「オレ、結婚式やってみたい!」
フロイドがそんな事を言い出したのは週末、三人で談話室にいたときのことだった。その時間特に見たい番組もなく、適当につけた恋愛ドラマをBGMに、たわいのない話で盛り上がっていた。確かちょうど、ジェイドが山で見たという珍しい植物のことについて話していた時だった。フロイドが急にテレビの方へ釘付けになったかと思うと、キラキラした表情をしてこちらを向き、言った。
♢
「オレ、結婚式やってみたい!」
フロイドの急な発言に、僕も彼の片割れも固まる。が、さっき彼が食い入るように見つめていた画面を見て納得する。画面上では純白の衣装を身に纏った男女が祝福を受けていた。
「あぁ、陸式の結婚式のことですか。海の文化とは随分と違っていて興味深いのは分かりますが…」
そう言うと、まだ身体を固まらせていたジェイドが、ブンっと音がしそうな勢いでその顔を僕に見せる。
「ア、アズールも、陸式の結婚式にご興味がおありで?」
「ええ、まぁ。興味があることは否定しません。」
二人が目を輝かせる。
「じゃあアズール、オレたちと結婚式しようよ!」
「それは無理です。」
「え」
「え〜」
「「え」でも「え〜」でもないです。僕達は今、学生の身なんですよ。というか、そもそも年齢が一つ足りませんし。…まぁ、ごっこ遊びがしたいというだけなら、話は変わりますが。」
目の前の兄弟がそっくりな顔で笑みを浮かべる。そして、そのニヤニヤとした顔のまま、ジェイドが言う。
「…だそうですよ、フロイド。どうします?」
「ん〜、オレはアズールとジェイドとできるんなら、『結婚式ごっこ』でもいいよ〜?」
「ふふ、流石僕の片割れ。気が合いますね。僕もアズールとフロイドと一緒にできるというなら、それで構いません。…ということでアズール、僕達と『結婚式ごっこ』しましょう!」
「………はぁ。…分かりました。」
嬉々としてそれに乗るのはなんだか気恥ずかしくて、長い時間を掛け渋々といった感じで了承をした。どうせ二人には演技だとバレているだろうが。
「やった〜!アズールと結婚式〜!」
「『ごっこ』ですよ!」
「わ〜かってるって〜」
「ふふ、楽しみですね。日取りはいつにしましょう。来週は買い出しがありますし、再来週にしましょうか?」
「再来週は視察があるので無理です。」
「それ、来週まとめてやっちゃえばいいじゃん。ちょ〜〜優秀なウツボ二匹も連れてけば、そんなの楽勝でしょ。」
「では、再来週ということでよろしいですよね?アズール。」
「分かりました、いいでしょう。ただし、来週はいつも以上にこき使ってやるから覚悟しておきなさい。」
「はい。」
「は〜い。」
♢
ドタドタバタバタ…ガタンッ!!
「「アズール!」」
扉が壊れてしまったのではないかと思うくらいのけたたましい音と共に、二人がやって来た。
「…ジェイド、フロイド、うるさいですよ。まるで嵐が来たみたいです。…扉に異常はないでしょうね?」
「ええ、安心してください。扉は無事ですよ。」
「なら良かったです。」
フロイドがこちらを窺いつつ言う。
「アズールは今から着替えるとこ?」
「ええ、そのつもりですよ。お前達がこんなに早いとは思わなかったので。」
「僕ら二人とも今日があまりに楽しみで、全然寝付けなかったんですよ。」
「そーそー。オマケに朝もめちゃくちゃ早く目が覚めちゃって…そしたら、アズールの顔が見たくなったからすぐに準備して来ちゃった♪」
「ふふ、そうですか。」
部屋に突撃してきた二人の恋人は目に眩しい純白の衣装を着ていた。ごっこ遊びとはいえ、せっかくの結婚式なのだからと三人お揃いで買ったものだ。しかし、
「…お前達、ネクタイはどうしたんですか?」
そう言うと、二人は顔を見合わせて微笑む。
「先週のデートんときさ〜、ジェイドが「山登りの道具を買いたいので…」とか何とか言って、オレらと別々だったときあったじゃん?」
「ありましたね。というかお前、買い出しや視察のことをデートだと思ってるんですか?」
「恋人とのショッピングにアフタヌーンティー…デート以外の何物でもないでしょう?……まぁ、それは今置いておくとして…僕が二人と別行動をとっていた時、とてもいいものを見つけたんです。」
「いいもの?」
「ええ。」
ジェイドが内ポケットから、何かを取り出す。掲げるようにして見せたそれは空色のネクタイだった。
「アズールの瞳の色を思わせる青でしょう?」
「…僕のはそんなに綺麗な青ではありませんよ。」
「いえ、アズールの瞳の色はこのネクタイよりももっと美しいですよ。」
「ね〜ね〜アズール、こっちも見てよ。」
フロイドが黄金色のネックレスを揺らしてみせる。
「これは…?」
「金色のネクタイはさすがに無かったんだって。だから、代わりのアクセサリー!アズール、金色好きでしょ?」
「ええ、とても綺麗ですね。」
「「オレたち(僕達)の目(瞳)より?」」
「いえ、お前達の瞳の方が綺麗で好きです。」
いつもならこんな恥ずかしいこと言えないだろうが、なんせ今日は特別だから。思った以上にするりと言葉が出た。…僕も結構浮かれているな。
着替えるやら、朝食を食べるやらしていると、いいくらいの時間になった。さて、
「結婚式って何からすんのー?」
「調べてきましたよ。ただ、陸式の結婚式といっても地域でかなり違いがあるようで…。なので、定番のものだけピックアップしてきました。」
「流石はジェイドです。」
ジェイドが胸ポケットから文字がびっしり詰まったメモを取り出す。
「まずは入場ですかね。新郎と新婦が別々に入場するのが一般的らしいですが、三人一緒に入場してしまいましょう。」
一旦部屋の外に出て、入場する。といっても、入場する先はいつもの自室なのだが。ゆっくり一歩一歩足を進める。入場が終わるとジェイドがまたメモを取り出す。
「次は誓いの言葉ですね。」
「誓いの言葉ぁ?」
「病めるときも健やかなるときも、みたいなやつですよね?あまり詳細には覚えてませんが。」
「それです。それもメモしてきました。」
ジェイドが反対側の胸ポケットからもう一つを取り出す。
「これ誰が読むのー?」
「本来なら神父が読むものですが、いないので分担して読みましょう。前半はアズールが読んでください。後半は僕達で分けます。」
「ありがとうございます。」
ジェイドからメモを手渡される。
「…ジェイド。」
「はい。」
「フロイド。」
「はーい。」
「お前達は僕のことを病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「「誓います。」」
「アズールは〜、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、」
「これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います。」
声が若干掠れた気がする。少し、いや結構緊張した。でも、きっと僕だけじゃない。ジェイドもフロイドも目線があちこちに彷徨っている。
「…なんか結婚式って感じですね…。」
「ね〜…。」
「…え、えーっと次は…あっ!…」
「…どうしました?」
「…ゆ、指輪を買うのを忘れていました。」
「「あ。」」
結婚式の一大イベントだというのに、三人ともすっかり忘れていた。
「何か代わりの物とかないですかね?」
「輪っかのスナックが部屋にいっぱいあったよ。」
「…僕が昨日全て食べてしまいましたね。」
「ジェイド…」
三人でうんうん唸っていると、ふとフロイドが顔を上げる。
「オレ、いいこと思い付いた!ちょっと待ってて!!」
そう言って部屋を飛び出す。しばらくするとフロイドが油性ペンを持って帰ってくる。何をするつもりなのか全く予想が出来ず、思わず眉を顰めた。
「それをどう使うんですか?」
「見たら分かるから、とりあえず左手出して〜?」
頭は?だらけだが、大人しく左手を差し出す。すると、フロイドが薬指の付け根に何かを描き始める。少しすると声がかかった。
「手、ひっくり返して〜。」
「はい。」
今度は手の甲を見せる。さっき描いたものの続きを描くようだ。最後に可愛らしい顔を描くと言った。
「かんせ〜い!」
これは、
「…ウツボですか?」
「そーだよ〜。ウツボの指輪ってオレらっぽくない?」
「ええ、とても素敵です。」
「なるほど…これはいいですね。アズール、僕にも描かせてください!」
「はい、どうぞ。」
そこから数分もしないうちに二匹のウツボの指輪が出来上がる。吊り目と垂れ目の可愛らしいそれに口が緩んだ。しばらくそれを眺めていると僕の愛しいウツボ達が、自分にも蛸の指輪を描いてくれとねだる。ジェイドから油性ペンを受け取り、二人の指に蛸足の指輪を描いてやった。
「かわいい〜♪」
「とても愛らしいです!」
二人もとても気に入ってくれたようで、嬉しくなる。しばらく、三人とも自身の指輪を眺めていた。
「ジェイド、もうそろそろ次にいきましょうか。」
「はい。次は…誓いのキスです。」
「そういや、ベールなくね?」
「え、いります?」
「「いる!(いります!)」」
「んー…あ、じゃあシーツを代わりにしますか。」
「そうしよ、そうしよ!」
「…ねぇフロイド、」
「なぁに?ジェイド。」
「…どっちが先にアズールにキスします?」
「オレでしょ。」
「僕だって先にキスしたいです。」
「僕達は三人で結婚するのですから、二人で同時にしたらどうです?」
面倒臭くなる前にと先手を打つ。
「「二人で?」」
「ええ。」
「それちょ〜いいじゃん!」
「なるほど、それはいいですね。」
丸く収まったところで、ベッドのシーツを手に取る。それを顔を隠すように被れば準備満タンだ。
「「「…。」」」
沈黙が流れる。結婚式ってこんな緊張するのか?よく新郎新婦は耐えていられるな。そんなことを考えていると、ベールが二人によって上げられた。照れの入った表情で顔を見合わせる。一歩、二人が踏み出して、距離がより近くなる。嗚呼、心臓の音が煩い!ジェイドとフロイドが僕のすぐ前で息を吸うのがわかる。恥ずかしいやら何やらでぎゅっと目を瞑った。
ちゅ。
唇が触れた。ほんの一瞬の出来事だというのに、一気に顔に熱が集まる。なんだこれ、なんだこれ!!初めてのキスくらい、いやもしかしたらそれ以上に緊張したかもしれない。自分がどんな顔をしているのかも分からず、二人と目を合わせるのを躊躇する。もし、こんなに緊張しているのが僕だけだったら寂しいな…。しかし、いつまでも目を逸らしているわけにもいかず、そっとジェイドとフロイドを窺い見る。
「あ…。」
どうやら同じタイミングで彼らもこちらを向いたらしく、視線が真正面からかち合う。二人を見たら、さっきの少しの不安は一気に吹き飛んだ。ジェイドも、フロイドも、まるで茹で蛸みたいに顔を真っ赤に染め、口元はゆるゆるで、眉は垂れ下がっていて…、とても間抜けで、でもそれが可愛いと思った。
「あはっ、アズール茹でダコちゃんじゃん〜…かわいい。」
「フロイド…お前だって同じですよ。耳や首まで真っ赤です。」
「ふふ…二人とも、可愛らしいですよ。とっても間抜けな顔で。」
「「ジェイドもな。(ですよ。)」」
それからだんだんと笑いが込み上げてきて、三人共お腹が痛くなるまで笑った。みんな間抜けな顔のまま涙が出るほど笑って、またそれが可笑しくて笑う。長い間笑い続けて、疲れて、肩で息をする。
「ふぅ…ジェイド、後は退場くらいですか?」
「そうですね。」
「え〜、もう終わっちゃうの〜?」
「一通りやり終えましたからね。」
「ああ、そういえば忘れていました。退場の際、バブルシャワーをしようと思っていたんです。」
「「バブルシャワー?」」
「フラワーシャワーや、ライスシャワーなんかは聞いたことがありましたが…バブルシャワーですか?」
「あ、オレ分かったかも。シャボン玉でしょ。」
「正解です、フロイド。こちら、用意してきましたよ。」
そう言ってジェイドがズボンのポケットから陸の稚魚用のシャボン玉液を取り出した。
「これを魔法で飛ばしながら退場としましょうか。」
「それは…なんだか、海にいるみたいですね。」
「でしょう?僕達にピッタリだと思いまして。」
「ね〜ね〜、その後写真撮ろ〜よ〜。」
「そうですね。」
♢
結婚式ごっこをした日から数日が経った。あの日撮った写真は自室に飾ってある。写真の中で、泡に囲まれて笑っている自分達がいた。…正直、こんなに楽しいなんて、こんなに気持ちが昂るなんて思いもよらなかった。鍵付きの引き出しに仕舞った黄金色のネックレスも、今は消えてしまったウツボの指輪も、涙が出るほど嬉しかった。まぁ実際には泣かなかったが。ジェイドとフロイドとだからこんなに楽しかったし、今も楽しいのだ。そうやって物思いに耽っていると、突然、扉がガタンッと開いた。
「「アズール!」」
「何事ですか!?二人とも!」
「結婚披露宴ごっこをするのを忘れていました!」
ああ、やっぱりこの二人と一緒にいると、いつも楽しいことばかりだ。