機材のメンテナンスの関係で、シュミレーションが使えないとの連絡が入った。
それなら、軽く体を動かすトレーニングか、惰眠を貪るか、なかなか進まないレポートを進めるか…。
いくつか候補を上げた後、立香は部屋で読みかけになっていた本を読み進めることとした。
しかしながら、広げた本の文字を追いかけるには、集中力が足りないようで、数ページも進まない内に手が止まった。
立香は目元を軽く揉みこんで、腰かけていた椅子の背に凭れながらぼんやりと天井を見上げる。
「あー」と」無意味に声を発したところで、気力も戻ってはくれないが。
無機質で真っ白な天井を眺めることしばし…ふとそれを遮るかのように顔が現れた。
立香が何度も目を瞬く上で、金色の髪をさらりと流し、翠色の瞳を細めた相手はくすりと笑いを零す。
「…ごきげんよう、アーサーさん」
「はい、ごきげんよう」
驚き過ぎたか、立香は普段なかなか使わない挨拶を述べてしまうものの、
その背後に立ち、見下ろしてきていたアーサーもわざわざ付き合ってくれる。
やがて、ゆるく肩を震わせる騎士の顔を見上げながら、立香もつられて吹き出してしまった。
軽く話を聞けば、部屋に籠っていることを人づてに聞いたらしく、それならばお茶菓子の差し入れでも、と尋ねてきたのだとアーサーからの説明。
そういうことなら、と読みかけだった本は早々に閉じることにし、少年は再び相手へ向けて顔を上げた。
「ね、ね」
「ん?」
ずっと見降ろしてきていたアーサーを呼びかけ、首を傾げながらも僅かに身を屈めてくる騎士に立香はもうちょっと、と腕を伸ばす。
椅子に腰かけながら伸ばした両腕で身を屈める騎士の首を後ろを捕えるというやや苦しい体制でアーサーの方がやや心配げに声をかけてくるものの、
気にしない、と立香は笑う。
先ほどまで広げた本の文字は滑っていくかのようで、見上げた天井もぼんやりとするくらいであったというのに。
視界いっぱいに、不思議そうに眼を丸くする騎士の顔を見る今は、不思議と立香の口元が緩む。
「うーん、眼福」
思わずして呟く少年の言葉に、騎士は何度もその瞳を瞬かせていた。