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    【ニキ燐】
    ※書きかけです
    ふたりでメインストを再度辿る話

    【ニキ燐】メインストを辿る話 外を見る必要はないから、カーテンはずっと引いたままだった。
     どうせ景色なんか見えやしない。夜の高速道路は真っ暗で、対向車が来なければどこまでも闇に飲まれてゆく感じがする。そんなもの見ない方がいい、と僕は思った。それでもカーテン越しの闇を見つめたままこちらを向いてはくれないから、僕はこの手を握って、せめてこの人がどこかへ行っちゃわないように繋ぎ止めているつもりでいた。
     無心で齧っていた菓子パンのカスがぽろりと落ちた。あ、と思ったときにはもう遅くて、薄暗く狭いバスの中、足元に落っこちたものを拾うのは難しかった。ましてやこの手を離したくはない。きゅ、と力を込めたけど反応はなくて、隣に座っているはずなのにすごく遠い存在に思えた。
     車内に人はまばらだ。僕らより後ろには誰もいない。前の方に座っている大学生風の男はずっとイヤホンをつけたままスマホを操作している。真ん中の方のサラリーマンはお疲れのようで、時折いびきが聞こえるからすっかり眠りこけているんだろう。

    「ねえ、燐音くん」

     運転席は遠い。きっと会話を聞かれることはない。相変わらず顔を外に向けたままの相方にだけ聞こえる大きさで話し掛けた。けれどやっぱり返事はない。
     眠っているわけじゃないと思うんだけどな。またひとつパンを齧る。バスが車線変更をしたようだ。ほんの少し、身体が左右に揺さぶられた。

    「次、止まったらお蕎麦食べるじゃないっすか。暑いからざる蕎麦にしよっかな。でもでも、天ぷら蕎麦も食べたいし、カレー蕎麦なんてのもあるらしいんすよね~」

     あのサービスエリアはお蕎麦が有名だから絶対に食べよう。バスに乗る前からそう決めていた。ネットの口コミも上々で、「お出汁がめちゃくちゃ美味い!」だとか「香り高く喉越しの良い手打ち蕎麦!」なんて書かれているのを見たものだから自分の中の期待値は大上昇している。
     お蕎麦、久しぶりかも。いつもより一口一口を噛み締めながら味わって食べよう。次、いつ食べられるかわかんないし。

    「あ、とろろ蕎麦も捨てがたい。まあメニュー見ながら決めるとして……お蕎麦食べて、またしばらく走って、高速降りるじゃないっすか。んでバスも降りるでしょ。そしたらさあ」

     車体が大きく揺れた。道路のジョイント部分を踏んだようだ。

    「そしたら、ラブホテル行こ」

     反応をもらえるまで、長い、長い間があった。燐音くんの肩が小さく揺れて、笑っているのだと理解した。そしてようやくかち合った視線はそれはそれは冷えたもので、薄く開いた唇はひきつっているように見える。
     こんなヒドいセリフ、聞こえないふりをしても良かったのにちゃんと僕の顔を見てくれる。変なとこ律儀だよなあと感心すらしてしまった。

    「なに、ヘルスでも呼ぶの? ド田舎に着く前に遊んでおきたくなったァ?」

     小馬鹿にするようにクツクツと笑う燐音くんを、ただじっと見つめた。僕に逃げ道を作ってくれたつもりなんだろうけど、それを受け入れるなら最初から言葉に出したりなんかしない。
     繋いだままの手がじとりと汗ばんでくる。見つめられて居心地が悪そうに身じろぐのがなんだか可哀想で、思わず、なは、と口元が緩んだ。
     運転席の上でで淡く光るデジタル時計は、もうすぐカフェシナモンの閉店時間を示そうとしている。店長に辞めるって言いそびれちゃったな。考案していた新作のスイーツ。あれをショーケースに並べることが出来なかったことだけ、ちょっと心残りかも。

    「……ワリ。でも性欲発散してェんなら別に俺じゃなくても良いっしょ? 割とマジで、正気とは思えねェンだけど」
    「うーん。まあ正気じゃないかもしんないっすけど、本気っすよ」

     はあ? と燐音くんが言った。戸惑っているような、呆れているような、それでも必死に冷静を装っているような、そんな声だった。

    「僕、燐音くんがいいんで」

     びく、と重なっている手が跳ね上がった。

    「燐音くんも、僕がいいもんね?」

     仰天に見開かれた切れ長の目が、ぱちりと大きくまばたきをする。そして一瞬の間の後、その白い肌が花開くようにぶわりと首元から赤く染まった。

    「……え、なにその自信? 引くンですけどォ……」

     その言葉通り、燐音くんはスススと窓際まで身体を引いた。しかしセリフや態度とは裏腹に、すっかり紅葉した耳と未だ繋いだままの手が拒絶はないことを物語っていた。ああ、よかった。ちょっとだけ安心する。けれどそれだけで承諾されたとは思っていない。燐音くんの中にどんな事情があるかもわからないし、決心がつかないと言うのなら無理強いもしたくはなかった。
     かちかちとウィンカーの音がして、ゆるやかに車線変更する気配がした。最後のサービスエリアだ。着いたっすね、と声を掛けたけれど燐音くんからの返事はなかった。

    「ま、その話は置いといて。今は待望のお蕎麦っす! 楽しみっすねえ」

     へらりと笑った僕に、燐音くんは少しの間の後、呆れたように口元を緩ませた。
     ――こんなに楽しみにしていたお蕎麦の味を、僕はほとんど覚えていない。美味しいと思ったことだけは頭の片隅に記憶があるけれど、凄まじい脳天への衝撃のあと、意識を失って気付いたらステージの上だった。
     光の渦。大勢のお客さん。気を失う前にも見たような気がする流星隊の人と、HiMERUくんとこはくちゃん。そして笑顔の燐音くん。最初は夢を見ているのかと思ったけれど、現実だと理解するのに時間はかからなかった。Happy endは形を変えて、また別のハッピーエンドとなったのだ。
     それ以来、あのときの会話に触れられることもなく、僕たちはずっと曖昧な関係を貫いている。


    つづく
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