「…………」
「えと…………あの……」
リビングから離れた、ベッドと椅子、テーブル、必要最低限の家具が置いてあるだけのこの部屋に、しばし沈黙が流れる。
『あの日』の後公園で事情を話してもらった時以来だ。『ヒーロー』としての恰好を見るのは『初めて』かもしれない。
早速、状態の確認でもするつもりなのか、こちらへと近づいてくる。
「あっ待っ……近づかないで!!!」
「え、あっ……」
「あ…ごめんなさいっ……!!」
思わず大声を張り上げてしまった。驚かせてしまっただろう。
彼女(今は『彼』と呼ぶべきなのだろうか)に目を向けただけで、バンダナで覆っている口から唾液が溢れてきそうになっているのだ。心なしか彼女の体の中をめぐるインクの流れも見える気がする。また襲ったりでもしたら今度こそ大変なことになる。一度ベッドに腰掛け、目を閉じて呼吸を整えようとする。
先日訪れた『司令』を名乗る人物によって飲ませられたというネリモノインク?で眠っていた『人喰い』が再び目覚めつつあるのだと思う。
かつて自分の先祖たちは血の繋がってる者は食べなかったらしい。が、血が繋がっていないとなると話は別だ。
事実、血の繋がっていない妹には食欲を向けそうになったのでなるべく外でバトルをさせるようにしている訳で。
「その、体調は大丈夫なの?」
「あ、えと、あっ……まぁ……」
「そう。それなら良かった。家の人にも聞いたけど今のところ『あの日』以来別人格の方は出てきていないみたいね」
「あっ、そ、そうみたい、なのかな……」
『人を喰いたい』という感情が受け入れられずにいた結果、人格が分裂して『もう片方』の事は何も分からないのだ。その『もう片方』のことも『ヒーロー』である彼女が監視してくれるのだろうが、本当に彼女に託していいのかとまだ不安ではある。
そもそも自分が、幼いころに書庫で読んだ本に書いてあった『人喰い』の血筋であり、『先祖返り』によって他のイカやタコ達を襲う危険性をはらんでいたことをどうして誰も教えてくれなかったのだ、と思う。
屋敷で一番日当たりが良いこの部屋で、外のまぶしい日差しに内心ため息をつきながら彼女の質問に答えていく。