♡「添って、四月生まれなんだな」
練牙の言葉に、ああ確か『叢雲添』はそういう設定にしたんだっけかと思いながらそうですよ~と気の抜けた返事をする。
主任へ提出したプロフィール帳は割と皆が見られる場所に置いてあるから───個人情報どうなってんだと思わなくもないが、まぁ添は知られたところで差し支えのないことしか書いていないので詮無きことなのだが───それを見たのだろう。
「お、オレ……友だちの誕生日祝うのってしたことないから、来年の四月はお祝い、するな!」
へぇ、したことないんだ“最初のお友達“にも。という言葉を飲み込んで、四月だと中々祝ってもらうことないですからねと笑みを作る。しまった、ここは会話を繋げるところではなかったかもしれない。最近、彼と話すと調子が狂う。
「そうなのか?」
「そうですよ~JPNは学校四月始まりですからね。しかも四日って春休みなんで、当日学校でっていうのは無いですね」
そっかぁ、と心底納得した声音で頷く。何を勝手に考えているのか分からないし、分かりたくもないがろくな事でないことはわかる。
「添はたくさん友だちいるから祝われるの慣れてるのかと思ってた」
嫌味なくらい真っ直ぐな言葉だ、あんたの思う友だちってどのくらいきれいで尊いものなんですかと問いただしたくもなってしまうくらいに。
「何か欲しいものあるか?」
まだ『叢雲添』の誕生日まで半年以上あるのに今から用意するつもりなのだろうか、リクエストを聞いてくる練牙におもわず苦笑する。
「これと言って思い浮かびませんけどねぇ、強いて言うなら……内定?」
「あ、そ、そうだよな……! うーん、西園家もこれ以上人は雇えないし……」
慌てた様子で取り乱すのは見ていて面白いが些か苛つくのも確かだった。ただ、このいらつきがどういう感情から起因しているものか、分からない。───分かりたくないだけかもしれないが。
「あは、冗談ですって。そうだなぁ、日本酒なら嬉しいですね」
「わ、分かった! 日本酒だな! あ、添は甘いのが好きって言ってたよな」
「え~覚えていてくれたんですか練牙さん」
「あ、当たり前だろ! 友だちなんだから……」
頬を染めて得意満面にうんうんと首を縦に振る練牙に、『叢雲添』はそうですよ、と口に出すことはなく違う自分が答えていた。
「でも、辛口? の日本酒も部屋にあったよな。添はなんでものめてすごいな! 夜鷹さんにも相談してみる」
「……オレは練牙さんが選んだお酒が欲しいなぁ~。なんてね」
ほぼ反射的に返してしまったから、深い意味は無い。独占欲だとか嫉妬だとか、そういう類のものでは無いはずだ。そんなことに気付く素振りすら見せず練牙は、オレが選ぶと意気込んでいた。
「添が好きそうなの、がんばって選ぶから楽しみにしててくれ」
「ありがとうございます~」
そう言うと昼前から仕事があると言っていた練牙は、ダイニングチェアから立ち上がる。
行ってらっしゃいと適当に手を振って見送ると、入れ違いに雪風がやって来た。
「添、来月の練牙の誕生日のことなんだが……可不可の誕生日と同じように撮影した写真に俺達からメッセージを書くそうだ。まだ撮影もしていないらしいが、きっと練牙は添がメインに書いてくれたら喜ぶと思う」
あの野良犬、自分の誕生日のことはすっかり忘れていそうだ。かく言う添も今の今まで忘れていたが、確かにシゴトを受けた時、そんな情報もちらりと目にした記憶がある。
「オレですか~? 礼光さんはまぁ確かにやりそうにないかもですけど、オレよりも社長や雪風さんの方がいいと思いますよ」
「可愛い弟が喜ぶことをしたいんだ」
可不可へのメッセージに風邪引いた時に見る夢のような似顔絵と可愛い弟だのなんだの書いてあったことを思い出す。二回やったら確実に全員へ同じことをするのは目に見えている。それはそれで厄介というか面倒くさいかも知れない。
「う~ん、まぁ前向きに検討しま~す。じゃ、オレも私用があるんで行ってきます」
「あ、待て添」
逃げるが勝ちだと思ったが現役アスリートの瞬発力は伊達ではなかった。手首を掴まれ、何かを持たされる。いや、何かというか―――弁当だ。
「兄特製お弁当だ、持っていけ」
親指を立てて頷く雪風に半ば呆れながら、これを断るのは不可能だと知っているので素直に受け取った。
「メッセージの件、きちんと考えてくれ」
続く言葉にはぁい、と気の抜けた返事をしてどうやって面倒くさいことから逃げられるか思考する。そして、『叢雲添』の誕生日に添の写真をデコりたがる練牙を想像してしまう。
想像する未来に当然の如く、練牙を存在させてしまった自分自身に呆れつつ、まぁ気が向いたら書いてもいいか、とぼんやり考えた。