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    L41thea

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    L41thea

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    なんかずっとこねくり回してたけどいつまで経っても完成しなくて腐ってしまったtomd催眠ものの冒頭。
    一応続き書いてるけど、よく分からなくなったので上げないかも。

     透は、一枚の絵を見つめていた。

    「なんか別人みたい。樋口」

     普段通りの部屋の丸テーブルの上には、透が普段読まないようなジャンルの雑誌。その中の一ページを飾っていたのは、円香のグラビア写真だった。

    「今すぐ捨てて」

    「えー」

     円香は露骨に眉を顰める。透に「見せたいものがある」と言われて部屋まで来たら、自身の水着姿が一面を彩るページが目に入ったのだから当然だ。透はどうやら、事務所に来ていた献本をかっぱらってきたらしい。
     そのグラビアの撮影自体は滞りなく済んだし、カメラマンのリアクションも悪くなかった。しかし円香は、まるで卒業アルバムを勝手に見られたかのような顔で、対照的にとても楽しそうな透を睨みつけていた。

    「綺麗だよ樋口」

    「……はいはい」

     円香は喉から出掛かった言葉を飲み込む。透はこうだ。いつだって。恥ずかしいセリフを素面でいくらでも吐けて、しかもそれがまあまあ様になる。そしてそれがどんな意味を持つかも、あまり考えていない。
     円香は腹いせにプールの授業で透はしょっちゅう下着を忘れていた話を振ってやろうと思ったが、いざ口を開こうとしたその時には当の透は満足して既にグラビアからは興味を失っており、代わりに別のページに釘付けだった。

    「あ、これ。催眠術だって」

    「……」

     そこにあった『誰でもできる! 身近な人への催眠術!』というデカデカと書かれたタイトルを見て、円香は本日何度目かの呆れた顔をする。グラビアで読者を稼ごうとする雑誌なのだから、他にも下世話な記事があってもおかしくないのだろうが、それにしても。
     しかし、そんな円香の思いとは裏腹に、透はニコニコと笑っていた。

    「面白そうじゃない?」

    「は?」

    「だってほら、『相手との仲が良ければ良いほど成功しやすいよ!』って」

    「相性占いの方が千倍マシ」

    「えー」

     円香は透から雑誌をひったくろうとするが、透はその手をスルリと避けて、先のページを頑として見続けていた。
     円香の厄介ごとセンサーが反応する。透が変なことに興味を持ってしまったいつものパターン。こうなると長いし人の話を聞かないしで面倒だ。どれくらい面倒かと言えば、透に献身的な雛菜ですら放置することがあるぐらい。当然、円香も放っておきたかった。
     だが、ここには二人しかいなかった。まともな人間は一人しかいなかった。マトになる人間は一人しかいなかった。

    「ひーぐちっ」

    「嫌」

    「まだ何も言ってないけど」

    「そんなの時間の無駄」

    「分かんないじゃん。やってみなきゃ。それにほら、仲良しだから、私たち」

    「本当に仲が良い間柄なら、仲良し度を測ったりしない」

    「えっ、そうなの?」

    「……」

     余計なことを言ったと円香は押し黙る。反面、透は止まらない。

    「ねー樋口、一回やってダメなら諦めるし。これもあげるし」

    「……これっきりなら」

    「やった!」

     円香は小さくため息をつく。透の一回だけが一回で済んだ試しはないが、グラビア写真を回収できれば円香としてはそれで良かった。
     円香の了承を得た透は、雑誌を片手にテーブルの向かいにいた円香の方へ回り込む。

    「……なに? 五円玉見せるんじゃないの?」

    「え……いや、コレにはこうしろってあるから」

     熱心に雑誌の通りにしようとする透に、円香は「そう」と適当な相槌を打つ。
     円香の頭の中にあった催眠のイメージは五円玉と、傀儡。何らかの執着を持った人物が、無理やり対象を操っていく様。
     透と執着、それは水と油くらい離れた概念。多少意固地になることはあっても、それは一週間も続けば良い方。何か一つに固執するような透を、円香は知らなかった。

     円香に接近した透は、そのまま円香の後ろから抱きつくような姿勢を取った。足は崩して円香の足に沿わせ、右手に持つ雑誌を、円香の肩越しに見つめる。

    「浅倉、暑苦しい……」

    「我慢我慢」

     透はさっそく一行目から実行する。

    『まずは深呼吸をさせること! 相手の警戒心を解いて脱力させよう!』

    「樋口、深呼吸」

    「はぁ?」

    「いいからいいから」

     円香は肩をすくめて、いよいよ透に見せつけるようにわざとらしくため息をついた。今日は一日の累計で新記録狙えそうだ。

    「書いてあるんだって、ほんと。アイスブレイクって技なんだって」

    「……」

    「これ、やんなきゃ返さないよ」

    「……はぁ」

    「はーい。目を閉じてー?」

     憮然とした顔のまま、円香は言われた通りに目を閉じる。それを横目に見た透は、左手を円香のお腹に這わせる。

    「ちょっと」

    「はいはーい。深呼吸できてるか確かめるよー」

     透の「吸って〜、吐いて〜」という声が右耳から聞こえると、円香は諦めて呼吸を整え始めた。
     ボイトレの時と同じ、腹式呼吸。トレーニングに入る前のルーティンをすることで、円香の精神は集中して安定する。

    「いい感じ。私の声が止まっても、樋口はそのままでいてね」

     呼吸がどんどん深くなっていくのを、透は円香のお腹から感じていた。透の声が届いているのかいないのか、落ち着いて深呼吸を続けている円香を見て、透はすかさず次のステップに進んでいく。

    『催眠術は海に沈んでいくイメージで!』

    「樋口はこれから、落ちてく。海に」

    「想像してみて」

    「呼吸が深くなると、体の力が抜けていく。眠たくなった時みたいに、体が重くなっていく」

    「大丈夫。ずっと隣にいるから。ゆっくり落ちていこ」

    「吸って〜。吐いて〜」

     円香は目を閉じて深呼吸をしたまま。しかし心なしか頬の力が抜けて、さっきまでの表情は落ちていた。

    「だんだん、体の下の方から力が抜けていく」

    「足が重くなる。重くなって沈んでいく」

    「もう自分の意思では動かせない。動かそうとも思わない。深呼吸してるだけで気持ちいいんだから、動く必要ないでしょ?」

     円香は動かない。呼吸だけを続けている。

    「肩も一緒。鉛になったみたい。ずぅーんと沈んでいく」

    「余計な事は考えない。頭を空っぽにした分、体がその重みを受けて、落ちていく」

    「心と体が離れて、自分の体を自分の意思では動かせなくなる。でもそれでいい。不安な気持ちを全部体に預けてるから。心は気持ちよさに包まれているから」

     円香の体温は徐々に上がっていた。副交感神経が優位になり、体がお休みモードに入った証拠だ。

    「えっと。次はー」

    『カウントダウンを入れよう! 相手に落ちる準備時間を与えられて効果的!』

    「これからカウントダウンするけど、カウントがゼロになったら、樋口はもっと沈んでいく」

    「体の力がもっと抜けちゃう」

    「私に寄りかからないと座っていられなくなる」

    「いくよ」

    「さーん。にーい。いーち。……ゼロ!」

     他のカウントとは違うキリッとした「ゼロ」の声が響いた瞬間、円香の体は少し震え、その後透の方へズゥンと傾いた。授業中に居眠りをする時のように、透の体を頬杖の代わりにして、心地良さそうにもたれかかっていた。
     思えば、こんなに近くにいる円香はどれくらいぶりだろうか。目を閉じて、透の肩に寄りかかる円香。普段はどちらかと言えば眉間に皺を寄せることが多い円香の穏やかな素顔を見て、透は味を占めた。

    「……ね、樋口。もう一回やろ?」

    「じゅう……きゅう……」

     そうして透は、次は十から一つずつ、ゆっくりと数えていく。円香の深呼吸とシンクロさせながら、今度はより一層ゆっくりと、ゆったりと。

    「はーち……なーな……」

     淡いまどろみ。お風呂でのぼせる手前のような半覚醒。深呼吸を何度も何度も重ねていくうちに、円香は深層意識の海へと落ちていく。そこは自分しかいない。誰かに落とされたような気もするし、手を引っ張ってもらって一緒に落ちた気もするけれど、それはもう関係ない。

    「ろーく、ごーお……よーん……」

     カウントが半分を切ると、海の潮目が変わる。終わりが見えてきて、流れが下へ向かっているのが明確になる。その流れに反発しているのか、ここにきて浮遊感がより強く感じられる。でももう、円香になす術はない。できるのは、大きな流れに揺蕩うことだけ。
     寝てはいないかと心配になって、透が自身の顔を円香の耳元に近づけてカウントすると、円香はくすぐったかったのか反射的に体を動かす。慌てて顔を離すと、円香は安心して透の体にもう一度身を委ねる。それで透はやる気に火がついて、カウントをもっとじっくり溜めることにした。

    「さーーん……にーーぃ、いーーーち………………ゼロッ!」

     カウントが終わると同時に、円香は深海の砂のようにサラサラと蕩けて倒れ込んだ。透の支えがなければ頭をぶつけてしまう勢いだった。
     円香の全体重が乗り、それでもギリギリ重いの一言を喉元で抑えた透は、その幼馴染の無防備な顔を眺める。赤ん坊のように、首を支えられないと今にもあらぬ方向へ落ちてしまいそうな頭。その顔はあまりに安らかで、心の奥底まで一切の不安を持っていないようだった。見ているこちらまで眠くなってくるぐらい、気持ちよさげで、幸せそうだ。

    「円香はもう何も考えられない」

    「今が気持ちよくて幸せだから、考える必要がない。私の命令だけ聞いてれば幸せ」

     プロデューサーへの態度が辛辣なことに幼馴染一同が驚いたくらい、円香は基本的に優しくて根が真面目だ。そしてそれはまさに、プラシーボ効果が効きやすい性格。だからそんな円香が透の催眠術にかかるのは、はっきり言って必然だった。

    「じゃあ、これから私の言うことをよく聞いてて」

    「円香の今の状態は、トランス状態って言うんだって」

    「不安なことは何もない、心だけがぽかぽかしてる不思議な状態」

    「この状態はいつもとは違った特別な状態だから、お互いの呼び名を変えようと思う」

    「いつもの樋口は樋口だけど、今の樋口は円香」

    「円香は、私のことを透って呼ぶ」

    「何も考えなくていいから、私のこと透って呼んでみて。きっとそう呼べばもっと気持ちよさが高まってくる」

    「ね、円香。私の名前、呼んでみて?」

     柔らかな安寧に落ちた円香は、耳元での言葉に言われるがまま口を開く。

    「と、透……」

     それは、とても甘い音色だった。
     呼ばれた透は、一瞬それを認識できなかったように見えたが、確かに円香がそう言ったことを時間をかけて認めると「やった……っ!」と右手で大きくガッツポーズをする。
     これが、透が円香に初めて催眠術をかけた瞬間だった。
     やっていて、悪魔との取引みたいにも思えた。この世のものとは思えない快楽と引き換えに、貴方の魂を頂きます。こんな話にコロッと行ってしまう円香が心配になる。

     ただ雑誌の例文を円香に置き換えただけだが、初めてにしては上手くいったと自負していて、これで円香が「はぁ?」と返してくれれば、もうこんなのはデタラメ扱いするつもりだった。
     ……そもそも、これは本当に成功しているのだろうか——実際には条件が揃いすぎており、透が変なことを言い出さない限りはほぼ確実に成功するレベルだったが——あまりに上手くいきすぎたせいで、透は逆に疑ってしまう。円香が自分をからかっているのではないかと。
     念のため、失敗した時の対処方法の欄も見てみると、『一度で上手くいかなくても、何度も挑戦してみよう! やればやるほど、催眠術は深くかかりやすくなるよ!』と書いてあった。
     文を読んだ透は思わず唾を飲み込む。仮に今は円香が演技してくれているだけだとしても、何度もやっていればいつかかかるかもしれないし、それに何より、今の時点で既にかかっていたとしたら。普段は言ってくれない言葉を口にしている時点で、今でも十分なくらい円香は自分に身を預けてくれているのに、これより更に上があるということ。その意味を理解して、透は体を震わす。

     透は円香に対して不満を感じたことはほぼない。いつも隣にいてくれて、私のことを助けてくれる。だから、個人的に気に入っている自分の名前を呼んでくれないことくらいしか、透の中で円香に対する要望はなかった。そしてそれは今叶った。だから円香に対してこれ以上催眠術をかける必要もない。

     なのに。

    「円香は今の感覚が好き。気持ちいいのが大好き。だから、催眠術にかけられるのを怖がったりはしない。また私の部屋で二人っきりになって、こうやって私に抱きつかれて、円香って囁かれると、円香はすぐこの感覚を思い出せる」

     透は円香の心の海に、錨を深く突き立てていた。円香に透のおまじないが染み渡っていく。あまりに無防備な円香を見て、透は胸がキリッと痛んだ気がした。

    「私がこれからもう一回カウントすると、円香はハッキリと意識を取り戻す。体も動かせるようになる。だけど、心の奥底には今の状態の記憶が残っている。普段は思い出せないけど、今言ったトリガーがあればハッキリと思い出せる。だから心配しないで、一度全部忘れようね」

     そうして透が一から十までカウントアップしてパンと手を叩くと、円香はパチリと目を開けた。まつ毛が長いなーと透は惚ける。

    「浅倉、ちょっと、離れて、暑いから」

     第一声が悪態だったのと、円香の浅倉という発音にどこか懐かしさすら覚えて、透はくすりと笑いながら円香の隣を離れた。

    「樋口、かかってたね。催眠術」

    「……は?」

    「いやだって、気持ちよさそうに寝てたし」

    「……退屈で寝てただけ」

    「ふーん」

     円香にとっては寝ている間の出来事だったらしい。寝ている時に金縛りにあった記憶は残っても、寝言を言っていたことは覚えていない。つまりあれはそういう寝言みたいなもの。これからも単純な命令くらいなら記憶には残らないし、催眠術の終わりにちょっとそれを後押しすれば、いよいよ痕跡は消えてしまう。

    「本、返して」

    「……これ樋口のじゃないし、私が返しとくから」

    「それ、忘れ物の頻度を減らしてから言ってくれる?」

    「あちゃー。一本取られた」

     透は渋々雑誌を渡す。でも、あの時の感覚は覚えた。二人とも。

    「今日はもう帰る」

    「……また来てよ」

    「……いつも来てるでしょ」

     困惑した顔で円香は部屋を出て行った。

    「またね、円香」
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