テーブルの上に置かれた誰かの切ったゲソを前に一人、目を閉じる。
『こんなの』を食べるなんて正直気が引けるが、今日は監視がなくても一人で食べられる。
一人で、食べられる……はず………
『あの時』の後、本家で軟禁されている間に沢山の蔵書や手記を読んだ。自分が小さい頃に知ったあの伝説の『人喰い』の末裔であることも知った。このギザギザした歯も日に日に赤くなりつつある瞳もすべて他のイカやタコを喰らうためのものなのだという。
小さい頃に読んだような、あんな化け物に成り下がるのだけは嫌だ。これを食べてしまえば前のように暴れることもないが、もう他の人と同じようには生きていけない。折角みんなのように楽しくバトルやバイトが出来るようになったと思った矢先だった。この身体が憎い、こんなの酷すぎだ、こんなことになるなら飢え死にした方がマシだ、と何度思った事か。
『俺から奪っておいてアンタが何も失わずに済むと思うなよ。タダで死なせてやらねえ、食え。食って生きろ』
この間あの子から言われた言葉がガラスの破片のように刺さってくる。最近左手が動かなくなったらしい。人格が分裂して記憶がないとはいえ、あれは紛れもなく『私』がやったことなのだ。『私』が、彼女の手を潰したのだ。
これを食べたら償いになるのだろうか。そんなことじゃ足りないだろう。生きて償い続けなきゃいけない。飢え死になんてしてる場合じゃないのだ。バトルが出来なくなったからといってもう何もできないわけじゃない。最近当主様からこの家の仕事について勉強してみないか、と誘われた。どうせバトルはもう出来ないのだ。やってみる価値はあるだろう。仲良くなったみんなとだって、きっと他の方法で交流は出来る。あの子とだって、また。
ふと、目を開く。
目の前のゲソを手に取り、そっと口にした。