オレの手を取って欲しい黒百合としての呪いが強すぎた為に幼い頃に両親を亡くし、ずっと一人で生きてきた。
それはこれからもずっと続くと思っていた。
「それでは寂しいだろう?」
そう言って僕に手を差し伸べてきた白百合の彼がこんなにも大事な相手になるだなんて思ってもみなかったんだ。
◇
司と類の出会いは偶然だった。
(…ああもう、最悪だ。やはり外に出るべきでは無かった。)
類はズルズルと日陰にしゃがみこみ、顔を膝に埋める。
(頭が痛い。吐きそうだ。恐らくこれは熱中症だ。)
普段は家に引きこもっている、正確には引きこまらざるを得ない為、外へ出ることは無い。
では何故類が外へ出ているのかと言うと、理由は一つ。
自分と同じくらいに呪いが強い6人の内の一人が直接じゃないと困る至急の用があったから。
用事自体は終わった為、あとは帰るだけなのだが、その帰り道でこの有り様。
(どうしようか。連絡してまふゆくんか彰人くんに助けて貰うか。雫くんと穂波くん、ミクくんにルカさんは僕を支えられないだろうし…。けれど、その帰り道で彼らに何かあったら申し訳ない。僕が熱中症になるくらいなのだから。)
「どうしたんだ?体調が悪いのか?」
まさか類に話し掛けてくる物好きが居るとは思わず類は目を丸くした。
実際、呪いが強いとされる類を含む7人は顔を国で知られている。その為、実際通常の白百合も黒百合も類を避けていた。
勿論その際に悪意のある言葉も投げられながら。
幼い時から耳にタコが出来る程に言われ馴れている為に傷つくことなどありはしないが。
顔を上げた際に目に入った相手の顔は知っている。
「…きみ、は、」
(確か、国で浄化の力が強いとされる6人の一人。名前は確か、天馬司と言ったか。)
「顔色がとてつもなく悪いじゃないか!?病院へ!」
類に手を差し出してきた司の手を弾く。
「結構だよ。」
きっぱりと言いきり、ふらりと立ち上がる。
壁に手を付き引きずるように身体を動かしたが、またズルズルとその場にしゃがみこんでしまう。
(…ああ、不味いな吐きそうだ。)
「吐きそうなのか!?」
思わず口を押さえた類に駆け寄ってきた司は辺りを見回して少し待っていろと類に声を掛けた。
類は自分に構うなど物好きにも程があると思ったが、実際体調が悪く動けず、その場に蹲る。
直ぐに戻ってきた司の手には袋と水があった。
「これに吐け。」
袋を差し出して来たが吐けと言われて吐ける訳もなく、えずいてしまう。
「すまん。」
一言司が謝って来たと思ったら司は類の喉に指を差し込み腹を押さえる。
結果、袋に吐いた類によく吐けたなと司は褒めて来て、水を差し出した。
だが受け取ろうとしない類に焦れたらしい司は一言謝り強制的にペットボトルの口を類に当て、水を飲ませた。
「げほっ!っ!何なんだい!?」
「お前が飲もうとしないからだろう。」
きぱりと言いきる司に類はぐっと詰まる。
「先程より顔色は良くなったが、まだ悪いな。」
家まで送ってやろうと類の腕を肩に回した司に類はさらにぎょっと目を見張る。
「いや、遠慮するよ!!」
普段出さないような大声を出す。いい加減視線が痛いのだ。
呪いが強すぎて他の百合が避けるような黒百合である類にここまで構ってくる他の百合の羨望の的で穢れを知らない高貴な白百合の司。悪目立ちにも程がある。
「お前、呪いが強い7人の一人。神代類だろう?そうやって抵抗すればする程目立つが?」
ぼそっと囁かれた言葉に類はぎょっとする。
それを分かっていて何故、この司と言う男は類に構うのか。
「お前は病人だろうが。大人しくしておけ。」
司の言葉は尤もで類はぐっと詰まる。
それとも横抱きで運ばれたいのか?と言う司に脅迫ではないかと類は顔を見る。
「…ぐ、分かったよ。今回は君に助けられてあげるよ。だが、君に貸しを作るのは癪だ。だから、君の願いを一つ聞こう。」
「いいだろう。交渉成立だ。」
これが司と類の出会いだ。
その後、家まで送り届けられた類は不本意ながらも司に礼を言い、それで願いは?と問い掛ければ。
「…そうだな。」
顎に手を当て、少し考え込んだ司はパッと顔を上げた。
「良ければオレと友人になってくれないか?」
その言葉に類は目を丸くする。
「いや、君、正気かい?」
「正気だとも。」
思わずドン引きしたような顔になった類に司は真面目な顔で返す。
「いや、君になんのメリットもないだろう、それは。」
「いや、メリットはあるぞ。新しい友人が出来ることは喜ばしいことだろう?それに…。」
お前の事が知りたいんだ。と司は微笑む。
「お前は随分と寂しい目をしていて個人的に気になるんだ。」
「…いや、本当に君に何のメリットがあるんだい?」
「だからメリットはあると言っている。」
食い下がろうとしない司にはぁと類はため息をつく。
「…約束を反故にするのは本意ではないから、友人にはなってあげてもいい。ただ、むやみやたらと話掛けないで欲しい。」
「ん?それだと友人になった意味がないだろう。オレはお前を知りたい。話さんと何も分からんだろう。」
司の真っ直ぐな言葉に類はまたため息。
「…君と深入りしたくないのだと理解してくれないかい?」
手を上げて肩を竦めた類に司は一瞬不満げな顔をした。
「それでは寂しいだろう?」
だが、直ぐに歯を見せてニカッと言った効果音が似合いそうな笑顔で手を差し出してきた。
それに何とも複雑な顔をした類だったが、司はそんな類の手を取って握り、上下に振った。
「ではよろしく頼む、類。オレは司と呼んでくれ。」
「…気が向いたらね。」
類は心底面倒臭そうな顔をしたのだった。
◇
深入りしたくないと言ったのに司はこの日から事あるごとに類に構ってくるようになった。
一週間に一度は類の家に訪れ、類本人はほぼ家から出ないが、用事があり出た際は見掛けたら話し掛けてくる。
「君は暇なのかい?」
「暇ではないが、類の事をもっと知りたいんだ。そしてちゃんと友達になりたいと思っている。」
「…勝手にしなよ。」
何回目かの時にそう言えば司はきっぱりと言いきり、類はため息をつく。
(本当に彼はしつこい男だ。)
だが、このせいで他の百合からの悪口が多くなったのも事実で、彰人に付きまとわれてんじゃねぇんスか、類さん。やまふゆに迷惑だと思っているなら類も行動に移したら?と心配される始末。
「僕は避けているんだけどね。」
はぁとため息をついた類にミクやルカに私とボクがミクと話して来ようかと言われて、手を煩わせるのも悪くて断った。
「…けれど類くん、少しだけ目が寂しくなくなっているわ。」
「…類さん、わたしたちの中ではミクくんとルカさんに次いで呪いが強いから、司さんの事が嬉しいと思っている気がします。」
司さん確か、白百合の中でミクちゃんに次いで次に力、強かったですよね、確か。と顎に手を当てて空を見た穂波に雫も頷く。
「ああ、それはボクも思ったよ。類は司に会う前はもっと寂しそうな目をしていたから。」
「類の身の上なら仕方ないのだけどね。」
目を細めるミクと苦笑するルカに類は目を丸くした。
「その顔、まさか気付いてなかったのかな。」
クスクスと笑うミクに類はこれは不味いと額に手を当てる。
「全く気付いていなかったけれど、多分僕は嬉しいと思っているのかも知れない。だからこそ僕は彼から離れなくては…。」
「類…。」
心配そうなルカに大丈夫だよと類は笑った。
◇
司から離れる為には司ときっちりと話をしなくてはならない。
多分、彼は食い下がるだろうが、それでも納得して貰わなければ。
そして話そうと初めて自分から司に会いに行った類は有ることも自覚する。
(ああ、居た。)
話し掛けようとした類は司に駆け寄ってきた白百合と黒百合たちを見る。
親しげに談笑する司を見た瞬間、心臓が痛んだ。
「…ああ、そうか。」
話し掛けるのを辞めて、踵を返した。
(やはり彼は僕に構うよりあちら側の方が似合っている。)
「…けど、この気持ちは理解したくなかったな。」
思わずその場に座り込む。
酷く痛む胸に苦笑が漏れた。
「…類?」
類の気配を感じた司は振り返る。
だが、類の姿は何処にもなく、司は辺りを見回した。
ざわつく胸に嫌な予感を覚えた司は自分を囲んでいた百合たちに断りを入れて、その場から離れる。
その足で類の家へ訪れた司は類の家の扉をノックする。
出てこない類に焦りは募っていく。
(類、何処へ行ったんだ。顔が見たい。)
「ああ、君か。」
司が来た方とは別の方から類が戻ってきた。
類の姿を見た瞬間、司は安堵する。
「入ったら?お茶くらい入れてあげるよ。」
初めて類から進んで迎え入れてくれて、司は目を丸くした。
「入らないのかい?」
「あ、いや、邪魔しよう。」
改めて類の家に入った司に適当に座っておくれと案内した類に従い、ダイニングテーブルの椅子に座った司の前に紅茶とミルクとレモン。そして砂糖が置かれる。
「どうぞ。」
「ああ、感謝する。」
いいえと返した類が司の向かいに座る。
こんなこと今まで訪れた中で始めてで司は内心戸惑っていた。
「それで、今日は何の用だい?」
淡々としているが、司の用事を訊ねてくる類に目を丸くする。
最初に友人になってくれと司が頼み、深入りしたくないときっぱり言いきった通りに類は司に干渉してこなかった。
一方的に司が類に構っていた筈なのだが、それがまた嫌な予感を助長させる。
「…あ、いや。」
衝動的な物で類に会いに来た為に特に用事など無い。
「…単にオレが類に会いたくなっただけなんだ。」
「そう。」
素直に理由を言った司だったが、興味がないと言う風に返される。だが帰れとは言わない。何時もの類なら用が終わったなら、もしくは用がないなら帰ってくれと言われ追い返される。
それにまた更に嫌な予感が胸を覆った。
何故、今日の類は司を追い返さないのか。
「毎度思うけれど、君はどうして僕に構うんだい?君にメリットはないだろう?」
「それは…。」
最初は純粋に寂しい目をしていた類が気になったから。
今は違う。司が類と接する上で類を好きになったから、友人を越えた感情で。
だから、会いたいし構いたいのだ、類に。
だが、これを言えばきっと類は自分の前から姿を消すと言う確信があり、司は口に出せない。
「前も言ったがオレが類を知りたいからだ。」
「…そう。ならそろそろ良くないかい?僕の事は知れただろう?君とちゃんとした友人になるつもりもなく、君に興味もない。僕は一人で大丈夫だよ。一人でも生きていける。だから、もう僕に構わなくても大丈夫だ。」
そして類は初めて司に微笑み掛けた。
「さようなら、司くん。」
「なっ…。」
初めてきちんと名前を呼ばれ、一線を引かれた事に気付く。
これ以上、司は類に踏み込めない。踏み込ませて貰えない。
そしてここでそれを受け入れて司が引き下がれば、類は姿を消すことを何故か理解出来た。
自身の気持ちを伝えても類は姿を消すと理解していた。だから言わなかった。
だが何も伝えずに二度と会えなくなる。それはもっと嫌だ。嫌なんだと司は椅子から立ち上がった。
一線は見える、類の濃い呪いで隔たれている。
そこを通れば、司も只じゃ済まない、幾ら自分が浄化の力が強くても。そして浄化の力を使いつつ類に近づいても、類はきっと自分に永遠に心を許してくれないだろう。それならば司がやるべき事は一つ。
ぐっと類に近づく、類の呪いが司の頬を切った。
「…なっ!?」
類が目を丸くした。
司は類が隔てた一線を更に踏み越えようとする。
浄化の力で自分の身を守ろうともせずに。
「君、死にたいのかい!?」
「…いや。死にたくはない。だが、」
司の服が切れ、肌も共に切れる。
あちらこちらと傷ついている筈なのに、司は類の作った一線を踏み越えてきた。
司の髪をまとめていたリボンが切れて、そして。
「君、馬鹿だろう!?」
青ざめた類の前に司は傷だらけで立ち、微笑んだ。そのまま類を抱き締める。
「…馬鹿で結構だ。だがこうしないと二度と類に会えなくなると思った。」
すまん。お前が知りたいと言ったが、あれは嘘だ。
耳元で司は囁く。
「…オレがお前を好きだから。類の事が恋愛感情で好きだから、だから類に会いたいし構いたいんだ。最初は本当に類の目が気になったから友人になりたかった。だが類と接する内にオレは類本人を好きになっていったんだ。」
類を抱き締める腕に力がこもったことを類は気付いた。
「…これを伝えたら、類はオレの前から姿を消すと思っていた。だが、それ以上に伝えずに姿を消されることの方がオレは嫌だった。」
司の真っ直ぐな言葉は類の胸に届く。
「…類が強いのも、一人で生きていける事も分かっているとも。だが、それはやはり寂しい。類が本当は寂しがり屋な事は分かっている。気付いているか?お前はオレが構うと少しだけ嬉しそうだったんだぞ。口ではああ言っていたが。」
ミクたちにも言われたが司にも気付かれていたらしい。
気付いていなかったのは類本人だけ。じわりと頬が熱くなる。ついで目頭も。
「類は力も強いから、強くなくてはならなかった。それで今まで生きてきている類は誰より格好いいとも。だがその隣をどうかオレに歩かせてはくれないか?オレはお前の釣り合うくらいに浄化の力は強いぞ。誰も傷つけなくて済む。類は優しいから、人を傷つけたくないのだろう?」
どうしてこの司と言う男は類をこうも簡単に暴くのだろう。
「…っ、君のせいで僕は弱くなった。」
ボロっと涙がこぼれ落ちていく。
「どうして、君はそう簡単に僕を暴くんだい…。」
「それはオレがお前を好きだからだろうな。」
抱き締めていた腕を解き、類の顔を両手で包み込んで微笑んだ司はこぼれ落ちる涙を唇で掬いとる。
そのまま米神にキスを落とした司が今一度類の顔を覗き込み微笑む。
「どうだろうか。オレはかなり優良物件だと思うが?」
「…っ、」
既に類の言葉を分かっている様子の司に類は少しだけ悔しくなる。
このまま素直に好意を返すのは癪で口に出せない。
それすらも司は分かっているらしくまた口を開く。
「…なあ類。まだ言いたくないならそれでいい。だが、オレの前から何も言わずに消えようとするな。あと改めてきちんとオレと友人になってくれないか?」
苦笑気味の司の言葉。
けれど、友人と言うのは嫌で類はとんと司の肩に額を当てて呟く。
「…友人は嫌だ。だって、」
僕も君が好きだから。だから離れようとしたし、一線を引いたんだから…。と司の服を軽く握った類に司は目を細める。
「…そうか。なら。」
司が類の顔を上げさせる。
顔は赤く、少しだけ拗ねているような表情を浮かべている類の頬に手を触れさせて、司はリップ音を立てて口付ける。パッと離れて鼻が触れ合う程の距離で口を開いた。
「これから改めてよろしくな、類。」
「……うん、よろしく。司くん。傷つけてごめんね。」
眉を下げて申し訳なさそうに頷いた類に司は名誉の負傷だろう?と微笑み、今一度類を抱き締めたのだった。