無題「はぁ…なんとも悪趣味ね、私たちをまたこんな場所に送り込むなんて」
「……」
オレたちは、また東京に来ていた。とはいえ、前のような精神世界での話ではない。微小ながらもカルデアがしっかり観測している特異点だ。
『え、マリーオルタ今『また』って言った? キミ新宿にいなかったよね?』
「…なんでもないわ。それよりも、目的は聖杯の回収ってことでいいのよね?」
「うん。適正が一番あったのがマリーオルタだったからね。よろしくね、マリーオルタ」
人混みの中、そういいながらオレは彼女に手を差し出した。
「…えぇ。今は貴方のいうことを聞いてあげる。差し当たって、その格好は何?」
「あ、これは…なんかみんなに着させられてね…」
そう、今身につけている礼装はカルデアの制服ではない。学生服のような礼装なのだ。
確かにこの礼装であれば彼女との相性はさほど悪くない。だが回復用術式が組み込まれてないため、長期戦にはやや不利と言った欠点も抱えているのも事実だった。
「まぁいいわ。それが貴方たちの意志だというのなら、乗ってあげるわ」
「え?」
「ねぇ、この霊基の服装なら別段目立たないだろうけど、服装を変えてもいいかしら?」
そう聞かれ、オレは迷わずそれを承諾した。ここであのドレスに着替えるということはないだろう。
「ありがとう、じゃあ少しだけ待っててね」
そういうと、彼女はそそくさと人混みの中に消えてしまった。もちろんマリーが消えた訳ではない。仮に消えたとしたら、即座にカルデアの方から通信が入るだろう。それがないということは、本当に彼女が着替えるためにオレの視界から消えただけということだ。
…こうして一人でいると、ふとみんなが消えてしまった事を強く感じる。巌窟王のおかげで、みんなの力を使う事自体はできる。だがそれだけだ。彼にコーヒーを淹れてもらえることはもうないし、多分彼女の新刊を読むこともできない。
いつかは、マリーも──……
そう思いかけたところで、自分の前にどこかで見たことのあるような靴が立ち止まった。
制服のローファーではない。もっとファッションの意味合いが強い靴だった。
「その格好にしたんだね。普通の制服にするのかと思ってたよ」
「あら、優等生の飛羽野さんがよかったかしら?」
普段の彼女からは一切想像できないほどに着崩した格好。ブレザーは袖を通したのみで着ようとはせず、ネクタイもこれでもかというほどに緩ませ、極め付けは胸元がかなり顕になっている。
異様に露出度の高いサーヴァントをほぼ日常的に見ている手前、我ながらどうかと思うが彼女の格好が特段はだけているとは感じなかった。
だが、他でもない一切着崩すイメージがない彼女だからこそ、妙な興奮を覚えた。
「いや、よっぽどじゃなければマリーの好きな服にして大丈夫だよ。それじゃあ行こうか」
座っていたところから立ち上がり、彼女に再び手を差し出した。
「慣れてるのね。女の子の扱いに」
「そ、そう?」
マリーのその言葉に、一瞬自分の動きが止まった気がした。
自分としては本当にその自覚がないのだが、どうやら彼女にはそう見えたらしい。
「けど別に嫌いではないわ。エスコート、よろしくね」
「うん。頑張るね」