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    【ニキ燐】
    ※書きかけです
    燐音が寮を出ることになってニキがモヤッたりする話

    【ニキ燐】燐音が寮を出る話「なにそれ僕聞いてないっすけど!?」

     午後四時を過ぎた食堂は人がまばらだった。
     フロアに響き渡った椎名ニキの無駄にでかい声のせいで、遠くにいた人々が何事かとひょっこり顔を出してくる。しかし声の中心部がお騒がせ問題児ユニットCrazy:Bの連中だとわかれば、関わらない方が懸命だと判断したのか野次馬たちは見て見ぬ振りをして散っていった。
     うるさいですよ椎名、とHiMERUが冷静に諌めると素直に声のトーンを落としたものの、本人はまるで納得がいっていないようだ。のんきにズズズとストローを啜る燐音に、ニキは「もぉ~っ」と恨めしく眉を吊り上げた。

    「いくらなんでも急すぎっしょ。僕にも都合ってものがあるんすからねっ」
    「はァ? なんで俺っちがニキの都合で動かなきゃなんね~わけ?」
    「あんたマジで自分勝手っすよねえ!」

     ぎゃいぎゃいと取っ組み合いを始める年上組に、こはくが「じゃかあしい!」と怒鳴りつけ、HiMERUも溜息まじりにコーヒーカップを置く。

    「だいたいなぜ椎名がそんなに声を荒げるのですか」
    「そうそう、別に言う必要もねェことをちゃんと報告してやってンのに理不尽にキレられる筋合いはね~っしょ」
    「自分だけ聞いとらんみたいな言い草しよるんは心外やわ。わしらも初耳なんやけど」

     なんでふたりとも燐音くんの味方するんすかあ!? ……そんなことを言われても、今回に限っては燐音の言い分は何もおかしくない、とこはくは思う。
     俺っち寮出ることにしたから。先ほど燐音が三人の前でそう告げた。しかも新居もすでに決まっていて、引っ越しは一週間後だ、とも。
     聞けば星奏館からさほど遠くはないマンション住まいとなるようだ。確かに急な話ではあるが、アイドルとは言え大の大人なのだから転居に仲間の許可など必要ない。事務所には届出済みだと言うし、ユニット活動に支障が出るわけでもない。変なことで怒っているのはむしろニキの方だ。
     そういえば燐音が食事を抜くことがある、とニキがぼやくことが何度かあった。もしかしてその心配をしているのだろうか。図体のデカい成人した男を、ニキは幼稚園児だとでも思っているのかも知れない。

    「あほらし。食事くらい自己管理できるやろ。一人暮らしなら尚更気ぃつけるんと違うの?」
    「えっ」
    「ニキはんは燐音はんに対して世話焼きすぎなんやって……ん?」
    「燐音くん一人暮らしするの? 僕は?」

     一同沈黙。
     こいつは何を言っているんだ。ここにいる全員がそう思った。


    ***


     俺っち寮出ることにしたから。
     そう言われたとき、椎名ニキは当たり前のように自分も星奏館を出て一緒に住むものだと思い込んだ。
     立地のこだわりはないけれど、最低限ガス火が使えなきゃ困る。キッチンも広いに越したことはないし、それに二部屋以上は絶対に欲しい。深夜に帰ってくる燐音の足音で強制的に叩き起こされるのはアパート時代の経験からも勘弁願いたかった。
     だから何の相談もなしに勝手に新居を決められて、しかも引っ越しの直前に知らされて頭の中が追い付かなくなった。今日から荷物まとめなきゃ間に合わない。引っ越しの日シフト替わってもらえるかな。同室の二人にはなんて言おう。エトセトラ、エトセトラ。
     一人暮らしだってそう先に言ってくださいよ、なはは~ん、勘違いしちゃったっす! と照れながら頭を掻いたときの、HiMERUとこはくの白い目は今でも忘れられない。それなのに、当の燐音がどんな反応をしていたのかだけが、今のニキにはさっぱり思い出せずにいた。

    「椎名さん椎名さん、お味噌汁が茹だっているよ」

     ハッと我に返る。
     ぎゃあと悲鳴を上げながらコンロの火を止めると、ぶくぶくと泡を吹いてた鍋の中身はすぐに静まった。
     椎名さんが料理中に考え事なんて珍しいね、と件の男と同じ色をしたふたつの目がきょとんとまばたきをする。すっかり煮詰まってしまった味噌汁を半泣きで見つめながら、ニキはしょんぼりと肩を落とした。

    「うぅ、すぐに作り直すんでちょっと待っててもらえます……?」
    「その必要はないよ。僕はその味噌汁で構わないし」
    「だめだめ、料理人として人様に失敗作を出すわけにはいかないんで! あ、これは僕が責任持って全部飲むんで大丈夫っすよ」

     別に気にしないのに~、と着席していたひなたも一彩に賛同したけれど、せっかく久しぶりに同室の二人と朝食を共にするのだ。どうせなら上手く出来たものを美味しいと言って食べてもらえる方がニキは嬉しい。言った通り豆腐と絹さやのシンプルな味噌汁はニキの手にかかればあっという間に完成し、三人分の朝食がテーブルの上にずらりと並んだ。
     白いほかほかのごはんに、作り直した味噌汁。鮭の西京焼き、きゅうりのお漬物、ほんのり甘い卵焼き、茄子の煮浸し。口に運んでは美味しい美味しいと目を輝かせる二人の表情に、昨晩の仕込みが功を奏したとニキもまた笑顔を浮かべた。
     朝食は卵焼きがいいな。アパートで二人暮らしをしていたとき、ニキが明日の朝ごはんは何がいいかと尋ねると燐音は決まってそう答えた。
     今日は卵焼き、次の日も卵焼き。その次の日はいらなくて、その次はまた卵焼き。海苔を入れてみたりチーズを挟んでみたり、ひき肉でボリュームを出してみたり。明日はどんな卵焼きが出てくるか楽しみにしてるぜ、なんて期待をされると応えてあげたくなってしまって、授業中まで卵焼きのレシピの考案で頭がいっぱいだったこともある。
     とうとうレパートリーが尽きて、オーソドックスな卵焼きが何日か続いたときも、いつも燐音は美味いと言って褒めてくれたのだけれど。

    「このあいだ兄さんの家に行ったんだけれどね」

     一彩が唐突に言った。
     兄さんの家。ああ、引越し先のマンション。箸を休めることなく、ニキとひなたは視線を上げる。

    「そのときも兄さんが卵焼きを作ってくれたんだ」
    「えっ、燐音先輩って料理するんだ。意外~」
    「自炊はほとんどしていないみたいだけど。椎名さんに教わったのかなって思っていたら、やっぱりそうなんだね。おんなじホッとする味がするもの」

     ニキは味噌汁を啜る手を止めて目をぱちくりとさせた。
     確かに卵焼きの作り方を教えた記憶はあるが、それもはるか昔のことだ。ある程度何でも器用にこなす燐音は、初心者には難しいであろう巻きの部分もそつなくこなした。しかし出来上がったものを食べて一言「やっぱりニキの作ったやつの方がうまい」、それ以来燐音がキッチンに立った姿を見たことはない。
     愛する弟と兄弟水入らず、お兄ちゃんとして何かしてあげたくなっちゃったことの結果が卵焼きだとしたらちょっと面白い。案外可愛いところもあるんすよねえ、というセリフは弟さんの前では言わないでおいてあげよう。

    「そういえば、ゆうたくんもお邪魔したって言ってたなあ。燐音先輩に誘われたって」
    「へぇ~、そうなんすね」
    「遊び部のみんなでゲームしたんだって。文句言ってたけど、なんだかんだ楽しかったみたい。いいな~、俺も燐音先輩の家行きたかったな」

     最近は事務所でしか顔合わせてないし、とひなたは唇を尖らせた。
     こんなふうに燐音が年下から慕われる日が来るだなんて思っていなかった。ふたりで活動していた時期は後輩と呼べるような子たちはいなかったし、Crazy:Bの結成当初は周りから嫌厭されがちだったし。
     サークル活動も楽しくやれているようで良かったとニキは安心する。なんだかんだお兄ちゃんタイプな燐音のことだ、年下の子の面倒を見るのは得意なのだろう。まあ、年下と言っても自分は面倒を見てあげている方なのだけれど。

    「……――だよ。あ、椎名さんなら知ってるかな」

     急に話を振られてニキはハッと顔を上げた。
     ごはんに夢中で聞いていなかった。

    「兄さんが育てている植物の名前だよ。窓際に置いてあるやつ」
    「え」
    「こういう花が咲くんだって写真を見せてもらったんだけど、すっかり名前を忘れてしまって」
    「燐音くんが? 花育ててるんすか?」

     珍しいこともあるもんすね~、と関心しながら口を動かすニキに、今度は一彩が目をぱちくりとさせる番だった。


    ***


    「もしかして椎名さん、兄さんの家にはあまり行っていないの?」

     あのときのその質問には、なんと答えたのだっけ。どうせユニット活動で会うし、とか、別に用事もないし、だとか、笑って誤魔化して早々に話題を打ち切った気がする。
     仕事も含め燐音と週に五、六のペースで会っていることは確かだ。何ならESの誰よりも顔を合わせる回数が多い自信もある。不本意だけど。そのおかげですっかり抜け落ちてしまっていたが、ニキはあまりどころか一度も燐音の新居へ訪れたことがなかった。
     燐音がいまどんな生活を送っているのかニキは知らない。けれど現場で会う彼に表面上の変化は感じられなかったし、きっと一人でも何の問題もなく暮らせているのだろう。大勢人を呼んで遊ぶなんてこと今までなかっただろうし、兄弟水入らずでゆっくりすることもできる。そりゃあ充実した毎日に違いない。
     それに人から見られる仕事をしているのだから、こはくが言う通り食事だってちゃんと自己管理できているのだ。燐音は器用だ、一度覚えればなんだってできる。お風呂掃除もアイロン掛けも、初めての卵焼きだって上手く巻けた。
     ――椎名ニキがいなくても、天城燐音は何不自由なく生きてゆける。
     ばくばくと鳴り続ける心臓の音が徐々に大きくなってゆく。急かされているような気がした。だれに、なにを。わからないけれど。

    「……あ、もしもし燐音くん?」

     出るまでコールした。第一声は「長ェ」。仕方ないじゃん、なかなか出てくんないんだもん。
     鼓動は未だ早いままだ。焦っているのかもしれない。視線がうろうろと彷徨ってまばたきが増える。それでも、電話の相手には悟られないように声の調子を整えた。

    「今日、夕飯なんか作るっすよ。家行っていい?」

     突然なに? と眉を顰めたような声がした。
     確かに唐突かもだけど、燐音の傍若無人ぶりよりは絶対にマシだとニキは思う。

    「場所あやふやなんで、星奏館待ち合わせだと助かるんすけど。あと、ごはんのリクエストがあれば……」
    『あー、今日こはくちゃんと藍ちゃんが来ンだよなァ。おまえも来る?』

     は? と出掛かった声を飲み込んだ。
     冗談で誘ったら意外と藍ちゃんが俺っちに興味津々でさァ。スマホの向こうで声がする。その内容はもう片方の耳からするりと抜けてニキの頭の中には留まらない。

    「あ、いや、僕ぁ遠慮するっす。二人によろしく……」

     釈然としない。ひどくショックを受けたような気持ちになっていた。先約があったことに対してではない。燐音の交流が増えるのは良いことだ。ふたりぼっちだった去年までとは、もう違うのだから。
     じゃあ、と早々に電話を切り上げようとしたとき、ニキ、と名を呼ばれた。引き止めるような強さにドキッとして、んぇ、と変な声が出る。

    『なンだよ、そんなに俺っちとごはん食べたかったのかよォ……?』
    「……そんなんじゃないけど。あんた一人だと食事抜くじゃないっすか」
    『え~、そォだっけ?』 
    「んもぉ、とぼけても無駄っすからね」

     なにがそんなに楽しいのだか。きゃははと上機嫌に笑う燐音にニキは唇を尖らせた。
     一食二食抜いたところで自分のように野垂れ死ぬことはないのだろうが、心配なことに変わりはない。食事は身体を作る資本だ。不規則な仕事をしているからこそ、大切にしてほしいのだとニキは思う。

    『……夕飯、あさってなら、空いてる』

     ぽつり。燐音のこぼした言葉に、一瞬反応が遅れた。

    『ニキのオムライス食いたい。ケチャップで、とろとろのやつ』

     その、出会った頃のような低く穏やかな声に、じんわりと湧き上がった不思議な感情を飲み込んだ。
     それが自分が待ち望んでいた言葉だとニキは理解していない。おまえも来る? そんなついでみたいなセリフじゃなく、天城燐音が椎名ニキを欲する言葉。なぜだか緩んでしまう口元を隠すことも忘れて、ニキは彼の声を届けてくれるスマートフォンをいとおしそうに指で撫でた。


    つづく
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