無題(文花)二人分の重さを乗せた寝台がきしりと音をたて、二人を隔てる距離を狭める。
「解っているのか、私とて男だ」
「文若さんが女の方なんて、私は、、あの、、その、思ってもいません…」
「私が言っているのはそんなことではない!」
問うている事を逸らそうとしているのか見当はずれな答えを返す花に、苛立ちを隠そうともせず文若は言い放つ。
失敗を叱責される時とは違う、その感情を隠そうとはしない強い口調に、花はその苛立ちの理由が分からずびくりと身を竦ませることしか出来なかった。
言葉も無く続く無言の時間、それを砕くかのように『花』と何時もとは違う艶を帯びたその声色で紡がれる自分の名前、花は目の前の厳しいがそれと同じ程に優しさを秘めた、上司でもあり恋人でもある男─文若を見つめる。
しかしながら普段とは違うこの酷く緊張した雰囲気に渇きを覚える喉からは、この状況を和らげられるような言葉が上手く紡がれることはなく、花はただ酸素を求める魚のようにぱくりぱくりと口を開くのみであった。
「解っているのか?」
「ぶ、んじゃくさん、、、」
身を竦ませる花との距離を更に詰めるように文若は近づき、囁くように再度問いかける。
花を覗き込むその目は真っ直ぐで、けれどその中に仄かに見える色が花をなお落ち着かせなくさせた。
きしり、きしりと音を立てる近づく文若から恥ずかしさのあまり距離をとろうと、後ろへ、後ろへと後ずさる。
しかし狭い寝台の上、すぐさま背中に感じる固い壁の感触にまだ逃げる場所ないかと花は視線を彷徨わせた。
慌しく視線を彷徨わせる花に孟徳や元譲とは違い戦場に立たないとはいえ、しっかりとした男のその指が掌が花の頬をするりと滑り、花のふっくらとした唇を撫でる。
「花」
間近で囁かれた声が、吐息となって肌に触れる。
くすぐったさと羞恥でふるりと肌を震わせ、顔を朱に染め目を固く瞑り怯えた仕草をみせる花に『すまなかった』と謝る文若の声色は先ほどまでのやり取りすらなかったように普段通りで。
何時も通りのその声色に花はからかわれたと思い『からかったのですね』そう口を開こうとするが、言葉を紡ごうとするその唇を掠めるように奪われた。
「私とて男だ、それだけは憶えていてくれ」
そう言った文若は花の知らない『男』の顔をして笑った。