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    suretigailo

    @suretigailo
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    suretigailo

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    ✨✨👨‍🏫✨✨💕🎉お誕生日おめでとう🎂💕✨
    #ささろ版ロショ誕生祭2022
    というわけでくらえ!
    推しを想いすぎて迷走した小説、まさかの母親視点!!
    <誰が読むんだよ
    ギャアアアア!

    いつにも増して自己満足強め&口調や母親との関係に関する捏造オンパレード&大..阪..弁の敬語ワカリマセン
    3/6完結しました。

    大嫌いな男と息子の関係を知った母親の話おそらく、柄にもなく浮かれていたのだ。
    昨晩の敗因を、彼女はそう分析した。雨音が強い。まるで責め立てるような勢いに、ソファへ腰を沈めたリビングから陰鬱としてただ眺めた。
    彼女は躑躅森盧笙の母親である。だがその縁を、昨晩完全に手放してしまった。

    『芸人になる』
    厳しく育ててきたはずの長男による、青天の霹靂の反発。そこを起因とした亀裂は決定的な大きさで彼女の前に立ち塞がっていた。ひとり暮らしで盧笙が家を出て行ってからはさらに広がる一方で、ついぞ縮まることはない。
    定期的にかかってくる業務連絡のような電話だけが、かろうじて残された繋がりだった。元気にしている。芸人として頑張っている。芸人はやめる。教師になった。健勝であることも重要な出来事もすべて等しく声だけで知らされた。盧笙は帰っては来なかった。ただの一度も。彼女もまた帰って来いとは言わなかった。おそらく双方意地があったのだと思う。自分を曲げたくない、相手を認めたくないが故の意地。もっとも息子に自分と同等の意志の強さがあることを、彼女は離れてみて初めて知ったのだが。
    ディビジョンバトルとかいうふざけた催しの、駅前の宣伝ポスターで顔を久しぶりに見たときは、馬鹿馬鹿しくて逆に笑ってしまった。私のいないところで、随分と楽しそうだこと。近所の人から教えられたときの虚しさは、当人にはとても理解が及ばないに違いない。
    そんな息子の、突然の帰省だった。近いうちに家に寄るとは連絡を受けていた。だがどうせ来ないと思っていた。そんなふうにへそを曲げて過ごしていたものだから、インターホンに映っていた顔を見たときの動転といったらない。なんとか体裁を整えたけれど、無駄に表情筋を抑えようとしたせいで随分と顔に力が入ってしまった。いつも以上に仏頂面だったかもしれない。
    表現しようのない思いが胸を去来する。数年ぶりともなれば尚更だった。何を今更とも思うし、やっと会えたとも思った。確かなのはここで対応を間違えれば、関係の修復はおろかまた気も遠くなるような空白が生まれるだろうということだ。そんなのは望んでいない。なればこそ、今くらい歩み寄るべきなのだろう。

    「いい人はおるん」
    夕飯を間に挟んでの、コミュニケーションを図るための単なる話題。踏み込みすぎたかとも思えたが、子を慮る親としてはなんら違和感のあるものではない。大丈夫。な、はず。
    彼女の葛藤など知る由もないだろうが、盧笙はぎこちなくも頷いた。
    「そう。結婚を考えているなら一度家に連れて来なさい。孫の顔も見たいし」
    相手が話題に乗ってきた安堵のせいで口が滑った。結婚、孫。親がうっとおしがられる最強クラスのワードではないだろうか。素知らぬ顔で苦悩する彼女をよそに、盧笙はとりたてて不満を抱きはしなかったようだ。でもどこか緊張した面持ちで、箸を置いた。
    「結婚は考えとるけど、孫は、難しいと思う」
    思わぬ方向に舵が切られた。しかもなかなかに重い。もしかして彼はこの話をしに戻って来たのだろうか。
    「…ご病気か何か?」
    「違う」
    はっきりと口にされた否定が、鼓膜に妙に留まった。自然と彼女も箸を休めて前を見る。そこには静かに背筋を伸ばし、意を決した視線の強さで母親と対峙する息子がいた。
    怖い。なぜか唐突にそう感じた。聞かない方がいいような。
    「男や」
    「…何?」
    「付き合うとるやつ、男やねん」
    一瞬、時間が止まったかのように頭が真っ白になった。笑い飛ばそうとしたのにできなかったのは、彼女を捉える瞳がいっそ腹立たしいくらい澄んでいたからだろう。
    「…面白くないわね」
    「嘘やない、ホンマや。…いつ言おうか、ずっと考えとった。俺はもうあいつ以外は考えられへん。添い遂げようと思うとる」
    まったくこの息子だけは思う通りにならない。久しぶりに顔を見せたと思ったらこんな頭痛の種を植え付けてくるとは。
    詰りたい苛立ちはなんとか抑えた。冗談ならばよかったが、残念ながら本気であることは明白だ。嘘やない、か。そらそうやろ。あなたが嘘がつけないことくらい、私が一番知っている。
    それにしたって随分と極端な物言いをする。孫の話題を出しといてなんだがまだ若いのだから、そう結論を急ぐことはないだろう。
    努めて穏やかに諭そうとした、その刹那。
    ある考えが脳天から心臓を貫き通した。母親としての第六感だったのだろうか。それはあってはならないことだった。最悪の事態を更新する、許されざる存在。
    「あの男やないでしょうね」
    「……」
    「白膠木簓やないやろなって聞いてるの!!」
    張り上げた声に盧笙は目を見張ったけれど、数度の瞬きでその強ばりを解いた。真っ直ぐで真摯な瞳。返事がなくても充分だった。
    そこからはもう罵詈雑言の嵐だった。カッと頭に血が上った状態だったのは間違いないが、当時はその自覚もなくとにかく思いつく限りの否定を口にしていたように思う。男同士で上手くいくわけない、あなたは騙されている、あの男は最低だ。白膠木簓については欠点ともいえないような風評まで論った気がする。
    彼女は白膠木簓が嫌いだった。顕在化した心の内は、塞き止められることもなく濁流のように流れた。
    どれほど一方的にまくし立てていたのだろう。息を切らせて我に返る頃、彼女を捉えていた瞳からはあらゆる感情が抜けていた。あの澄み渡った光すらも。
    透明なガラスみたいに無機質な目は、とても親を見るものではない。
    「勘当や。もう戻ってこなくて結構です」
    向けられているのが失望の色だと気づいたとき、彼女は吐き捨てながら顔を背けた。
    まるで負け犬の遠吠えのようだと思った。



    ピンポーン。
    回想を遮るインターホンが家中に響いた。今この家には自分しかいない。居留守を使おうか迷ったが、あいにくそれを是とできる生き方をしてこなかったのでのろのろと立ち上がる。カメラはスーツ姿の男を映していた。パナマハットを深く被っていて顔は見えない。その上等な出で立ちは浮浪者ではないだろうが、知らぬ男には違いないようだった。
    「…はい」
    『…っ!あっ、こ、こんにちは!』
    「…どなた?」
    『……』
    挙動が落ち着かない。キョロキョロそわそわ、深呼吸。どうやら強い重圧に晒されているようだ。新人の訪問販売だろうか?そうだとすればこれほど無駄な時間はない。ただでさえ心が疲れ果てているのに、余計なことに気を回す余裕などはなかった。
    「何も買う気はありませんから、お引き取り下さい。それじゃ」
    『ま、待ってください!ちゃうんです!』
    慌てた様子の男が帽子に手をかけて、パッと外した。画面越しにやや不鮮明な緑の髪が姿を現す。同時に顕になった双眸に目を見開いて息を飲んだ。知らぬはずはなかった。むしろよくよく知っている。嫌という程顔を映すから、彼女はおいそれとテレビを見ることができない。息子の元相方で、現在のディビジョンバトルのチームメイトで、息子の恋人。
    この世で一番、憎い男。
    何をしに来たんや!!
    怒りに任せて声を荒らげようとして、はたと喉を止める。無理に閉じた口が歯を鳴らした。
    「…今開けます。帽子は被ってください」
    がっかりした。この期に及んでも、彼女は体裁を忘れることができない。


    「ありがとうございます」
    「あなたのためではありません。玄関先で騒がれでもしたら近所のいい噂の的になりますから。…用件はここで聞きます」
    迎え入れるなり彼女は訪問者の顔を確かめることもなく背を向けた。白膠木簓は玄関に一歩踏み入れた場所で留まっている。彼に許せるのはそこまでだった。一秒でも早く消えて欲しい。
    「…突然すみません」
    「本当にそうですね。でも謝罪も結構ですから、さっさと…」
    「お願いします!!」
    突然の大声と、傘の倒れる音、衣擦れ。やにわに騒がしくなった背後につい振り向いたが、その光景を驚きはしなかった。タイルの床は氷のように冷たく固いだろうが、そこに貼り付けた両手も額も、彼女が案ずる必要はない。大罪人には似合いだろう。
    言い聞かせながら振り切るようにまた、目を逸らした。
    「盧笙の勘当、解いたって下さい!必ず近いうちに連絡入れさせます、だから…!」
    しかし耳に飛び込んできたのは予測とは違う訴えだった。てっきり交際に関する話かと思っていたから油断していた。いきなり目の前に自らの罪を突き出されて、体内が一気に熱を持つ。
    「誰の、…誰のせいだと…!」
    怒りで声が震える。言葉を続けなかったのは、ちっぽけなプライドのせいだった。貴方さえいなければ、こんなことにはならなかった。そう主張するのはこの男の価値を全面的に認めるようで癪だった。しかし腹の中でとぐろを巻く激しい感情を我慢できない。威嚇する獣のように喉を唸らせた。怒りか、情けなさか。
    少なくともこの男にだけは指摘されたくなかった。
    「俺のせいやっちゅうことはわかってます。恨まれても当然やと思います。けど盧笙は許したって下さい。俺一人のために大事な家族を失うことない」
    「偉そうにものを言わないでください。これは私とあの子の問題です。あの子も納得しています」
    「そんなことありません!盧笙は…!」
    「さっきから盧笙盧笙と、軽々しく呼ばないでください。不愉快です。…ああ、もう親ではありませんから関係ありませんでしたね。大変失礼しました」
    は、と短い笑いが漏れた。乾ききったそれは湿度の低い冬の空気に同調してよく響く。
    「もう息子から聞いているんでしょう?よかったですね、あの子は私でなくあなたを選びました。結婚でも何でも、好きにしたらええわ」
    腹が立つ、悔しい、憎らしい。世界中の負の感情を練り上げて咀嚼したみたいに腹の底が淀んだ。この泥濘を、言葉を尽くしてぶつけてしまいたい。この上なく口汚く罵ってやりたい。でも彼女を無感動に映したあの目が、切に突きつけられたあの失望が、激情に身を任せることを躊躇わせた。なんと愚かしい。自ら縁を切ったというのに。
    「あなたの下げる頭になんの価値もありません。お帰りください。もう話すことはありません」
    ほとんど走るようにして、彼女はリビングへ逃げた。ソファに飛び込んで顔を押しつける。目頭が熱くなるのを、瞼を強く閉じて堪えた。泣く権利はないからだ。


    『どうしてこんな点数しかとれへんの』
    高い音がつんざいた。遠い昔に聞いた、彼女の母親の声だ。
    彼女の母親はとても厳しかった。当時女性の地位は非常に低く、しかも体罰をよしとする時代だったから、その憂き目に彼女も例に漏れず晒された。言いつけを守らなければ平手で打たれ、淑女に相応しくない行動をとれば容赦なく飯が抜かれた。女には不要だと言われていた勉学にさえ、母親は手を抜かなかった。欠点をひとつでもなくして、少しでもいい男に見初めてもらえ。母親の一貫した主張だった。
    厳格に統制された子供時代。思うところがないとは言わない、それでも今の彼女は母に対して恨みつらみを持ってはいなかった。多くのことを教えられたと感謝しているからではない。
    だって彼女は。


    遠くから雨音が意識を連れ戻し、彼女は目を覚ました。ソファであのまま眠ってしまったらしい。寒気が肌を伝うのでぶるりと身を震わせた。空調を利かせているとはいえまだ2月だ。布団もなしに寝るのは不注意極まりない。壁掛け時計は短針を数字二つ分ほど進めていた。下手したら風邪を引いてしまうだろう。
    一抹の懸念が脳裏を掠め、さっと血の気が引いて跳ね起きた。まさか。
    寝起きで判断力が落ちていたこともあり、足が心のままに動いた。はしたなく床を鳴らして廊下を進み、辿り着いた先で呆然と立ち尽くす。
    果たして白膠木簓はそこにいた。帰れと言ったのに、彼女が去ったときと同じ場所で、足を折りたたんだまま。
    「なんで…」
    彼はゆっくり顔を上げると眉を下げて笑った。心なしか白く血色が悪い。膝の上の両手は寒さをこらえるようにぎゅっと握られていた。
    仕方のないことだ。下旬とはいえまだ二月、冬が完全に去るのはまだ先で、温度を失った無機物は触れた傍からその体温を奪うだろう。
    ずっと同じ体勢でいたのか。凍るような床の上、いくら質がよくても布一枚では寒さを凌げるはずもないのに。
    「話、聞いてもらわなあきませんから」
    「…なぜ、そこまで…」
    「もう失くしたくないんです。何ひとつ、諦めへんて決めたんです」
    「失くすとか諦めるとか、何の話をしているの。さっきも言うたでしょう、あの子が選んだのは貴方や。失うのは」
    失うのは、いつだって私。
    声にならない主張に、彼は鷹揚に首を振った。
    「俺も一度失いました。六年前、解散した日のことは、今でも夢に見ます。どうすれば良かったんやろって」
    「…解散は、あの子の力不足でしょう」
    「ちゃいます。俺が独りよがりやったから。相方を信じられへんかったから」
    痛みを堪えるように強く瞼を瞑る姿を、ただ待つ。理性はわざと遠くに置いた。この静謐な時間が失われるのを、なぜか惜しいと感じていた。
    大嫌いな男の、預かり知らぬ人生。語られるそこに刻まれた辛苦に黙って耳を傾ける。
    「何が悪いかもわからへんまま、随分足掻きました。忘れようとしました。漫才を続けとうて、相方を探しに東都にも行きました。でも結局あいつ以上の奴はおらんかった。ピンで成功してもどこかずっと虚しかった。いつも何か足りなくて、寂しくて。離れてる間もずっと忘れられへんかった」
    漫才コンビのどついたれ本舗の解散を、かつて彼女は大きな驚きとともに確かな安堵をもって受け入れた。これでよかったのだ。だってきっと、息子は帰ってくる。やはり自分は正しかったのだ。いい夢は見られたようだが大成して芸能界で食っていける人間なんて一握り。その中に入ろうなんて、無謀もいいところだったのだ。
    しかし期待に反して息子との距離は離れたまま。息子の人生を狂わせておいて華々しくテレビに残り続ける男を、どうして好きになれるだろう。更には女のための見世物とまで言われるディビジョンバトルにまで巻き込んで、どういうつもりなのか神経を疑うとさえ思った。何より数年のブランクをものともせず隣にあり続ける姿が許せなかった。八つ当たりしていた。羨ましかった。彼女が長く、常に望んでいるものをこの男はあっさりと横から掠めとってしまう。
    そうではなかったのか。むしろその苦悩は、彼女と。
    「振り回して、あがり症なんてもんにさせてもうて、俺も漫才がでけへんくなって、でもどうしても諦めきれませんでした。そんな俺の手を、盧笙…盧笙君は、もう一度掴んでくれました。対等になりたいて、一緒にいたいて言うてくれました。俺も同じや。もう二度と間違わへん」
    ぐっと上向いた双眸がきらりと瞬いて、その勢いに思わず背を引いた。地べたに膝を折るのは相応しくないほど弛みがなく、強い。
    昨日見た光に似ていた。添い遂げたいと人がいると告げた息子の、強情な清らかさに。
    「親を簡単に捨てられるほど、薄情な奴やないです。職業柄いろんな人と接する機会が多いけど、あんなに情の深い人を俺は他に知りません。俺も言われたことがあります、親に対する尊敬と感謝の念は忘れたらあかん、て。建前やない、本気でそう思える奴なんです。平気なわけがないんや。俺は盧笙君のそういう真っ直ぐなところを尊敬しています。曲がったことが嫌いで、融通がきかんくて、自分に厳しくて不器用なところも全部、好きです。愛してます。俺はあいつを構成するすべてを守りたい。親やったら尚更や」
    太鼓のバチで叩かれたみたいな衝撃が胸を鳴らした。果たして自分は、これほどの熱量で息子を見たことがあっただろうか。守ろうとしたことがあっただろうか。将来に不安がないようにしてあげたい、不安のない人生を歩んで欲しい。そう願っていたことは確かだけれど、自分が望むものだけを与え、押しつけていたのではないか。
    彼女が見ていたのは、自分自身だけだったのではないか。
    ずっと疑問だった。この男が得られるものを、どうして自分は得られないのか。彼と自分とで、何が違うのか。
    ようやく、合点がいった。
    勝てるわけがなかったのだ。同じ土俵に立ててすらいない。
    「お願いします。俺に腹を立てるっちゅうことは、情がないわけやないでしょう。俺のことはどう思ってもらってもええです。でも盧笙を、盧笙君を見捨てるのは…」
    「呼び捨てでええわ」
    「…えっ?」
    「名前。呼びづらいんやろ。普段呼んでる通りに呼べばええ」
    肩から抜けた力が足元から出て行った。膝を支えることもできなくなって、その場にすとんと座り込む。立ち上がる気力も残っていない。尖らせていた神経、それも数年分から開放された気分だった。
    その立役者は戸惑いを隠せない様子でこちらを注視している。態度の軟化には気づいているだろうが緊張を解くまでには至らないようで、姿勢を正し礼儀を保つ。健気なことだ。まあそうでなければ、彼女の面目も立たないが。
    「いつから?」
    「はい?」
    「息子のことは、いつから好きだったの」
    「え、ええっ!?」
    寒さと切迫で白くなっていた顔にみるみる朱が差した。相当虚をつかれたらしく細い目を剥いて慌てふためいている。なんや、そんな顔もできるんやな。下がった溜飲が笑みを作らないよう細心の注意を払いながら、気の向くままに口を走らせた。
    「言えへんの?」
    「い、いいえ!……たぶん、コンビ組んどるときから…」
    「じゃあそのときから付き合っとんの」
    「いやそんときは、自分の気持ちに気づいてへんかったから」
    「ほんなら最近?」
    「まあ、そうです…」
    「どっちから告白したん」
    「…お、俺からです…」
    「勇気いったやろな。なんて口説いたん」
    「な、なんて!?えーと、あー、………す、好きやー言うて、お、お前しか考えられへん、って…。…あ、あのう…、これまだ続…」
    「キスはしたの?」
    「キッ……!!??」
    「そらそうよね、結婚まで考えてるて言うてたし。キスもそれ以上もしとるわな」
    「いやっ、あのっ!お義母さん、その辺で!!」
    「まだ『お義母さん』は許してへんわ」
    「アッハイ、スミマセン!!」
    何を構えてたんだろう。彼女の一言一句にうろたえ、必死になる様はどこにでもいる普通の男に見えた。いくら才能に満ち溢れて高級なスーツを纏っていても、なんてことはない。同じ人間なのだ。
    息子が好きで大事で堪らない、ただの人間。

    そのとき、玄関の鍵が遠慮がちに響いた。ドアノブを引かれた途端ドアが拒絶して、その次にもう一度鍵が鳴る。白膠木簓がすぐに帰れるようにと鍵を閉めなかったから、開けるつもりでいた者には困惑させてしまっただろう。
    ゆっくりとドアが開く。外気の流入とともに訪れたのは、昨夜縁切りを告げたはずの息子当人だった。
    彼を追いかけてくるかもしれないとの考えはあったので彼女は割とすんなり受け入れたが、盧笙はそうではないようだった。玄関に座り込んでいる母親にぎょっとして、違和感に導かれるようにすぐに足元を見た。
    そこには正座を崩した状態で微動だにしない男がいた。そういえばこの男、ずっと同じ姿勢でいたのだった。それもたっぷり二時間強。日常的に慣れていなければ普通は耐えられない。
    あ、と思った時には、もう遅かった。
    「大丈夫か簓ァ!」
    目を丸くするほどの大きな声で盧笙が叫んだ。光の速さで跪き、様子のおかしい男の傍に侍る。愛する人を深く心配する心根は我が息子ながら素晴らしいけれども、いかんせん今は空気が読めていないと言わざるを得ない。
    「どうした、何があったんや!」
    「いや大丈夫やねん、ほんまに大丈夫やから、ちょっとそっとしといて…」
    「それのどこが大丈夫やねん!どこや、足か?足が痛いんか!?」
    「ま、待って!ホンマに待って!」
    熱くなると視野が狭くなる性分をいかんなく発揮した盧笙は、彼の心からの懇願をまるっと無視して手を伸ばした。腿の下、顕になったふくらはぎの部分を、指が労りを携え暴威を振るう。
    「ホンマに待…っ、ギャアア!足触んな!」
    「どないしたんやそんな倒れ込んで、座ることもでけへんのか!?母さん何したんや!いくらこいつが嫌いやからって」
    「いやどっちかっちゅうとお前…アー!せやから触るなて…ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!」
    すってんころりん、ひとたまりもないといった悲鳴が上がった。ひとり阿鼻叫喚に転げ回る彼はほうぼうの体で逃げようとしているが、足が使い物にならないので驚異から離れられない。できるのは睨みつけることくらいだ。しかしその眼光すら、涙がうっすら浮かんで迫力に欠ける。
    盧笙は引き下がらない。
    「ほら、はよ見せんかい!」
    「いやもうほんまに無理!近寄らんといて!ひとりにしてくれ!」
    「人ん家の玄関先で何言うてんねん!そんなに抵抗すんねやったら無理やりにでもズボン剥いだるからな!」
    「この上辱めまで!?もう嫌やコイツ、前言撤回やお前は世界一薄情な男や!!俺の献身を返してくれ!!」
    「何の話やコラァ!覚悟せえ!」
    「キャー!誰かー!助けてー!おかあさーん!」
    「……ふふっ」
    ぴたりと騒がしさが消えて、静寂が満ちた。どうしたのだろうかと不思議に思いながらさっきまでもみ合っていた彼らに視線を合わせる。ふたりともとても呆気にとられた顔をしていた。何かありえないものを見たかのような表情に、腹の筋肉が大きく引き攣った。
    「ふ、ふふふふっ、あは、あはははは!」
    「か、母さん…?」
    「あんたらホンマ、アホやなあ!」
    強かに引き絞られる腹部を抱え、体を前に押しやる。肺の中の空気が高らかに唇を割って飛び出した。絶え間なく吐き出し忙しなく吸う。何度繰り返してもまったく治まる気配がない。
    ああそうか、私、笑ってるんや。
    目頭が熱くなり目尻から雫が溢れた。溜め込んだ鬱憤を晴らすかのように、彼女は心ゆくまで涙と笑いに明け暮れた。



    ■■■



    手元のスマートフォンが映す、見慣れた文字の羅列。あとひとつの動作、人差し指を触れるだけなのに、手を緩慢に浮かせたままたっぷりと眺める。決心がつかない。ただ呼吸するだけの時間が流れて、先に痺れを切らしたのはスマートフォンの方だった。スリープの黒い画面が彼女の視界を遮る。出直せと説教を受けた心地で、ため息と同時にテーブルに置いた。
    数刻前から、いや正確には朝目覚めたその時から、この無駄な行為をひたすら繰り返している。太陽は昇り切って下り橙色へと変貌を遂げた。彼女の時間だけがまんじりとして進まない。
    夫はまだ帰って来ない。夕飯の準備も万全、家の中は日頃の行いが祟って隅々まで清潔そのものだ。今ならどんな面倒な些事でも喜んでこなしてみせるのに、いつもより手際よく家事を済ませてしまったせいで何もやることがない。出かけるには遅く、寝るには早い持て余す自由。彼女にすべきことはなかった。たったひとつを除いては。
    ひとまずこの場を離れようと彼女が進行方向に振り仰いだそのとき、引き留めるかのように着信が鳴った。心臓が身体ごと跳ねて鼓動を鳴らす。勢いよく戻した視線の先には先ほど彼女が眺めていた文字があった。近いようで遠い、息子の名前。
    情けないことに現在何よりも緊張を煽る存在でもある。精密機器に拾われる前に、そっと喉を鳴らした。
    「…はい」
    『もしもし、…俺やけど』
    「ああ、はい」
    『今ええか?』
    「そ、そうね、問題ないわ。急いでやることもあらへんし」
    なんたる体たらく。彼女は頭を抱えたくなった。腑抜けた返事の上につまらない嘘までついて。幾度となく反芻していたさっきまでの己の行動を思い出すと、顔に火がつきそうだ。
    『………』
    「………」
    しかも会話が続かない。用意していた話題を持ち出すには度胸が足りず、空白を埋めるには気安さが足りない。このままではまた無為に時間を消費してしまうだろう。
    何をやってるんやろ。たった一分足らずで息子との関わり方を見失ってしまうのは、親としてあまりに不甲斐ない。
    『ええと、…あー、あのときは、なんかごめんな』
    「…あのときって…」
    『ほら、簓が』
    「…ああ」
    そっちか。
    取り沙汰された話題に、彼女はつい渋い顔を晒した。忘れようにも忘れられない強烈な記憶。
    正直、かなり気まずい。だが避けて通れるわけもないだろう。
    『急に押しかけられてびっくりしたやろ。俺も見当違いに母さんを責めてもうたし』
    「…止めへんかったのは事実やし…。その、なんともないの。風邪とか」
    『なんや、気にしてたんか』
    「人として当たり前でしょう。なんかあったら後味悪いわ」
    空調の恩恵が遠い玄関で、石畳の上に二時間正座。子供であれば立派な虐待だ。強制したわけではないとはいえ、さすがに責任を感じていた。
    あの男のことなど心底どうでもいい、どうでもいいが、そう、人として当然なのである。決して心配しているわけではない。
    『今んとこ引いてはないで。寒いとは言うてたけど、銭湯で温まったら治ったみたいやし』
    「足は?痛がってたでしょう」
    『あんときはな。でもどうもあらへんよ。ちゃんと自分で歩いて帰ってたやろ』
    「…わざとやないんよ」
    『わかっとるよ』
    幼い響きのある訴えに、盧笙は宥めるように笑った。
    『あいつが勝手にやったんやろ?ホンマしょうがない奴や。俺はええって言うたのに、人の話聞かんし強引やし。…でも助けられてるのも事実やねんな。俺がこうやって母さんに電話できたのも、簓が背中を押してくれたからや』
    「…そう」
    その自負は彼女にも覚えがある。それも現在進行形で。
    切に訴えかける強かな瞳が脳裏で彼女を射抜いて急かす。わかっとる。借りっぱなしは性にあわない。めいっぱい肺に空気を取り込んで、今度は聞かれることも厭わずに深く息を吐いた。
    借りたものを息子に返した方が、あの男も喜ぶだろうから。
    「盧笙」
    『うん?』
    「お誕生日おめでとう」
    機械の向こう側で息を飲む気配がした。一抹の苛む空気に耐えるように、ぐっと腹に力を入れる。
    伝えるべきを伝えるのは、今を置いて他にない。プライドも建前もすべて捨てるのだ。記念すべき始まりの日に、全てを失ってしまわないように。
    「ごめんなさい。勘当なんて、ほんまは心にもあらへん。あのときは頭に血が上ってて…。でも軽々しく口にしていい単語やなかった。本当に、申し訳なかったと思っとる。…今までのことも」
    彼女は本物の勇気をもって発言していた。今から彼女が口にする内容は、自身の二十余年を否定し、計り知れない罪を認めるものだ。恐ろしさで身が竦みそうになる。しかし逃げたいと望む限りはきっと、彼女は過去の自分から脱却することは叶わないだろう。
    奮い立て。覚悟を決めろ。
    「あなたが私の教育方針に疑問を抱いとることは、ずっと前から気づいとった。夫にも何度か注意を受けとったし、自分で悩むこともあった。厳しすぎるんやないか、勉強以外にも大事なことはあるんやないか、って。あなたが私に直接的訴えたことも、一度や二度やなかったと思う」
    『……』
    「でも結局、私は全部見て見ぬふりをしたんや。全部この子のためや、いつかわかる日が来る、そう言い聞かせとった。…ホンマ、アホやったわ。ただ自分がそう思いたいだけやのに」
    勉強に次ぐ勉強、合間に習い事。隙を埋めるように詰め込んだ膨大なスケジュールは、彼女にとって楽ではなかった。息子に無理を強いていることもわかっていた。家庭の軋轢さえ産む独断。訴えられる切望や募らせる不審を、彼女はいつも受け流した。当時の男尊女卑の問題は女の権利の欠如と同時に、極端に偏った男への重責にもあった。将来に備えるべき知識はいくらでも必要だった。それを過不足なく与えることが親としての自分の責務だと、頑なに信じていた。
    息子が可愛くないわけがない。なぜ甘やかすだけでは駄目なのか。突き放すのではなく、抱きしめて柔らかく言葉をかけてあげることの、何が悪いのか。しかしあえて鬼になった。これが愛だと疑わなかった。すべて息子の将来を明るいものにするため、苦労をさせないため。
    だがそれが本当に本人を思ってのことだったのかという問いは、先日完全に否定された。他ならぬ、憎きあの男に。
    なんて馬鹿なんだろう。だがここで口を噤めば生にすら無価値だ。
    「ごめんなさい。結局私は、自分が望むことをあなたにさせただけやった。あなたが苦しむ姿を見たくない、そう願う自分のためにあなたを利用しただけ。あなたの意思なんて一度も振り返らへんかった。今は、後悔しとる」
    盧笙は一言も口を挟まなかった。画面は耳元に当てていたから、途中で聞くに耐えず通話を切られていたとしても気づかなかっただろう。だがそうならないことはわかっていた。彼は聞いてくれるだろう。どれだけ彼女が罪深くあろうとも。
    「私も母に厳しい教育を受けとった。それを当たり前やと思ってたのもあるけど…やめておきます、言い訳やろうから」
    『…母さんも、結構きつかったん?』
    「…まあ、そうね。叩かれたり外に出されたりは当たり前やったし…。でも不思議と腹は立ってへんの。洗脳されてんのかもしれへんけど、それだけやなくて、何より…」
    何も彼女は自分がされて嫌だったことを息子に押し付けたわけではない。己の母親に思うところがないわけではない。しかし恨んではいなかった。だって彼女は。
    「…私は、幸せになれたから」
    『…!』
    「厳しい母親に耐えた先で夫に出会って、結婚して、…あなたを産むことができたから」
    順風満帆とは言えなくとも、それでも彼女は幸せだった。平凡だが確かなそれを手に入れて、母は正しかったと思い込んだ。
    『母さん、幸せやったんや』
    「それは、そうやろ。子を持って不幸やと嘆く親やと思われても仕方ないけど…」
    『ちゃうねん、そんなん初めて聞いたから。難しい顔ばかり見てたから、俺が不幸にさせてるんやないかって、ずっと気がかりやった』
    「…ごめんなさい」
    『謝らんといてくれ。母さん俺な、今日電話したのは母さんに、ありがとうって言おうと思たからなんや』
    「…今生の別れってこと?」
    『なんでやねん。今日は俺の誕生日やろ。てことはつまり、母さんが俺のために頑張ってくれた日やんか。感謝しても何もおかしないやろ』
    心臓が震えた。はっとして顔を上げる。誰もいない。でも確かに微笑む顔が見えた気がした。
    『母さん、俺怒ってへんよ。こないだのは単なる親子喧嘩やろ。子供の頃だって、母さんが俺に教えてくれたんは勉強だけやなかったで。人には思いやりをもって接しろとか、ええことも悪いことも必ず自分に返ってくるとか、正直モンが馬鹿を見る世の中に屈したらあかんとか。全部俺の中に残っとる。それなのに俺は、母さんの気持ち考えもせず勝手ばかりして心配かけて、ほんまにごめん』
    「謝ることやない。あなたの人生や、あなたが望む通りにするべきや」
    『おん、もう謝らへん。その代わり母さんももう謝ったらあかんで。俺も母さんもそんとき正しいと思ったことをした、それでええやろ。おあいこやな』
    どこまでも優しく示される決着に喉がぎゅっと締まった。目頭が熱くなるのをどうにか堪える。
    あんなに情が深い人を、他に知らない。
    あの男が盧笙を評した言葉が過ぎる。本当にその通りだ。かつての想いが胸に蘇った。盧笙を産んだとき、彼女はこの上なく誇らしかった。私は間違いなく世界で一番の偉業を成し遂げたんや。
    いつしか忘れていたその誇りを、彼女は今痛烈に感じていた。
    「ほんま、私の子やないみたいや」
    『なんでや、また勘当か?』
    「褒めとるんよ。あなたみたいな優しい子に育つなんて、ほとんど奇跡やわ」
    『そんなええもんちゃうよ。俺はいっつもひとりで考えて突っ走って周りに迷惑かけてまう。簓との解散も、相談もせんで俺が勝手に決めてもうたし…』
    「解散は自分のせいやって、白膠木さん言うてはったけど」
    『そうなん?またあいつとも話せんといかんなあ』
    「……」
    『……なあ母さん、やっぱり簓は嫌いか?』
    「嫌いや」
    雄弁な沈黙を的確に読み取った問いかけに、これまでの逡巡を払拭するかのようにはっきりと示した。初志貫徹。こればかりは譲れない。
    『…そうか。…でも母さんがいくら反対しても、俺は簓が好きやし、結婚もあいつしか』
    「何を言ってるの、当たり前やろ」
    『え?』
    「結婚するのはあなたなんやから、相手はあなたが選んだ人でないと道理に合わへんやろ。好きでもなんでもない人と結婚なんてそれこそ非合理的です。許しません」
    彼女はそもそも結婚に反対してはいない。白膠木簓との関係に激昂して勘当まで宣言してしまったけれど、別の誰かを強制しようとは思わなかった。もう充分なのだ。押しつけるのも、それで愛しい存在が離れていくのも、もう。
    息子を奪おうとする白膠木簓は嫌いだ。でも肉親ですら舌を巻くあの真摯な想いが正真正銘偽りなしということはわかる。彼は誓うまでもなく、生涯盧笙に誠実でいるだろう。愛してみせるのだろう。嫌いだが、そこだけは信用してもいい。
    そして盧笙もその愛を丸ごと飲み込んでしまうのだろう。ならば彼女に出る幕はない。親として見守り、何かあったときのために帰る場所を守り続ける。許されるのは、それくらいだ。
    『母さんって…』
    「…なんや」
    『変なところで頑固やな』
    「どういう意味や」
    『怒んなや。簓に言われてん、そういうところがそっくりやって。あと母さん、こないだから敬語やめてるやろ?』
    「…ああ…」
    『気を許すと素の喋りが出るとこも一緒やなって言うてた。世界で一番自分に似てる人なんやから、大事にせなあかんでって』
    「……」
    気を許したわけではない。ただ虚勢を張るのが馬鹿馬鹿しくなっただけだ。でもあの男に息子と似ていると言われるのはなんともむず痒く、妙な感慨を覚えた。
    『こないだの帰りな、銭湯の後に飲みに行ってん。母さん、俺らが騒ぐんをアホやアホやって大笑いしたやろ。昔はクスリともせえへんかったし、そんな姿初めて見たからなんや夢見とるみたいで、気がついたらベロベロになるまで飲んどったわ。簓も興奮してたで。笑わせたった!俺らの勝利や!て』
    「なんやのそれ…勝ち負けの話やないやろ」
    『俺らにとっちゃ笑かしたモン勝ちや。特にあいつは』
    「…アホちゃう」
    『そういう奴やねん。めちゃくちゃやけどええ奴や。母さんも、もっと話せばきっと気に入る。ちゃんとたくさん話しよや。俺、母さんがわかってくれるまで待つ。簓も賛成してくれると思う』
    「…いつになるかわからへんよ」
    『かまへん、もう決めた。どれだけ時間がかかっても、俺らはもう離れへんから。だから、大丈夫や』
    「…そう。じゃあ存分にアピールしてもらわんとね、白膠木さんのええところ」
    『…!おん!』
    嬉々として弾み出す声音に思わず肩を竦めて笑った。本当に敵わない。そのすべてを聞かなくったって結末はほぼ決まっている。彼らの関係に対する疑心などとっくに薄く、消えかけているのだから。
    嫌い嫌いばかりでは芸がない。彼女も心を傾けてみようと思った。息子が好きなものを好きになる、そういう努力に。

    じんわりと誓いを胸に抱える間にも、盧笙の簓アピールはすでに始まったようだった。実に楽しげに語られるそれに、微笑を湛えながら傾聴する。
    『簓は昔から発想がちゃうかってん。あいつのネタはいつも完璧な上に新しかったし、今もそういう突飛なとこは全然衰えてへんねん。久しぶりに会うたときもほんまありえへんかったで!家に帰ったらあいつがおってな』
    「はい?」
    しかし微笑ましく受け止めるのも束の間、なにやら雲行き怪しい単語が混じる。今なんと言った?
    『何してんねん!て聞いたら合鍵ジャラーっと何本も見せてきてな。ほんま難儀なやっちゃで。ほんで』
    「…ちょっと待ちなさい、…合鍵?何本も?」
    『おん。昔勝手に作ったとか言うてた…』
    「勝手に!?」
    がつん。
    落ち着きを見せていた天秤が有罪の方へ勢いよく傾いた。
    「数年ぶりにあった他人の家に、付き合ってもいない男が、勝手に作った合鍵で勝手に入ったですって?」
    『や、他人ちゅうても元相方やし…』
    「他人には違いないでしょう。親しき仲にも礼儀ありです。しかも無断で合鍵を複製するなんてどういうことですか?あなたもまさか、難儀な奴、で済ませてないでしょうね」
    『…あ、あの、母さん。敬語戻っとるで…』
    「どうでもええわ」
    あの男ついに尻尾を出しよった。美しく見えた愛情の裏に、とんでもない執着を隠し持っているではないか。
    盧笙にも危機感がなさ過ぎる。彼女はとりあえず先程の誓いを横に置いた。説いておかねばならないことがあるようだ。
    「今度必ず、必ずもう一度白膠木さんを連れてきなさい。お話があります。ちゃんと日時は連絡するんですよ。こちらにも準備がありますから」
    『いやー、どうやろ?あいつ忙しいし難しいんとちゃうかな…』
    「逃げたらあかんよ」
    『はい…』
    ぴしゃりと告げた言葉。しかしその口元は早々に緩んでいた。ほんま、しょうがない子たちや。まだまだ目が離せへんなあ。
    果たして次に会うときは、彼らはどんな笑いで彼女を絆してくれるのだろうか。怒り心頭と思われた彼女が豪勢な手料理で出迎えたなら、どんな表情を見せるのだろうか。今から楽しみで仕方ない。
    今日は彼女を宝が生まれた日。
    そして彼女の新たな人生が始まった日にもなりそうだった。
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    suretigailo

    DONE✨✨👨‍🏫✨✨💕🎉お誕生日おめでとう🎂💕✨
    #ささろ版ロショ誕生祭2022
    というわけでくらえ!
    推しを想いすぎて迷走した小説、まさかの母親視点!!
    <誰が読むんだよ
    ギャアアアア!

    いつにも増して自己満足強め&口調や母親との関係に関する捏造オンパレード&大..阪..弁の敬語ワカリマセン
    3/6完結しました。
    大嫌いな男と息子の関係を知った母親の話おそらく、柄にもなく浮かれていたのだ。
    昨晩の敗因を、彼女はそう分析した。雨音が強い。まるで責め立てるような勢いに、ソファへ腰を沈めたリビングから陰鬱としてただ眺めた。
    彼女は躑躅森盧笙の母親である。だがその縁を、昨晩完全に手放してしまった。

    『芸人になる』
    厳しく育ててきたはずの長男による、青天の霹靂の反発。そこを起因とした亀裂は決定的な大きさで彼女の前に立ち塞がっていた。ひとり暮らしで盧笙が家を出て行ってからはさらに広がる一方で、ついぞ縮まることはない。
    定期的にかかってくる業務連絡のような電話だけが、かろうじて残された繋がりだった。元気にしている。芸人として頑張っている。芸人はやめる。教師になった。健勝であることも重要な出来事もすべて等しく声だけで知らされた。盧笙は帰っては来なかった。ただの一度も。彼女もまた帰って来いとは言わなかった。おそらく双方意地があったのだと思う。自分を曲げたくない、相手を認めたくないが故の意地。もっとも息子に自分と同等の意志の強さがあることを、彼女は離れてみて初めて知ったのだが。
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    suretigailo

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    昨晩の敗因を、彼女はそう分析した。雨音が強い。まるで責め立てるような勢いに、ソファへ腰を沈めたリビングから陰鬱としてただ眺めた。
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