悠仁が任務に出て、半月が経つ。
急な任務が入ったからと最低限の荷物だけを詰めたトランクを持ち、迎えの車に乗り込んだ弟に伝えられていたのは数日間の短期任務だった。
だから、脹相も同行することなく玄関先で見送ったのだ。
それから半月、弟は一度も帰宅をしていない。
現場に赴けば事前情報との食い違いはよくあることだ。
今回は短期任務のすぐ近くで別件が発生、そのまま悠仁が担当するようになったと言う。
二件目は本来ならば複数の術師で対応する案件だったが、いつでも人手不足の界隈に増援は求められず。
長期任務になるだろうと、現場から途切れ途切れの電波の中、こちらを気遣う弟の声が届く。
悠仁預かりとして引き取られている脹相は、十分以上の外出時は連絡が必須となっている。
現地までの道のりは遠く、脹相単独での移動許可は難しいだろう。
常時ならともかく、買い物などの外出報告で任務中の多忙な悠仁の手を煩わせることは出来る限りしたくなかった。
家事仕事は基本時に脹相の担当になっているが、いつもの二人分から半分になれば総量は減る。
冷蔵庫の食糧を消費、あるいは冷凍をして保たせながら時折洗濯や掃除をして引き籠るような日々を過ごす。
弟の手を煩わせないため、連絡は最小限に。
他に自身に出来る事など無く、ただ過ぎていく日々の中で弟の無事を祈った。
ここ数日で季節が移り変わったように冷え込む日が増えた。
洗濯物を干しながら吐き出した息が白く、薄曇りの日差しに溶けていく。
ちょうど布団一枚分はまだ余裕のある干し場をじっと見つめ、家の中に戻る。
すぐ帰ると言っていた悠仁の部屋は、家主が出かけた日のそのままの姿を留めていた。
急いで着替えを引っ張り出したのか少し開いていた箪笥の引き出しを戻し、畳の上を軽く掃き掃除をする。
綺麗になったところで押入れから降ろした布団からシーツを剥ぐ。
出かけた頃はまだ薄物で良かったが、そろそろあたたかな物を用意した方がいいだろう。
布団は帰宅の連絡があったら、晴れた日に干してやろうと冬物のシーツに換え、薄い方のシーツを丸めたところでスウェットのズボンからコールが響いた。
『兄貴っ!終わった!』
喜色満面。
他に表現しようのない声が聞こえ、じわりと胸があたたかくなる。
「……そうか、怪我は?」
『ないよ、元気!今日の夕方にはそっち帰れるから!』
「分かった。気を付けて帰って来い」
受話器越しに移動中なのか背後からは賑やかな音が聞こえたため、手短に応えた。
声では平静を保ちつつも、心臓の音がどんどんと早くなっている。
ほんの少し言葉を交わしただけで、どうしてと思うよりただ嬉しいのだと理解していた。
悠仁の戦闘技術の高さは知っている。
出会ってから数年、日々の任務で経験を詰み上げ、任務の成功度も高い。
単独任務を命じられるのは周囲も実力を認めている上であり、万が一はないとは理解をしていても心配だったのだ。
お兄ちゃん、なのだから。
これで一安心だと部屋を出ようと、シーツを抱え直した時にふわりと。
鼻腔を掠めたものに、ぎゅっと胸が苦しくなった。
「ぁ…、」
半月も経てば残り香などとうに無くなっている。
けれど閉めきった押入れの中に仕舞われていたなら。
脱臭剤の匂いに混じった僅かな弟のぬくもりを感じ取って、膝が笑う。
お兄ちゃん、なのに。
情けなく膝が崩れ、うずくまった畳の上、手を伸ばした先にはローションのボトルがあった。