大嫌いな男と息子の関係を知った母親の話おそらく、柄にもなく浮かれていたのだ。
昨晩の敗因を、彼女はそう分析した。雨音が強い。まるで責め立てるような勢いに、ソファへ腰を沈めたリビングから陰鬱としてただ眺めた。
彼女は躑躅森盧笙の母親である。だがその縁を、昨晩完全に手放してしまった。
『芸人になる』
厳しく育ててきたはずの長男による、青天の霹靂の反発。そこを起因とした亀裂は決定的な大きさで彼女の前に立ち塞がっていた。ひとり暮らしで盧笙が家を出て行ってからはさらに広がる一方で、ついぞ縮まることはない。
定期的にかかってくる業務連絡のような電話だけが、かろうじて残された繋がりだった。元気にしている。芸人として頑張っている。芸人はやめる。教師になった。健勝であることも重要な出来事もすべて等しく声だけで知らされた。盧笙は帰っては来なかった。ただの一度も。彼女もまた帰って来いとは言わなかった。おそらく双方意地があったのだと思う。自分を曲げたくない、相手を認めたくないが故の意地。もっとも息子に自分と同等の意志の強さがあることを、彼女は離れてみて初めて知ったのだが。
15276