、」
     カヲルは驚いて声を小さく上げたが、シンジの手を振りほどくことはしなかった。シンジはぐしゃぐしゃになったカヲルの髪を一束ずつ丁寧にすいていくと後ろ髪を少し上にあげ、前髪の一部を横に流した。
     「さっき君が髪をかきあげた時思ったんだ。うん、やっぱり少しあげてセットした方がカッコイイよ」
     ワックスが無いから今はへにょんとすぐに下がってしまうが、ちゃんとセットしたら相当かっこよくなるだろうとシンジは思う。今のざっくばらんに整えられた髪も人間離れしていて良いが、彼がお洒落を覚えたらきっと世界中の女性の誰もが彼を欲しがるだろうと思った。
     「君がそう言うなら、そうしようかな」
     カヲルはまた笑ってぐしゃぐしゃになった髪を愛おしそうに触れ、その表情があまりに狡くてシンジはまたドキリとしてしまう。君がそう言うならなんて口説き文句、カヲルみたいな美人に言われたら男でもときめいてしまう。ドキドキとする心臓を抑え、シンジはカヲルに声をかける。
     「ほら、もう行こうよ。また怒られちゃう」
     「うん」
     カヲルは返事をするとシンジの手を握って先に歩き出す。あまりに強引な動きにシンジはこの手は何とは聞けず、半ば引き摺られるようにシンジも足を踏み出した。あまりに自然な動きで握られた右手に引っ張られながら、うるさく鳴り響く心臓をなんとか抑えようと必死になってそのまま2人でリツコのいるところに向かう。ケイジの扉を開けるとリツコからあら2人ともいつの間にそんなに仲良くなったのかしらと揶揄うように言われ、シンジは顔を真っ赤にしなんでもないよとカヲルの手を急いで振りほどいた。その時のカヲルの顔がなんだか寂しそうで、シンジの記憶にいつまでも残った。
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